ロシア軍によるウクライナ侵攻で同国内外には約1000万人の避難者が発生している。そのうち350~400万人は国外に渡ったといわれている。ウクライナでは国土防衛のため18~60歳までの男性は出国できない。そのため、同国から避難するのは女性や子どもが中心だ。このことに関し、国際連合事務総長のアントニオ・グテーレス事務総長は今月16日、自身の公式Twitterアカウント上で以下のように警告した。
「捕食者や人身売買業者にとって、ウクライナでの戦争は悲劇ではありません。それはチャンスです。女性と子供たちがターゲットです。彼らは緊急に安全を必要としていて、避難のあらゆる段階でのサポートを必要としています」
For predators and human traffickers, the war in Ukraine is not a tragedy.
— António Guterres (@antonioguterres) March 16, 2022
It’s an opportunity – and women & children are the targets.
They urgently need safety and support every step of the way.
国連児童基金(UNICEF・ユニセフ)など各国際機関も犯罪組織からターゲットにされる難民の状況について、相次いで強い懸念を示した。
ウクライナの女性が体験した恐怖の体験
前述のグテーレス事務総長の懸念を裏付けるかのような証言が、FacebookやTelegramなどのSNS上で投稿されつつある。ロシア軍の侵攻に伴い、キエフ近郊のイルピン市から避難し、国境を越えたElena Moskvitinaさんの具体的な体験談が大きな反響を呼んでいる。Moskvitinaさんは9日、自身のFacebookに投稿し体験談を投稿。28日正午までに111件のコメントが付き、459件シェアされていた。
投稿によると、Moskvitinaさんは自身の子ども、飼い犬たちと8日、ルーマニアに到着した。現地にはボランティアのサポートセンターが開設され、食料や生活必需品が配布されていたが、そこに滞在せず、さらにドイツに渡ることを決意したのだという。夕方、駅に向かったものの、バスや鉄道はすでになく、明日試すように言われた。
行くところがない状態の中、現地の若い女性から一時的な滞在場所の案内を受けた。そして、彼女から「親戚が車での移動を手伝うことができる」と申し出があったという。「(親戚の)彼は、私たちを連れて行くボランティア組織と協力している」などと説明したという。
その夜、大柄な女性1人を含む2人の男性らのグループがMoskvitinaさんの一時避難場所を訪れ、避難に向けた「話し合い」の場が設けられたという。彼らは「なぜドイツなのか」「なぜ明日行きたいのか」「他に誰が一緒に行くのか」「家族のメンバーはそれぞれ何歳で、誰を待っているのか」などを質問してきたという。男性たちは不躾な視線を寄せ、その内の1人は「多くの美しい女性がウクライナを去り、疑似ボランティアに連れ去られ、売春のためにさまざまな国に連れて行かれている」と話したという。
彼らの挙動を不審に思ったMoskvitinaさんは「話し合いの場にあるすべてのものの写真を撮り、それを夫に送るための文書をつくること」を求めた。そして明日、彼らの車に乗るかどうかを回答することを約束。彼らがドアの外に出るのと同時に、すぐにその避難場所から離れるため自分たちの荷物を集め始めたという。
最初にこの話を持ちかけてきた若い女性に電話で確認をしたところ、「それは親戚が話していた組織ではない、その人々は信頼できない」と言ったという。Moskvitinaさんは公的に設置された難民用宿泊施設に直ちに場所を移した。そのホテルは暖かく、きれいで飲食も可能で、他の避難者が連れてきた犬も過ごしているという。
自身の経験を踏まえ、Moskvitinaさんは以下のように、すべてのウクライナ難民の女性や子どもたちに注意喚起した。
「私たちは、売春や臓器によって奴隷にされるための攻撃から逃れることができたのでしょうか。(中略)私は皆さんが注意しなければならないよう、すべてについて書きました。海外で戦争を逃れている友達に教えてください。
(難民の移動に関しては)政府のボランティアセンターが取り仕切っています。(犯罪が疑われる組織の)専用ミニバスに乗らないでください。駅でのみ、バスにサインアップしてください。気をつけて。身を守ってください。私たちは安全に、健全な国に戻らなければなりません」
「避難者は避難先の言葉がしゃべれず、地理もわからない」
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のいくつかのプロジェクトに参加した経験を持つ日本の元外務省職員は、Moskvitinaさんの体験談を聞いた上で以下のように語った。
「日本の難民支援NGO『難民を助ける会』が18日に公表した『ウクライナからの避難民に対する私たちの立場のご説明(ポジションペーパー)』で示していますが、厳密な法律で言えば、ウクライナから避難した人たちは『ウクライナ政府の迫害を逃れて出国したわけではない』ため、狭義の意味での『難民条約上の難民には該当しない』という難しい問題がありました。
しかし人道的見地から、欧州連合(EU)はウクライナから戦火を逃れて大量に流入した人々に対し、個別の申請、審査を必要とせず、即時かつ集団的に保護を提供する『緊急メカニズム』を発動しました。我が国も同様の立場を取り、受け入れを表明しています。いまでもいろいろな反論があるようですが、ウクライナの事案は事実上の『難民問題』として捉えるべきだと、私も思います。
アフリカを含め、あらゆる紛争地で起こっていることですが、紛争によって国外へ避難した人々は避難先の言語や地理に不案内です。ほとんどが着の身着のままで移動している状態です。また多くの子どもは避難先の言語をしゃべれません。犯罪組織はそういうところに付け込み、『〇〇まで乗せて行ってあげる』などと誘います。
ウクライナの事例では、子どもだけで避難している例もあり、早急に対応措置を講じる必要があると思います。海外の報道によると、受け入れ国の主要駅などでは警察や公設のボランティアセンターの人員が巡回するなど警戒しているようです。とにかく現場で犯罪組織に対し、“隙”を作らない受け入れ態勢を整えることがなにより肝心だと思います」
ユニセフなどはワンストップ支援拠点を設置
ユニセフは22日、『ウクライナ危機:子どもの難民、人身売買リスク急増~国境における子どもの保護対策強化を』と題するプレスリリースを発表。前述のような事例が発生しないよう、子どもや女性の安全を守るためのワンストップの支援拠点である「ブルードット」を設置し、ウクライナ難民に対し利用を呼び掛けている。以下、公益財団法人日本ユニセフ協会を得た上でプレスリリースを引用する。
「ユニセフと人身取引反対機関間調整グループ(ICAT)による最新の分析によると、世界で確認された人身売買の被害者のうち28%が子どもであることが分かりました。しかし、ユニセフの子どもの保護分野の専門家は、ウクライナからの避難を余儀なくされた難民のほぼ全員が子どもと女性であるという現状から、人身売買の被害者のうち子どもが占める割合はさらに高くなると考えています。
ユニセフ・欧州・中央アジア地域事務所代表のアフシャン・カーンは『ウクライナにおける紛争は、大規模な人々の移動と難民の流出を招いており、人身売買の急増と子どもの保護の危機を招きかねない状況です。避難している子どもたちは、家族と離ればなれになったり、搾取されたり、人身売買の被害に遭ったりする可能性が極めて高いのです。地方当局は、彼らの安全を確保するための対策を講じる必要があります』と述べました。
2月24日から3月17日にかけて、おとなの同伴者のいない子どもたちが500人以上、ウクライナからルーマニアに移動したことが確認されました。ウクライナから近隣諸国に逃れ、家族と離ればなれになってしまった子どもの数は、実際にはもっと多いでしょう。家族と離ればなれになった子どもたちは、特に人身売買や搾取の対象になりやすいのです。
『ウクライナの紛争から逃れてきた子どもたちが近隣諸国に移動する際には、その脆弱性についてスクリーニングをする必要があります。難民の国境通過時の審査プロセスを強化するためにあらゆる努力をするべきです』(カーン)
ウクライナからの避難を余儀なくされた子どもたちやその家族を保護・支援するため、ユニセフと国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は各国政府や市民社会団体と協力し、子どもや女性の安全を守るためのワンストップの支援拠点である『ブルードット』を設置しています。移動する家族に重要な情報を提供し、おとなの同伴者のいない子どもや家族と離ればなれになった子どもの特定と確実な保護を支援し、必要なサービスを提供する拠点となっています。『ブルードット』は、ウクライナの子どもや女性を受け入れている国々ですでに設置されており、ポーランドにある34カ所を含め、今後も規模を拡大していく予定です。
ユニセフは、近隣諸国やその他の難民受け入れ国の政府に対して、特にウクライナとの国境通過時に子どもの保護に関するスクリーニングを強化し、リスクに晒されている子どもたちをより確実に特定するよう要請しています。さらに、各国政府に対し、出入国管理局、法執行機関、子どもの保護当局の間における国境を越えた協力体制と知見の共有を強化し、家族と離ればなれになった子どもを迅速に特定し、家族を探して再会させるための手続きを実施するよう求めています。
避難所や都市部の大きな駅など、難民が集まる場所や通過する場所では、保護リスクのスクリーニングを追加で実施する必要があります。また、国内外の法執行機関が子どもと女性の移動を監視し、厳しい状況に置かれている人々が直面するリスクを積極的に軽減することが重要です」(日本ユニセフ協会の編集・翻訳ママ)