沖縄県読谷村が、図書館を核とした(仮称)総合情報センターをPFI(Private Finance Initiative/公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法)によって、しかも20年という異例の長期契約で推進しようとしている。
昨年11月、その優先交渉権者に、TSUTAYAを全国展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が構成員となったグループが選定された。これにより3年後に同村に完成する施設は“ツタヤ図書館”になることがほぼ決定的とみられている。
なぜ、読谷村は、今さら図書館にPFI方式を採用したのだろうか。取材を進めていくと、不可解な事実が続々と出てきた。いったい、誰がこんな計画を望んでいるのだろうか。
民間の資金と能力を活かすPFIは、質の高い住民サービスを、官民連携して効率よく提供できる手法とされている。ところがここへきて、水道民営化や公共施設の整備計画などで導入されるPFI事業は、サービスの低下をはじめ、事業破綻や不採算に陥るリスクが大きくクローズアップされるようになってきた。公共図書館でも、15年または20年が満期した事例では、明確な成果がみられない事例が続出しているという。
そうしたなか読谷村が進めているのは、米軍飛行場跡地9300坪の土地に図書館、村史編纂室、行政文書保管庫、青少年センターという4つの機能を複合した(仮)総合情報センター3180平米および水辺のある公園や駐車場を整備する事業である。
この事業に採用されたPFI方式とは、建物の建設から運営までを長期にわたってまるごと民間の企業グループに任せてしまう手法。それによって、コスト削減、民間資金・ノウハウの活用、工期短縮――というメリットが得られると説明されている。
だが、読谷村が整備しようとしている、図書館はじめ村史編纂室、行政文書保管庫は、収入を得られないものばかり。そこでこのPFI事業に付随しているのが、民間収益施設だ。余剰地に民間収益施設を建設して、そちらで利益をあげてもらう。村は、この土地を定期借地方式で貸して地代をもらう仕組みだ。
建物を建てて、その所有権を自治体に移転したあと、民間事業者が長期にわたって運営も担当するBTO(Build Transfer and Operate)と呼ばれる方式を採用している。
昨年11月に実施された、このPFI方式のコンペに参加したのは3グループ。そのうち読谷村に本社を置くシナジーアセットを代表企業とするグループ・黄金環(くがにかん)が、もっとも優れた提案をしたとして最優先交渉権者に選定された。同グループは地元企業6社と、賑わい創出型の図書館を担当するCCCによって構成されている。地元企業6社のうち5社とCCCが共同出資して設立するSPC(特別目的会社)がPFI事業の実施主体となって、自治体と契約する仕組みだ。
同グループの提案では、敷地内の余剰地にカフェや物販店舗、ホームセンターなど延べ7738平米の施設を建設するという。図書館など公共施設内にもカフェを設置する計画で、20年間の総事業費は34億1090万円。公共施設は2025年3月までに竣工し、同年10月オープン予定。事業の期間は、そこから20年の2045年までというから、まさに気が遠くなるような話である。
PFI事業者決定までの不可解なプロセス
そんな、読谷村が進めてきたPFI事業者決定までのプロセスについて、その分野に詳しい専門家に開示された書類を見てもらったところ、不可解な事実がいくつも見えてきた。
「内閣府の定めているPFI導入可能性調査が、十分に行われているようにはみえません」
そう指摘するのは、公共事業の入札の問題点についてさまざまな提言を行っている、元自治体職員でNPO法人まちぽっと理事の伊藤久雄氏だ。PFIに詳しい伊藤氏は、東京・府中市の市民会館・中央図書館複合施設のPFI導入について詳細に分析したレポートを発表している。
PFI事業を実施するためには、下のチャートにある手順を着実にこなしていくことを内閣府は求めている。伊藤氏は、このなかで2番目の「事業手法の比較検討」と4番目の「財政負担軽減の検証」の2つのステップがとりわけ重要だと指摘する。
行政自らが事業を行う場合とPFIを導入した場合を比較したり、あるいはPFIにしたら自治体の負担が本当に軽減されるのかを詳細に詰めていくプロセスである。
読谷村の場合、PFIを検討し始めた2020年3月、いきなり事業者の自由な意見を聞くサウンディング市場調査(参加事業者名や詳細は非開示)を実施しており、その内容が不十分だという。
「サウンディング型市場調査によって、『民間による公共施設の整備が可能』という結論を導き出しています。要するに内閣府のマニュアルとは別の、単なる市場調査だけでゴーサインを出しているようで、私は納得できません」(伊藤氏)
伊藤氏は、このサウンディング型市場調査の実施要綱を誰が作成したのかと訝る。通常は専門のコンサルタント会社が表に出てくるのだが、読谷村ではその記載がない。筆者が入手した議会説明資料によれば「本村はコンサルタント委託をせず、文献アドバイザー等を活用して積算している」とされているが、このアドバイザーが誰なのかについて、村は明らかにしていない。
実は、このアドバイザーが、応募する事業者サイドにも関与しているのではないかとの疑惑の声が関係者からあがっている。もしそのような事実があれば利益相反と指弾されかねず、本事業の公平公正な執行に重大な疑義が生じるだろう。
次に、注目したいのが「特定事業の選定」と呼ばれる手続きだ。これは、導入可能性調査の結果を詳細に示して、PFI事業の実施を正式決定したものである。読谷村が2020年4月に発表した文書で、村が自ら事業を行った場合とPFI事業として行った場合に、それぞれかかる事業費を算出しているが、その数値にも伊藤氏は疑問を呈する。
「表2『財政負担見込算定の前提条件』を見ると、算定根拠として『村が実施する場合は、類似公共施設の実績等を参考として設定した』『PFI事業の場合は、民間事業者からのヒアリング調査等を参考として一括発注によって効率が図られ、また性能発注によって選定事業者の創意工夫が発揮されることによるコスト縮減を想定して設定した』と書かれています。この点は、大きな問題だと思います」
つまり、2つの手法を同じ条件のもとでテストした結果、BよりもAのほうが「コスト縮減できた」のではない。初めからどちらか一方を『コスト縮減』を想定して算出根拠としたというのだから、結論ありきだったのではないか、と疑われても仕方ないだろう。
PFI事業を実施するときに必須とされるVFMとは、従来方式と比べてPFIのほうがどれだけ事業費を削減できたかを示す割合のこと。読谷村の独自試算によれば、20年間で5億2300万円安くできる結果となり、VFMは割合として13.5%という。
こうした試算の結果、読谷村は、本事業をPFIの手法で実施する事業者の募集へと突き進んでいくわけだが、その根拠となる部分が簡略すぎると伊藤氏は指摘する。
筆者が、議会での説明資料を開示請求したところ、出てきた書面は、計算説明部分はすべて黒塗りされていて何もわからないものだった。全員協議会で説明を受けたという複数の村議会議員にも、この点を聞いてみたが、誰もVFMについて十分に理解して納得しているようには思えなかった。こんな不透明なプロセスによって、巨額の公金で施設を建て、村民の大切な図書館の運営を民間企業に任せてしまっていいのだろうか。
不自然すぎる入札価格、落札率は驚愕の99.99%
決定的なのは、提案価格である。詳しく見ていくと、実に興味深いことが判明した。2021年4月に公表された募集要項では、以下のようになっていた。
「上限価格は、金37億5200万円(消費税及び地方消費税を含む)」
応募者は、この金額よりも1円でも安い価格を提案するようになっていることから、これが実質的な「予定価格」といえる。そして、選定された事業者グループの提案価格は、34億1090万7638 円だった。
この金額は、いわゆる「税抜き価格」のため、これを税込み価格に換算すると37億5199万8401円となり、実質的な落札価格は予定価格よりも1599円低いだけ。落札率に直すと99.99%であり、要するに入札価格での競争はほぼなかったことがわかる。
一方で、選定された事業者は、民間収益施設の定期借地料(1平米当たり1470円)として、30年間で6億4200万円(2140万円/年)を提示している。定期借地料の単価は、募集要項で予め決まっていたものの、施設の面積は指定されていない。よって、選定されたグループは、ほかよりもホームセンターなど物販店舗の面積を広くとったのかもしれない。
注目したいのは、公共施設の事業期間は20年なのに、この民間収益施設の定期借地期間だけ30年にしていることだ。事業期間について前出の伊藤氏は、こう解説する。
「PFIが始まった当初の事業期間は、だいたい30年だったのですが、最近は20年にするケースがほとんどです。20年にすることで、大規模修繕コストを外す意図がありました」
読谷村のPFIも、公共施設の事業期間は20年とすることで大規模修繕コストを先送りする一方、逆に民間収益施設は30年として収入を大きく見せたのではないかとの疑念が湧いてくる。
この民間収益施設の定期借地が30年というスキームは、とりわけ異様だ。
今回のPFI事業のコンペについて、応募した事業者から話を聞いているというある関係者が、次のように内情をぶちまける。
「今どき小売が30年契約なんかしますか? ありえないですよね。応募して落選したグループの人に話を聞いたら、スーパーとかはやめて全部“コト消費”にしたと言っていました。つまり、携帯や光回線の販売とかスクールなど物品販売以外の店舗を並べて、出退店リスクを最小限にしたということです。それでも退店リスクはあるので、あまり大きなハコではなく小さいハコで、デベロッパーが集めようとはしていました」
沖縄県のなかでも比較的開発が進んでいるといわれる読谷村には、すでにスターバックスや書店はもちろんのこと、近隣にホームセンターもある。そこにPFI事業として、民間企業が有利な条件で土地を借りて大型店を建ててしまったら、絵に描いたような「官による民業圧迫になるのではないか」との指摘である。
CCCが運営する各地のツタヤ図書館でも、CCCが経営する館内のスターバックスや蔦屋書店は、世間相場の数分の一といわれるほど安い賃料(行政財産の目的外使用)で自治体から借りて営業している。この4月3日にCCC指定管理でリニューアルオープンした熊本県宇城市の図書館内にあるスターバックスの賃料は、月額たったの3707円であることが判明している。官に激安賃料で優遇された有名ブランド店との競争を強いられる近隣のカフェにとっては、死活問題だろう。
たとえPFIの民間収益施設が30年間栄えたとしても、その競合となる民間店舗が次々と倒れていっては、元も子もないはずだ。
さらに不可解なのは、事業費総額34億円のうち建築費のイニシャルコストと運営費のランニングコストがいくらであるか、内訳が一切公表されていないことだ。担当部署に問い合わせても、頑なに回答を拒否している。これでは、PFIにして本当に運営費が安くなっているか、誰にもわらない。
筆者が独自に関係者へ取材して得た情報では、選定された事業者の提案価格における運営費は年間約5000万円であることが判明。事業費総額34億円から、この運営費を20年間で合計10億円を引くと、建物の整備費は24億円と推定される
下の表は、同村が内閣府の令和2年度PFI支援制度を活用して行った調査に関する報告書のハイライト部分だ。
村が直営で行った場合、運営費は年9400万円。整備費24億円を足した事業費総額は43億円となる。これに対してPFIにすると、なぜか5億円安い37億円となっている。
最終的な提案価格の運営費が年間5000万円、20年で10億円と推定すれば、PFIの試算は運営費を直営の年間9400万円からほぼ半減させることで5億円の差を捻出したものと思われる。PFIにしたら、一括発注や工期短縮によって整備費も飛躍的に安くなるというフレコミだったのに、この試算ではPFIでは整備費がまったく安くなっていないことになる。
一方、現行の直営でも、図書館の年間運営費は4000万円だという。図書館の運営を担当するCCCは営業時間を大幅に延ばすと宣言していることから、施設全体の維持管理が5000万円では大赤字になるだろう。民業で利益をあげればいいと思われるかもしれないが、余剰地のホームセンターを経営するのは地元の構成企業である。別の仕掛けがないと、CCCにとっては到底採算の合わない事業となる。
その矛盾について、ある関係者は次のように指摘する。
「PFIの試算では安く見せておいて、実際には、運営費部分は実情に即した金額で選定事業者が設立するSPCと契約するのではないでしょうか」
では、いったいなぜ読谷村は、こんなおかしなスキームで図書館などの文教施設を整備しようとしているのだろうか。前出の関係者は、大手ゼネコン中心ではなくツタヤ図書館前提のCCCプラス地元業者だけで編成したチームを組ませて支援したコンサルタントの存在が大きいのではないかと推測する。
「“地元にお金を落とす”というキーワードで地元業者が代表企業に入り、地元のいろんな企業が組成メンバーに入ること自体は、結構なことだと思います。ただ、そのプロセスでコンサルタントが地元業者と自治体の双方にとりいった動きをしているケースが本土でもよく見受けられますので、もし読谷村でも同様のことがあったとしたら、とても公平な競争とはいえないのではないでしょうか」
つまり最初から、“ツタヤ図書館で賑わい創出を旨とするCCC、プラス特定の地元業者のグループ”を選定するという結論ありきで行政サイドがこの事業を進めていたとしたら、PFIとは名ばかりの官製談合まがいの出来レースになってしまうというわけである。
何より、賑わい優先のツタヤ図書館では、当事業の本来の目的である図書館を核とした「知の拠点づくり」をあやうくしかねないと不安に感じる人は少なくないはずだ。
3月12日付当サイト記事『沖縄に20年契約のツタヤ図書館が誕生…村民無視、村議会でも議論なしの異常事態』において、読谷村の図書館を核としたPFI事業者選定委員には一人も図書館の専門家が入っていなかったことを指摘したが、10年前に基本計画を立案したときには、図書館はもちろん、社会教育の専門家や村民代表といったバランスのとれた検討委員がズラリと並んでいたことが判明した(ネット上で公表された文書では、なぜかこの部分は削除されていた)。
■委員名簿
委員長・糸賀 雅児(イトガ マサル) 慶応義塾大学文学部教授
大湾 由美子(オオワン ユミコ) 図書館協議会委員長
宮城 傳(ミヤギ デン) 村史編集委員長
福地 江美子(フクチ エミコ) 前図書館長
長浜 宗賢(ナガハマ ソウケン) 社会教育委員委員長
池原 憲彦(イケハラ ノリヒコ) 楚辺区長
比嘉 秀仁(ヒガ シュウジン) 村民代表
波平 律子(ナミヒラ リツコ) 村民代表
長嶺 浩也(ナガミネ ヒロヤ) 村民代表
富永 一也(トミナガ カズヤ) 県公文書館主幹
儀間 敏光(ギマ トシミツ) 総務企画部長
與儀 優(ヨギ マサル) 教育委員会 教育次長
(2012年<仮称> 読谷村総合情報センター基本計画報告書奥付より)
読谷村は、本事業をPFIで推進するとなった今回、これらの委員をすべて排除して、役場の幹部職員とコンサルタントや金融機関の幹部たちによって事業者を選定したのは、明らかに一定の方向を向いていたからだと思わざるを得ない。
果たして、そのようなプロセスによって整備される、図書館を核とした総合情報センターが、村民にとってかけがえのない地域文化を育んでいくものになるのだろうか。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)