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江川紹子の「事件ウオッチ」第187回

【江川紹子の提言】ウィシュマさん死亡、強制送還「違憲」判決…入管行政の改革が必要だ

文=江川紹子/ジャーナリスト
【江川紹子の提言】ウィシュマさん死亡、強制送還「違憲」判決…入管行政の改革が必要だの画像1
5月29日にとりおこなわれた、入管施設で亡くなったウィシュマさんを偲ぶ会。写真左はウィシュマさんの妹のポールニマさん、右は同じく妹のワヨミさん。2人のうしろにはウィシュマさんの遺影が見える。(写真:つのだよしお/アフロ)

人権意識に乏しい日本の入管行政

 日本の入管行政のあり方が問われる出来事が相次いでいる。

 名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが、適切な医療を受けられず、33歳の若さで死亡した事件では、その後の遺族への対応も含め、当局の人権感覚への信頼は地に落ちた。

 また9月15日、大阪出入国在留管理局に、2017年に収容されていた日系ペルー人の男性が、職員の暴行で腕を骨折したとして国に損害賠償を求めた裁判では、国側が所内の監視カメラ映像を提出。そこには、後ろ手に手錠をかけられたまま床に横たわっている男性が、職員5人に押さえつけられたり、14時間にわたって放置されたりする場面が映っていた。

 代理人が映像の一部を公表し、それを見た多くの人が衝撃を受けた。

 さらに9月22日、スリランカ人の男性2人が、難民不認定の処分を通知された翌日に強制送還されたため、処分取り消しの裁判を起こせなかったと訴えていた件で、東京高裁は、出入国在留管理庁の対応は「憲法32条で保障する裁判を受ける権利を侵害した」として、原告逆転勝訴の判決を出した。

 2人はいずれも不法残留として警察に逮捕され、検察の起訴猶予処分を受けて、東京入管収容場に収容された。難民申請を行ったが不認定となり、異議申立の行政手続きを行っている最中に仮放免となった。異議申立は棄却となったが、入管当局は40日以上もそれを伝えなかった。仮放免延長の手続きで2人が訪れた機会にも伝えていない。そして、2014年12月17日、仮放免延長のために出頭した2人に、延長不許可を伝えて再収容し、異議申立の棄却を伝え、翌日のチャーター便による一斉強制送還で帰国させた。

 難民不認定に対しては、行政手続きとしての異議申立のほか、処分取り消しを求める裁判を起こす司法手続きがとれる。2人は裁判を起こす意思を示し、1人は担当弁護士との連絡を要求した。入管職員は、弁護士に電話をすることは許したが、弁護士は事務所に不在で連絡がとれなかった。入管が弁護士との連絡を認めたのはわずか30分間で、その後は携帯電話を取り上げ、連絡をさせなかった。

 憲法第32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と明記している。判決は、それに加えて、国の行為は適正手続きの保障を定めた憲法第31条などにも違反していると断じた。

 こうした出来事からは、当局が不法残留と認定した外国人は、とにかく早く追い返すことばかり一生懸命で、その人権には頓着しない入管行政のありようが浮かんでくる。

被収容者への人権侵害によって日本のお粗末な人権状況が海外に知れわたり、国益を損なうのでは

 入管行政を担う出入国在留管理庁は法務省の外局だが、法律が定める同省の所管事務は、「人権侵犯事件に係る調査並びに被害の救済及び予防に関すること」など、39項目のうち4項目が「人権」にかかわる仕事だ。その所轄下にある、入管庁職員の人権意識が相当に危ういといわざるをえない。

 東京高裁の違憲判決を受けて、上川陽子法相は「対象となる外国人の人権を尊重し、適正手続きを順守した運用の徹底に取り組んでいきたい」と述べ、難民不認定の場合は、「送還は告知から2カ月以上してから」とする内部通知を出したことを明らかにした。

 しかし、そのような弥縫策で済むような問題ではないだろう。

 入管行政を巡る問題の根本にあるのは、その不透明さではないか。難民認定や非正規在留者への在留特別許可、仮放免の可否の判断など、権限は大きいのに、その基準は明確でなく、曖昧なまま絶大な裁量権を当局が握る。そのうえ、プロセスや職員の言動に問題が疑われても、外部の目が入らず、事実が十分明らかにならない。

 ウィシュマさんの件で、遺族が真相を知りたいとして公文書の開示を求めたのに対し、名古屋入管が開示した行政文書1万5113枚のほとんどが黒塗りされていたことは、入管行政の不透明さを象徴的に示している。

 出入国在留管理庁は、ウィシュマさんが収容中の監視カメラ映像の一部を遺族(妹2人)が視聴することは認めたものの、代理人の同席は認めなかった。病気で苦しんでいる姉が職員から粗雑に扱われる様子を見て、妹2人は衝撃を受けたため、視聴は途中で中断したままになっている。代理人による視聴や付き添いを許さない同庁の対応は、人道をひどく外れたものといわざるをえない。

 同庁は、ウィシュマさんの死について、内部で検証を行い、最終報告書を公表したが、これも十分なものとはいえない。明らかに体調が悪化し、本人から訴えがあったのに、誰もまともに取り合わなかったのはなぜなのか、という一番大事な点も疑問が残ったままだ。遺族は到底納得できないだろうし、ことの詳細が明らかにならなければ、有効な対策も打てないのではないか。

 今の状況は、被収容者にとって深刻な問題であるに留まらない。日本の国のお粗末な人権状況が海外にも知られ、大いに国益を損なっている、というべきだろう。

 ただ、一連のことを、個々の職員だけの責任に帰するのは適切ではないだろう。国が、難民を受け入れようとせず、「技能実習」の名目で外国人を“安い労働力”として搾取する制度を続け、不法残留となった外国人は徹底して帰国させる方針を示している中で、現場の職員の労働状況や精神状態に、どのような影響を及ぼしているかも吟味する必要があるのではないか。

外部有識者会議を設置し、入管行政の改革や入管法改正の方向性も議論せよ

 そこで、提案がある。

 2003年に刑務所改革の提言をまとめた行刑改革会議のような外部有識者らによる会議を作り、入管行政の実態と人権にかかわる事柄について真相を検証し、問題の所在を分析し、改善策を提言するようにしたらどうか。

 行刑改革会議は、2001~02年にかけて、名古屋刑務所で刑務官の行為によって受刑者が死傷する事件が相次いだことを受けて、法務大臣の私的諮問機関として発足した。弁護士や大学教授などの専門家のほか、メディア関係者、作家などもメンバーとなり、法務当局には日頃、批判的な人も含まれた。私も委員を務めた。

 8カ月に10回の全体会のほか、3つの分科会をそれぞれ8~9回開き、国内外の刑務所の視察を重ね、元受刑者や刑務官へのヒアリング、受刑者と刑務官双方へのアンケートなどさまざまな形で調査活動を行った。委員が行いたいと提案した調査が、法務省によって拒まれることはなかったように記憶している。

 提言は、受刑者の処遇だけでなく、刑務所の透明性確保に力点を置いた。刑務所医療や刑務官ら職員の働き方の改善など多岐に及び、明治時代から続いていた監獄法の改正も求めた。これを受けて、法務省はさまざまな改革を行い、法律も現在の「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(刑事収容施設法)へと改められた。

 その結果、各刑事施設に民間人からなる視察委員会を設置したり、被収容者の不服申立制度もできるなど、透明性はかなり改善した。かつては閉鎖的でメディアの取材に応じることはめったになかった刑務所にも、テレビのカメラが入り、受刑者のプライバシーに配慮しながら、インタビューも行えるようになった。

 職員の厳しい労働環境や受刑者の高齢化など困難な問題が社会に伝わり、受刑者の更生プログラムに、外部の専門家が直接関与することも増えている。透明性が高まることは、職員らにとっても悪いことではない、という認識も深まっていったのではないだろうか。改善を進めるには、外部から押しつけるだけでなく、関係者の納得も大事だ。

 それでも、刑務所や拘置所を巡っては、さまざまな課題はあり、個別に問題が発生することもある。さらなる改善が必要なのは言を俟たないが、20年前とは、そのありようは大きく変わっている。

 入管行政を巡っては、法務省は入管施設での長期収容の解消を掲げ、出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正を急いだ。しかし、裁判所の関与も収容期間の上限もない不透明な収容手続きが放置されるなど、さまざまな問題点が指摘されたうえ、ウィシュマさんの事件が明らかになって、先の通常国会での採決は見送られ、事実上の廃案となった。

 行刑改革会議と同様、入管に関する有識者会議の議論のなかで、法改正の方向性も議論し、それを踏まえて新たな法改正を目指せばいいのではないか。

 その不透明さを改善するためには、まずは外部の目で現状を検証し、一般の人権感覚をもって、改善策を検討することだ。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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