「一部のロシア人がルーブルを暗号資産(仮想通貨)に替えることで制裁をすり抜けようとしている兆候がある」
欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は3月22日、このように指摘した。ルーブルを売って仮想通貨の代表格であるビットコインを買う取引の規模が、2021年以降で最大になっているからだ。ドル建てのビットコイン価格はそれほど変化していないのに対し、ルーブル建て価格はこのところ高騰している。超富裕なロシア人たちが制裁を回避するためにビットコインを使っているとの見方が強まっており、ECBは「西側諸国がロシアに厳しい制裁を科す中で、仮想通貨は金融システムの中心に開いた『大きな抜け穴』になっている」と警戒している。
ロシアの富裕層が仮想通貨を使い、ウクライナ侵攻で科された制裁を回避して自らの資産を安全な場所に移す動きを活発化させているが、移転先として最も有力な候補として浮上しているのがアラブ首長国連邦(UAE)のドバイだ(3月11日付ロイター)。UAEの金融関係者によれば、西側諸国によって自らの資産が凍結されることを恐れるロシア人たちが、仮想通貨を使ってドバイで不動産を購入しているという。ドバイは観光地として以前からロシア人に人気があり、不動産購入でもロシア人の存在感は大きかった。ドバイは湾岸地域の金融・ビジネスの中心地でもある。
UAEは長年にわたりロシアとの関係を深めてきた経緯があり、西側諸国による制裁措置に同調せず、中央銀行も制裁に関する指針を発表していない。UAEは最近、国際組織「金融活動作業部会(FATF)」の「グレーリスト国」に指定されている。不動産などの分野の取引が問題視され、マネーロンダリング(資金洗浄)など金融犯罪をめぐり監視強化の対象となった。UAEは今後も従来路線を継続することができるのだろうか。
仮想通貨交換企業へ圧力
「制裁の抜け穴になる」との懸念から、仮想通貨交換企業への圧力も強まっている。日本政府は14日、西側諸国と足並みを揃える目的で、国内の仮想
通貨交換企業に対し、ウクライナ侵攻をめぐるロシアの制裁対象者との取引を停止するよう要請した。バイナンスなど大手の仮想通貨交換企業は、仮想通貨が制裁逃れの手段として使われないよう対策を講じているものの、仮想通貨交換企業の大半は「ロシアのユーザーとのすべてのつながりを断つように」との要請を拒否している。
「仮想通貨が制裁の迂回に使われうる」との危惧が欧州当局者などの間で生じていることを踏まえ、ロンドン証券取引所グループのCEOは16日、仮想通貨業界について「西側諸国がロシアを孤立させようとしているのに交換業者がロシアでの事業を継続すれば、自分たちの業界に長期的なダメージを被る恐れがある」と警告した。
このように、ロシアのウクライナ侵攻で仮想通貨のマイナス面がクローズアップされているが、その一方でプラスのイメージも広がりつつある。ウクライナ政府は2月下旬にSNS上で「戦費調達のため、仮想通貨(ビットコイン、イーサリアム、テザー)の寄付を世界中から受け入れる」と投稿すると、1億ドル以上の仮想通貨による寄付が送られてきた(3月11日付フィナンシャル・タイムズ)。
ロシアの侵攻でウクライナ国内の金融機能が麻痺するなか、銀行を介さずインターネット上で取引できる仮想通貨が強みを発揮して、ウクライナ支援のための送金手段として利用されているのだ。仮想通貨は困窮するウクライナ国民にとっての「救世主」になっているといっても過言ではない。同国が仮想通貨利用の先進国だったことも幸いした。ウクライナは2020年に人口当たりの仮想通貨の利用レベルが世界トップ、21年は4位だったとの推計がある。
仮想通貨の普及が加速か
戦時に法定通貨の代替手段として利用できることが証明されたことで期待が高まる仮想通貨だが、課題も多い。従来の決済手段が使えない状況下で仮想通貨は寄付では大きな役割を果たしているが、一般的な支払い手段としてはほとんど役に立っていない。一部の欧米ハイテク企業がウクライナの従業員に仮想通貨で給与を払おうとしたが、支払いが難航しているという。
企業間での利用は進んでおらず、従来の銀行を中心とする金融システムの効率性に太刀打ちできないことから、現時点で支払いツールとして仮想通貨が普及する可能性は低いといわざるを得ない。
だがロシアのウクライナ侵攻を契機に世界経済のグローバル化が反転し、金融面でも分断化が進む可能性がある。そうなれば、効率的だが地政学リスクに脆弱な現在の金融システムを補完する手段として、仮想通貨はプレゼンスを高めていくかもしれない。
有事の価値貯蔵手段として金(ゴールド)への注目が集まっているが、仮想通貨業界にも世界中の投資家から資金の流入が相次いでいる(3月15日付ロイター)。仮想通貨は市場の逆風に耐えうるセクターだとみなされ始めているからだ。
電気自動車企業テスラや宇宙開発企業スペースXのCEOであり、世界で最も裕福と称されるイーロン・マスク氏も14日、「インフレが進んでいるときは、米ドルの代わりに不動産など物理的に存在するモノを所有したほうがいいが、仮想通貨は例外であり、売却はしない」との見方を示している。
戦争が起こると予想もしない副産物が生まれるのが常だ。金融分野で仮想通貨の普及が一気に進むことも想定しておくべきではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)