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AUKUS、米英豪の連携が世界中に波紋を呼ぶ理由…仏のみならずASEANもショック

文=白川司/ジャーナリスト、翻訳家
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オーストラリアの原子力潜水艦(「Getty Images」より)

 9月17日、アメリカ、イギリス、オーストラリアの3国は、新たな包括的な安全保障の枠組みとして、AUKUS(オーカス)を創設すると発表した。事前に観測記事などが出ていなかったこともあり、メディアでは意外性をもって伝えられた。

 AUKUSは、オーストラリア(Australia)とイギリス(United Kingdom)とアメリカ(United States of America)を重ねてつくった造語。名称からは政治色を消しているが、狙いは言うまでもなく、中国包囲網をさらに進化させることだろう。三国の首脳は「私たちは規則に基づく国際秩序という持続する理想と共同の約束に従い、インド太平洋地域における外交・安保・国防協力を進化させていくことにした」と述べた。

「規則に基づく」というのは、南シナ海などの海洋進出において国際法を無視して人工島までつくった中国を念頭に置いた発言だ。今後は三国とその提携国を中心にして、中国の国際法を無視するような海洋進出を阻止していくということを高らかにうたったわけである。

フランスの猛反発

 AUKUSについて、日本の茂木敏充外務大臣はすぐに歓迎の意向を表明したが、あからさまに反発した国も少なくなかった。特に反発が強かったのはフランスである。

 AUKUSはここまで秘密裏に進められてきたが、実はその端緒になった合意は、今年6月のイギリスにおけるG7(主要7カ国首脳会議)を舞台に行われていたと、イギリス紙「サンデー・テレグラフ」は報じている。G7のただなかにありながら、もろにその影響を受けるフランスのエマニュエル・マクロン大統領には内緒で、米英豪首脳が秘密裏に話し合いをしていたわけである。

 AUKUSが中国との関係を悪化させるものであるのは当然としても、三国にとってはフランスとの関係を悪化させることも承知のうえだった。というよりは、猛反発するのがわかっていたからこそ、フランスには内密に進められていたのだろう。

 フランスにとっての衝撃は、AUKUSではアメリカとイギリスがオーストラリアに原子力潜水艦の建造技術を提供する点にある。これによって、オーストラリアがフランスと結んでいた約4兆円の巨大プロジェクトである原子力潜水艦製造契約が破棄されることを意味する。フランス政府がこの事実を知ったのは発表の数時間前であり、文字通り寝耳に水の裏切り行為だった。

 オーストラリアの潜水艦製造契約というと、2016年に日仏が受注競争をしたことが記憶に新しい。事前には日本の受注が確実と報道されていたが、最終的にフランスが落札している。ところが、その後、オーストラリアでは「静粛性に優れて敵に見つかりにくい日本製を選ぶべきだった」という声が根強くあり、フランス案に対する不満がくすぶっていたようだ。

 また、日本と同じ潜水艦を持てば、同じ”クアッド国”として連携しやすくなり、安全保障上もメリットがあった。さらに、オーストラリア政府がフランス(ナバル・グループ)に対して、部品をできるだけオーストラリア国内で調達するように求めていたことで、フランス側もオーストラリアに対して不満を持っていたと伝えられている。

 だが、今回の契約破棄は、フランスとの約束を一方的に反故にした上で、フランス抜きで米英と組んで「原子力潜水艦を建造する」わけだから、まったく次元が異なる。

 さらにフランスにとってショックだったのは、ドナルド・トランプ米元大統領ならともかく、同盟国とのパートナーシップを重視すると明言していたジョー・バイデン米大統領が、そのような「だまし討ち」をやったことだろう。バイデン政権でこのようなことが起こるとは予想すらしておらず、かつフランスと犬猿の仲であるイギリスが含まれていることに、フランス側が大きく落胆したことは想像に難くない。

 フランス政府はすぐさま米豪の両国大使を呼び出して説明を求めた。フランス政府がこれまで密に連絡を取り合っていたアメリカ大使に尋問するというのは異例のことだそうだ。

ASEANの戸惑い

 AUKUSの創設にショックを受けたのは、フランスだけではない。ASEAN(東南アジア諸国連合)にとっても、この話は寝耳に水だった。

 AUKUSが対象としている海域がハワイ以西の太平洋とインド洋であることは明らかであり、そこにはASEAN諸国がすっぽりと入っている。ASEANは米中の海洋対立に巻き込まれている当事者で、ASEAN諸国の多くが米中のはざまでバランス外交をとっていくつもりでいる。自分たちの頭越しにAUKUSが創設されたことは、従来のバランス外交を崩されるきっかけにもなりかねず、各国とも米英豪に傲慢さを感じたはずだ。

 AUKUS創設が発表された直後、インドネシア外務省は地域の軍拡競争や軍事力展開に対して懸念の声明を出し、核拡散防止と国連海洋法条約の順守を求めた。マレーシアのイスマイル・サブリ首相はオーストラリアのスコット・モリソン首相と電話協議して、「南シナ海において、他国によるアグレッシブな行動を挑発するのではないか」と述べて、AUKUSに対する懸念を示した。

 ここでいう「他国」とは、もちろん南シナ海進出を強めている中国のことだ。マレーシアは中国とは一定の距離を保ちながらも、友好的な関係を築くスタンスをとってきており、AUKUSが両国の微妙なバランスを崩すことを懸念している。

 フィリピン国防大臣はオーストラリア国防大臣に対して、フィリピンは中立的なスタンスをとると伝えている。シンガポールがややAUKUS寄りの発言をしているものの、ASEAN全体が米中対立においてアメリカのみに肩入れするつもりはないことは明らかである。

 ASEANにとって厄介なのは、各国とも中国からの挑発が続いており、国内では反中感情が高まっていることだ。特に中国との南沙諸島や西沙諸島における領有権問題を各国が抱えており、親中的なスタンスだけを打ち出すと、国内で影響力を弱める可能性がある。かといって、最大の貿易相手国である中国と面と向かって対立するわけにはいかず、貿易相手国・中国と侵略国・中国のはざまで、なんとか極端に触れないように苦心している状態にある。ASEANとってAUKUSは「ありがた迷惑」といった存在ではないだろうか。

 ASEANのクアッドに対する不満は、日本が中心であることもあってか、さほど表面化していないが、AUKUSがアメリカ主導であることは疑う余地がなく、ASEANの安全保障が自分たちとは関係ないところで決められてしまうのではないかという不安がある。それだけにAUKUSの唐突な発表は、「心配の種」を増やすものでしかなかったのである。

オーストラリアの大転換

 AUKUSは軍事的強力のほかAIやサイバーセキュリティなど、広い意味で安全保障において三国が協力する枠組みであるが、そこに「米英が原子力潜水艦建造で協力する」と入ったことは、オーストラリアにとって大転換になることを意味する。

 というのは、オーストラリアはこれまで、日本と同様に核兵器保有を否定してきたからである。原子力潜水艦を保有することで、オーストラリアが核兵器保有に入る準備ではないかという疑念が中国を強く刺激している。実際、中国外交部の趙立堅報道官がAUKUSについて「地域の平和と安定を大きく損ない、軍拡競争を激化させて、核不拡散の取り組みを阻害している」と述べて、オーストラリアの動きを牽制している。

 だが、中国がこれまで核兵器を使ってASEANやオセアニアに対する影響力を強めてきたのはまぎれもない事実であり、趙報道官は単に中国の優位性が損なわれることに抗議しているにすぎない。AUKUSは中国の海洋進出の野心に対するカウンターパンチであることは中国側も十分、理解しているはずだ。

 また、アメリカにとっても、中国との紛争地域に近いオーストラリアが原子力潜水艦を保有する意義は大きい。中国が海洋進出をしている南シナ海と東シナ海は核保有国がなく、アメリカさえいなければ、中国にとっては反撃のリスクが少ない「安全地帯」でもあったわけである。

 オーストラリアが今後、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を保有することにでもなれば、中国にとって南シナ海が「安心して侵略できる地域」でなくなり、地政学的な大転換を果たす可能性すらある。豪米がフランスとの関係を悪化させても原子力潜水艦の製造を進める裏には、オーストラリア周辺海域の安全保障力を高めるためだけではなく、中国に対して「これ以上の狼藉を繰り返すのであれば、豪米英は核配備も含めてアグレッシブに立ち向かう」というメッセージを送る目的もあると考えられる。

日本のとるべき態度

 AUKUSは「ファイブアイズ」(米英加豪NZ)のうちの3カ国が参加している。ファイブアイズはもともとUKUSA協定のもと、各国の諜報機関が機密情報を共有するための枠組みであり、AUKUSはその枠組みを生かしているので、大した労力をかけず高度な機密情報共有が可能だ。

 日本はアメリカとは同盟国、オーストラリアとイギリスとは準同盟国と言ってよい関係にあり、イギリスのボリス・ジョンソン首相も述べたように、ファイブアイズに日本も参加すべきだという議論が最近、出始めている。AUKUSは進化した「中国包囲網」である以上、日本も参加に前向きであるという姿勢はとるべきだろう。ただ、そのためにはファイブアイズに参加できる高度な情報共有をとれる体制をつくる必要がある。

 また、AUKUSの安全保障体制に核が含まれている以上、日本もこれまでのように核にまつわるものを禁忌しておけばいいというわけにはいかない。日本が核兵器を配備することはないにしても、米英豪の原子力潜水艦などを支援する体制づくりができる法整備を行う必要はあると考える。
(文=白川司/ジャーナリスト、翻訳家)

白川司/評論家、翻訳家

白川司/評論家、翻訳家

世界情勢からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。著書に『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック刊)、翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)、近著に『そもそもアイドルって何だろう?』(現代書館)。「月刊WiLL」(ワック)で「Non Fake News」を連載中。

Twitter:@lingualandjp

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