大阪府や兵庫県を地盤とする中堅スーパーの運営会社である関西スーパーマーケット(関西スーパー)をめぐって、大手百貨店と食品スーパーの運営企業による争奪戦が鮮明化しはじめた。
事の発端は2016年にさかのぼる。同年9月、首都圏を地盤にスーパー「OK」を運営するオーケーが大量保有報告書を関東財務局に提出し、関西スーパーの発行済み株式の5.60%を取得したことが明らかになった。同年10月に関西スーパーはエイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)との資本業務提携を発表した。
オーケーは関西スーパーを傘下に収めたい。関西スーパーは自社の事業運営体制を維持したい。そのために関西スーパーは自社の考えをサポートしてくれる“白馬の騎士=ホワイトナイト”を探し、H2Oが救いの手を差し伸べた。これが争奪戦の構図だ。食品スーパー事業の強化を重視するH2Oにとっても、関西スーパーとの経営統合の意義は大きい。
関西スーパーをめぐる争奪戦には、総合商社など多様な利害関係者の意向が影響する。目先は、関西スーパーとH2Oが、どのようにして利害関係者の賛同を獲得するかが注目点だ。
関西スーパーを傘下に入れたいオーケー
関西スーパーは、生鮮食品など食料品の販売を中心にスーパーマーケット事業を展開している。出店地域は大阪と兵庫が中心であり、奈良県にも店舗を持つ。H2Oとオーケー以外の株主構成を見ると、取引先持株会や自社による保有、従業員持ち株会などが上位の株主に並ぶ。
2016年、オーケーは関西スーパーの株式を取得し、同年9月の時点で取引先持ち株会に次ぐ第2位の株主に浮上した。大量保有報告書に記載された保有目的は「重要提案行為等を行うこと」と明記された。当初からオーケーは関西ストアを傘下に収めることを目指していた。
オーケーは関東にて低価格戦略を強化して出店を増やし、売上高は増加している。その背景には、オーケーが消費者の好みに耳を傾け、低価格でより良い品物を販売することに注力してきたことがある。具体的な低価格戦略の手法として、同社は業界の2番手企業からの大量仕入れによって価格交渉を優位に進める。また、弁当のケースの種類を絞り、大量に仕入れることによって原価を引き下げる。オーケーの店舗に行くと飲料が段ボールで積み上げられ、冷蔵せずに販売されている。それもコストの削減に寄与する。そうしたノウハウは、すでに独自の販売方法を確立した他のスーパーが模倣することは困難だ。オーケーはこれまで進出してこなかった関西地方に進出し、シナジー効果の発現によってさらなる成長を目指したい。それが2021年6月9日に同社が関西スーパーに買収を提案した理由だ。
オーケーは新しい業態にも取り組んでいる。それは今回の争奪戦に影響を与える要素だ。コロナ禍の発生によってドラッグストアの利用客が増えたことに着目し、同社は消費者がワンストップで日常生活に必要なすべてのモノを揃えることのできる店舗運営をめざしている。変化を機敏にとらえ、積極的に業態を転換する姿勢に学ぶべき点は多い。また、オーケーでは三菱商事から出向した二宮涼太郎氏が代表取締役社長を務め、他の取締役にも三菱商事出身者がついている。総合商社との関係強化も同社の成長を支える一つの要素だ。
関西スーパーの“ホワイトナイト”H2O
2016年、関西スーパーはオーケーが第2位の株主に浮上した直後に、阪急・阪神百貨店やイズミヤなどの食品スーパー事業を運営するH2Oとの資本業務提携を発表した。同年11月にH2Oは大量保有報告書を提出し、資本業務提携に基づく両社の関係強化のために関西スーパーへの出資比率を10.02%に引き上げ、筆頭株主になった。その実態は、経営の意思決定権を守りたい関西スーパーに、H2Oが支援の手を差し伸べたということだ。
つまり、H2Oは関西スーパーに友好的な買収を提案する“ホワイトナイト”である。2021年8月31日にH2Oが公表した関西スーパーとの経営統合契約などに関する公表文書では、統合後も関西スーパーの役員は現在の地位にとどまることが記されている。関西スーパーもH2Oとの経営統合を撤回する意向がないと表明している。関西スーパーの組織全体でオーケーによる買収への反発感や不安は強いといえる。
H2Oが株式交換による関西スーパーとの友好的な経営統合を目指す背景には、現在の百貨店業界を取り巻く事業環境の厳しさがある。新型コロナウイルスの発生によるインバウンド需要の消滅や百貨店への客足が遠のいた結果、2021年3月期の同社の百貨店事業は営業赤字に陥った。国内の感染再拡大によって動線が寸断された状況下、百貨店業界では富裕層の需要獲得を目指して外商ビジネスが強化されている。
ただし、インバウンド需要の回復には時間がかかる。2021年4月にH2Oは中国浙江省寧波市に寧波阪急を開業したが、共産党政権は貧富の格差の解消への姿勢を示すために「共同富裕」の考えを重視している。それによって、高級ブランドをはじめ高額消費への社会全体での忌避感は高まる恐れがある。
その一方で、2021年3月期、巣ごもり消費の増加に支えられてH2Oの食品スーパー事業は増益だった。それに加えて、スーパー業界ではイオンによる愛媛県を地盤とするフジの買収など、再編が進んでいる。業界再編が進むなかで関西地域におけるドミナント戦略を強化し、食品スーパー事業の収益力を強化するために、H2Oにとって関西スーパーとの経営統合の重要性は一段と増している。
今後買収劇の展開で重要な3つのポイント
今後の注目点として、以下の3点を指摘したい。1つ目として、当面の焦点は10月末に関西スーパーが開催する臨時株主総会だ。同社はH2Oグループとの経営統合案の是非を株主に問う。現時点で、H2Oは株式交換による経営統合を目指している。その一方でオーケーは一株2250円でのTOB(株式公開買い付け)を目指す。
関西スーパーとH2Oに求められることは、オーケーの事業戦略を上回る成長期待を株主などのステークホルダー=利害関係者に与え、賛同を獲得することだ。例えば、H2Oが関西スーパーと傘下の食品スーパーとの統合にとどまらず、IT先端企業との提携などによってネット通販を強化し生鮮食品の物流網を整備する。または、百貨店のノウハウを食品スーパーに応用して、百貨店や既存の食品スーパー事業とは別に、高価格帯の食品を取り扱う小売りブランドを確立して、ネットとの融合も目指す。このように、既存の業態からの転換を目指す成長戦略が提示されることは、利害関係者の支持獲得に欠かせない。
2つ目は、今回の争奪戦に大手総合商社の考えが影響しうる点だ。関西スーパーの主要株主には伊藤忠食品が入っている。伊藤忠食品の筆頭株主は伊藤忠商事だ。他方、オーケーの株主には、伊藤忠食品(保有比率5.3%)に加えて三菱食品(5.1%)と三菱商事(4.5%)が名を連ねる。臨時株主総会後の展開次第ではあるものの、仮に関西スーパーがH2Oと経営統合すれば、伊藤忠商事および伊藤忠食品のビジネスチャンスは拡大する可能性がある。それとは反対に、オーケーが関西スーパーを買収することが現実のものになれば、三菱商事の食品関連事業には追風だろう。総合商社の意向も、臨時株主総会およびその後の展開に影響を与える可能性がある。
3つ目が、企業の成長と株式の上場の関係への関心の上昇だ。オーケーは種類株式を発行しているが、上場はしていない。そのため、上場企業である関西スーパーに比べ、オーケーはスピーディーに大胆な意思決定を行いやすい。それは、オーケーの成長を支える重要な要素だ。関西スーパーをめぐるH2Oとオーケーの争奪戦がどういった展開になるか、目が離せない。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)