自分の処方箋薬を他人に渡すのは犯罪行為…相手の命を危険に晒す、メーカー保証の対象外に
「この薬すごく効いたわよ」
「ほんと?」
「ほんと、いいから使ってみなさいよ」
薬局の待合室で、こうしたやり取りを耳にして、止めることがあります。先日も「また湿布のやり取りか」と思いきや「ビソノテープ」で、危ないにもほどがあります。この薬、血圧を下げたり、脈の乱れを整えたり、心臓の負担を抑えるといった効果があります。患者さんが医師の処方通りこのテープを使ってつらい症状が治ればよいですが、他人が使うべき薬ではありません。
心臓の負担を抑え過ぎたら、心臓は止まります。脈の乱れを整えるといっても、乱れている人が使うからちょうどいいのであって、もしかしたら脈が止まることだってありうるわけです。何か起きれば責任が取れない以上、決して友達に自分が処方された薬を渡してはいけません。友達だと思うなら、そういう薬は決して受け取ってはいけません。
また、もし友達に「この薬すごく効いたわよ」と言われたら、「そう、あなたに合う薬が見つかってよかったわね」と答えるのが正しいのです。
又聞きになると必要な情報が誤って伝えられる
「ビソノテープ」ほど重大ではないですが、こういう例もありました。下痢止めが処方された患者さんとのやり取りです。
「今、下痢の具合はどうですか?」
「私じゃないんです。主人が下痢のときに1回1錠で飲んだら、すごくよくなったんですよ。それで薬がなくなってしまったので、先生にお願いしました」
「先生の処方では1回2錠ですよ?」
「え? 2錠なんですか?」
普段よりお腹の調子が悪いのと持病があるのとで、あらかじめ下痢止めが処方されていた患者さんでした。そしてこの薬の通常量は1回2錠です。又聞きになると、必要な情報は誤って伝えられてしまうものです。
みなさんも一度は「伝言ゲーム」をやったことがあると思います。これはゲームですから、最後の人が話す「とんちんかんな答え」に大爆笑できます。一般的にこの伝言ゲームの正答率は20%とされています。又聞きになると必要な情報は誤って伝えられる、ということは経験則としてみなさんも覚えておいてください。
薬によっては刑事罰になります
処方箋薬というのは、医師が診察の結果あなたの症状や体質に応じて指示し、薬剤師が適切に調剤して渡している薬です。つまり、「あなた専用」の薬であるということです。これを他人に渡すと必要な効果が得られないばかりか、健康被害になる可能性もあります。実際、健康被害が多数報告されています。
薬を他人に譲渡してしまうと、医薬品医療機器等法(薬機法)や麻薬及び向精神薬取締法といった法律に抵触し、
・3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金、またはこれを併科
・5年以下の懲役、又は情状により5年以下の懲役及び100万円以下の罰金
といった罰則が科せられることがあります。
向精神薬を営利目的で販売してしまうと、重いほうの罰則になるのですが、営利目的でなくても他人に渡してしまうと軽いほうの罰則が科せられることがあります。良かれと思ってやったことでも前科者になってしまうこともあるのです。これは「知らなかった」では済まされません。
有名なのが「モーラステープ」
有名な処方箋薬である「モーラステープ」は、「病院でもらえる湿布」として多くの方に使われています。この副作用で光接触皮膚炎というものがあります。紫外線を浴びることにより皮膚炎が起こることを光線過敏症といい、なかでも薬を使った後に紫外線を浴びることで起こる症状を光接触皮膚炎といいます。湿布を貼っているところが赤く腫れあがってしまいます。「湿布を貼る+紫外線を浴びる=光接触皮膚炎」ということです。しかも、湿布をはがした後4週間はまだ体内に薬が残っているため、この光接触皮膚炎になってしまいます。腰などほぼ洋服で隠れている場所はこうした被害はほとんど起こりませんが、肩、手、膝など洋服で隠れていないところでは皮膚炎の副作用が起こりやすくなります。
メーカーへの症例報告によると、友人から譲り受けて使用し貼っている場所に症状が出てしまったそうです。その後全身に赤斑が広がってしまい、スポーツでけがをして整形外科を受診したものの「モーラステープで副作用が起きた」と医師に伝えなかったため、モーラステープが処方されてしまい、同じような症状を繰り返してしまったという例もあります。
もちろん、「友達からもらった薬を使用する」という行為は「薬を適切に使用した」ことにはならないので、医薬品副作用被害救済制度の対象となりません。メーカーの保証もありません。友達は「湿布あるから使いなよ」といった軽い気持ちで薬を渡したのだと思います。これがモーラステープであること、光に当たると副作用がでるといったことを伝えていなかったのでしょう。
繰り返しになりますが、自分に処方された薬は他人に渡してはいけません。
(文=小谷寿美子/薬剤師)