格安スマホ会社のインターネットイニシアティブ(IIJ)が6月28日付の人事で、昨年のNTTなどによる接待問題を受けて辞職した元総務審議官、谷脇康彦氏を副社長に迎え入れることを発表したことが携帯電話業界で話題となっている。谷脇氏は「携帯電話料金値下げの鬼」との異名を取る剛腕官僚として鳴らしたが、IIJはNTTの関連会社であり、「さすがに非常識だ」との批判も上がる。
谷脇氏、総務次官確実視も週刊誌報道で失脚
谷脇氏は1984年に旧郵政省(現総務省)に入省し、海外勤務を経て2005年に帰国してからは、携帯大手による硬直した国内市場の改革に取り組んできた。まず、帰国直後に携帯会社が販売代理店に支払う奨励金廃止などの施策を打ち出し、各社の業績を軒並み押し下げたため、「谷脇不況」と恐れられた。その後は、NTTドコモなど大手3社からの乗り換え先として格安スマホ会社の参入も積極的に推進するなど、一貫して携帯料金引き下げをライフワークとしてきた。
「総務省のドン」である菅義偉前首相が信頼する有力官僚として旧郵政系トップの総務審議官にまで上り詰めた。「21年9月に始動したデジタル庁の舵取りを担うために総務次官就任が確実視されていた」(総務省幹部)が、同年3月にNTTなどとの接待問題が「週刊文春」(文藝春秋)の報道により発覚したことで21年夏、退官に追い込まれた。先の総務省幹部は「一つの国会で2本、3本と法案を通せる凄腕で余人に代えがたかった。彼の失脚で日本のデジタル化は10年は遅れた」と話す。
IIJ創業者の鈴木会長が谷脇氏受け入れに意向、勝社長は元財務次官で経営ワンツートップが大物官僚OBに
今回の谷脇氏のIIJ再就職には、創業者の鈴木幸一会長の強い意向があった。IIJは1992年設立でインターネットの国内商用接続サービスを皮切りに事業を拡大し、2008年に格安スマホ事業を開始したが、「谷脇氏は鈴木会長とともに国内格安スマホ業界を牽引してきた存在でまさに盟友」(業界筋)だったことがその理由だ。
IIJが有力官僚OBを経営陣に据えるのは谷脇氏が初めてではない。社長を務める勝栄二郎氏は14年の消費増税の道筋をつけた元財務次官。今回の谷脇氏の受け入れでワンツートップを大物官僚OBが占めることになる。勝氏は約10年、社長として君臨し続け、格安スマホだけでなく法人向けネット事業も伸ばし、就任時から事業規模を倍に押し上げてきた。
谷脇氏の受け入れ、携帯大手3社の大幅値下げで苦境の格安スマホ業界での生き残りが狙い
今回の谷脇氏参画は「格安スマホ業界での生き残りのテコ入れ」(アナリスト)との見方が強い。現在の各社スマホ業界は苦境を強いられている。菅政権時代にNTTドコモなど大手3社がメインブランドで強権的に大幅値下げを強いられ、割安なサブブランドも生まれた結果、従来からの格安スマホ業者は最大の強みであった価格面での差別化が困難になったためだ。
「もともと谷脇康彦氏は格安スマホ会社を大手3社からの乗り換えの受け皿にしていく方針だった。業者側もそこにチャンスがあるとみて参入したが、菅前首相が政権浮揚の目的で一気に大手3社の値下げを進めたため、完全にハシゴを外された」(携帯アナリスト)
格安スマホ会社は携帯大手3社からの通信回線を借りて通信事業を担うため、大元の携帯大手が値下げに乗り出してくれば、電波利用が増加した際の通信速度の低下など不利な立場に置かれる。サービス面を強化しようにも、大手3社とは資本力が大きく違うため、差別化が難しいのが現状だ。IIJにとっての今回の谷脇氏受け入れを前出アナリストはこう解説する。
「歴代随一の“携帯官僚”を身内に引き入れることで法人案件が受注しやすくなるほか、豊富な業界知識を活用した新サービス開発も見込める。さらに、総務次官候補だった経歴から古巣の総務省側に格安スマホ業者側に有利な規制緩和などを働きかける人脈もコツも心得ている理想的な人材だ」
IIJは谷脇氏を接待したNTTの関連会社、再就職には批判の声も
一方で、IIJは谷脇氏が接待を受けていたNTTの関連会社だ。IIJのホームページにも「NTTは、当社のその他の関係会社に該当し、2021年3月期末現在、NTT及びNTTコミュニケーションズはあわせて当社の議決権比率の26.9%を所有しております」と明記されている。国家公務員倫理規定に違反する高額接待を受けた谷脇氏が当の接待企業の関連会社に再就職することに対しては、「あからさまな天下りで非常識」「特定企業に便宜を図れば悪いことをしても、その企業で囲い込んでくれる悪い前例をつくった」などとの批判が少なくない。IIJ副社長に6月末に就任する谷脇氏の動向に注目が集まっている。