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江川紹子の「事件ウオッチ」第203回

【江川紹子の提言】明かされた安倍晋三首相元秘書の“証言”と、秘される裁判確定記録の闇

文=江川紹子/ジャーナリスト
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「桜を見る会」問題に関して、安倍元首相の当時の秘書2人の供述調書が検察庁から開示されたが……。写真は2019年4月13日、新宿御苑(東京都新宿区)にて安倍首相(当時)主催で行われた「桜を見る会」の模様(写真:ロイター/アフロ)
「桜を見る会」問題に関して、安倍元首相の当時の秘書2人の供述調書が検察庁から開示されたが……。写真は2019年4月13日、新宿御苑(東京都新宿区)にて安倍首相(当時)主催で行われた「桜を見る会」の模様。(写真:ロイター/アフロ)

 ゴールデンウィーク中、東京新聞、共同通信、朝日新聞などいくつかのメディアが、「桜を見る会」の前夜に安倍晋三元首相の後援会が都内ホテルで催した夕食会の費用の一部を、安倍氏側が補填していた問題に関して、安倍氏の当時の秘書2人が検察の取り調べを受けて作成された供述調書の内容を報じた。政治資金規正法違反の罪で略式起訴され、有罪が確定した配川博之・元公設第一秘書の刑事裁判の記録を、記者が閲覧して明らかにしたものだ。

検察の“配慮”を感じる略式起訴

 この事件に関し、国会で追及された安倍氏は、費用補填や政治資金収支報告書への不記載などについて、一貫して否認。費用を支払ったのは「あくまで個々の参加者」と繰り返した。ところが、弁護士有志らの告発を受けた東京地検特捜部の捜査で、安倍氏の事務所が保管していた金で費用補填が行われていたことが明らかになった。

 地検は配川氏を略式起訴したが、安倍氏は不起訴とした。安倍氏はそれまでの発言を訂正し、謝罪。東京簡裁は20年12月14日、配川氏に罰金100万円の略式命令を出し、配川氏は罰金を即日納付している。安倍氏の不起訴については、東京第一検察審査会が「不当」とする議決をしたが、特捜部は再捜査の後、昨年12月に再び不起訴とし、刑事事件としては終了した。

 配川氏の有罪認定を行い、刑罰を決めた「略式手続き」は、通常の裁判と異なり、法廷での公開審理を行わず、書面のみで、判決に当たる決定を下す。比較的軽微な犯罪について、被告人が同意している場合に行われ、略式命令の後でも不満があれば正式裁判を申し立てることができるが、配川氏の件ではそのような申し立てもなく、確定している。

 通常の裁判が行われていれば、ジャーナリストは裁判を傍聴し、被告人の主張や検察側がどのような証拠を提出したのかなどを取材することも可能だ。しかし、略式起訴となると、それができない。

 略式起訴された事件のなかにも、国民の関心が高く、公人としての資質が問われた重要なものもある。

 新聞記者との賭けマージャンが問題となった黒川弘務・元東京高検検事長の賭博事件。秘書が選挙区内の有権者に香典などを渡していたことが問題となった菅原一秀元経済産業大臣の公職選挙法違反事件。2019年の参院選を巡る大規模買収事件で、実刑が確定している河井克行・元法相サイドから現金を受領した広島県議ら25人……。

検察の裁量に任されている記録の開示可否……その不可解

 この3件はいずれも、刑事告発され、検察が当初は不起訴(起訴猶予)としたものの、検察審査会が「起訴相当」と議決し、検察側が再捜査した後に、略式起訴に至った「検審バック」事件だ(河井事件に関しては、公職選挙法違反(被買収)の事実を争うなど、略式手続に応じていない議員ら9人は正式起訴された)。

「検審バック」の後も、検察が再び不起訴とし、検察審査会が再度「起訴相当」と判断すれば、強制的に正式裁判が行われ、検察が関わることなく公開審理が進められる。非公開の書面裁判を前提にした略式起訴は、検察や被疑者サイドが、そうした“リスク”を回避する意味もあるのではないか。配川氏の件で非公開の略式手続が選ばれたのも、検察の“配慮”が感じられる。

 ただ、そうした非公開裁判でも、検察がどのような証拠を提出したのかを確認する術はある。それが、確定訴訟記録の閲覧だ。

 刑事訴訟法では「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。」としている。

 一般の裁判だけでなく、略式手続においても可能だ。公判が開かれず、国民が傍聴できない略式手続においては、司法がどのような証拠に基づき、いかなる判断を下したのかを知るための記録閲覧は、なおさら重要ともいえる。

 今回の配川氏の確定記録を閲覧した記者によれば、配川氏を含め安倍氏の秘書6人の調書12通、夕食会の会場となったホテル関係者の調書4通のほか、16通の捜査報告書が開示された。

 そのなかには、東京の安倍事務所の秘書乙氏のこんな供述が含まれている。

「何ら手当をせず後援会の収支報告書に載せれば、マスコミなどで取り上げられ大きな問題となりかねないと認識していた」「適法な打開策を見いだせず、(配川氏と)話し合いをしないまま互いに対応を任せる形になっていた」

 安倍氏の地元事務所を仕切る配川氏は、「乙らが詰めの甘い対応をしたせいで地元事務所側にしわ寄せがきた」と恨み節を述べ、一方の乙氏は「本来なら配川の方から請求書を送るよう要求があってしかるべきだが、相談はなかった」と語るなど、秘書が互いに責任を押しつけ合っていた事務所の様子なども垣間見える。

 刑事責任はともかく、安倍氏は国会で虚偽答弁を行う前に、こうした秘書たちの不正事実を知る機会は本当になかったのかなど、国民に対してより丁寧に説明する政治的責任があるといえるのではないか。

 最近は、こうした確定記録を活用した取材記事を目にする機会が増えた。私自身も、黒川氏の賭博事件をはじめ、これまでにいくつかの確定記録を閲覧し、さらにオウム真理教を巡る裁判記録の見直しも始めている。

 記録の閲覧は、憲法で定められている裁判の公開原則に基づく。同時に、司法のありようを国民が知る権利にも深くかかわっている。ジャーナリストの取材に限らず、研究活動など過去の事件をきちんと知りたい場合、この確定記録は貴重な資料だ。

 ところが、その閲覧は必ずしも先に挙げた刑訴法が掲げる原則通りにはいっていない。

 それは、閲覧の可否、閲覧可の場合も閲覧を認める範囲など、重要な判断が検察の裁量に任されているからだ。

日馬富士関の「得意の決まり手」まで墨塗りにする検察

 私が2018年に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の被告人3人の被告人質問と証人1人の証人尋問、判決文の閲覧を求めたところ、9カ月後に「不許可」とされた。理由は、事件が確定してから3年が経過しているからだという。

 刑事確定訴訟記録法は、閲覧不許可とする理由の1つに、「終結した後三年を経過したとき」を挙げている。ただし、「正当な理由があると認められる者」の場合は閲覧を認めるとあり、私はそれに該当しないという認定だ。

 この規定自体、まったく意味不明だ。せっかく上川陽子氏が法務大臣の時に、オウム関連の全裁判記録の永久保存を決めたのに、閲覧できないのではなんの意味もなくなる。

 その後、私が大学でカルト問題を研究・講義していることなどの説明を書き加えて再度申請したところ、「正当な理由があると認められる者」と見なされたらしく、今年3月になって、ようやく許可が出た。

 ただし、調書には多くの墨塗りが施されていた。1人の被告人については、入信の経緯がほとんど“のり弁”状態だった。驚いたのは教団ナンバー2で、多くの凶悪事件で主導的役割を果たした村井秀夫元幹部の名前が消されていたことだ。彼は、逮捕前に暴漢に殺害されているから、とのことらしいが、さまざまな確定判決から、彼の事件への関与は明らかになっており、すでに死亡している。刑事確定訴訟記録法で、閲覧不許可の理由とする「公の秩序又は善良の風俗を害する」「犯人の改善及び更生を著しく妨げる」「関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害する」おそれなどありようがない。

 かつて鳥取簡裁で略式決定が出された横綱日馬富士関の暴行事件では、なんと日馬富士関の「得意の決まり手」が墨塗りされていた。相撲協会のホームページにも紹介されている横綱の得意の決まり手を隠さなければならない理由がなんなのか、それすら明かされなかった。

 今回の配川氏の確定記録でも、取材した記者によれば、検察は裁判所に34通の証拠を提出していたが、開示されたファイルにはうち2通は編綴されておらず、その標目も消されていた。また、調書の一部は黒塗りされ、とりわけ氏名は配川氏と安倍氏以外、すべて消されていた、という。

 奇異なのは、検察の求刑意見がしばしば隠されることだ。私の経験では、死刑判決が確定した事件の裁判記録で、検察の求刑が伏せられていたこともある。

 今回の配川氏の記録を閲覧した記者によると、本件でも求刑意見は明らかにされなかった、という。これでは、検察がどれほどの刑罰を求めたのに対して、裁判所が罰金100万円と判断したのかが確認できない。

 黒川弘務・元東京高検検事長が、新聞記者と賭けマージャンをしていた件で賭博罪に問われた事件では、確定記録が明らかにされたことで、検察と裁判所の判断が違っていたことが確認できた(私自身も記録を閲覧している)。東京地検は罰金10万円の「科罰意見」を出したのに対し、東京簡裁の横川保廣裁判官は罰金20万円を命じていた。検察幹部の違法行為に、司法は検察が考えていた以上に厳しい判断を下したのだ。

 今回の配川氏の裁判ではどうだったのだろうか。

確定記録は公共財であり、「みんなのもの」

 しかも、請求を行ってから、実際に閲覧できるまでの時間がかかりすぎる、という問題もある。

 配川氏の場合、有罪確定から記者らが閲覧できるまでに、1年4カ月を要している。安倍氏や配川氏らは夕食会の領収書廃棄についても、検察審査会に申し立てがなされていたことも影響しているが、それも昨年12月にはすべて終わっている。

 私が黒川氏の賭博事件の記録を見る許可が出たのは、請求してから7カ月後のことだった。地下鉄サリン事件関連の記録閲覧は、実現するまでに4年がかりだった。

 こんなに時間がかかる最大の原因は、記録に過剰な黒塗りを行うからだろう。関係者の住所や電話番号、性犯罪の被害者の身元確認につながる情報を伏せるのはわかる。しかし、前述のように、なぜ墨塗りするのかわからないことも多く、何を伏せるのか、という基準もはっきりしない。

 時間がかかるもう1つの理由は、検察の記録係の人員不足ではないか。上記のような墨塗り作業を、保管検察官自ら行うわけではあるまい。記録係の事務官が、通常の仕事の合間を縫って行っていると思われる。今のような過剰な墨塗りは、事務官らにとっても、大変な負担になっているに違いない。

 過剰な黒塗りをやめ、記録係にもう少し人を配置すれば、事態は改善する。

 裁判の記録(司法文書)も、「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」(公文書管理法)である公文書だ。

 アメリカでは、まだに「共有の知的資源として」裁判記録が報道や研究などの活動にも活用されている。捜査当局が裁判所に提出した証拠も、多くは裁判所が運営するウェブサイトを通じて、誰もが入手できる。日産のゴーン元会長の国外逃亡を助けたアメリカ人2人について、日本のメディアはこのサイトを通じて、日本の捜査機関がひた隠しにしていた証拠類を入手した。

 それによって捜査が妨害されたわけではなく、この2人は日本に移送されて、裁判所できちんと裁かれた。日本の捜査機関は、過剰に情報を隠し過ぎだ。

 確定記録を活用した報道が増えてきたのは、歓迎すべきことだ。検察が税金を使って集めた証拠や法廷での証言など、裁判所が何に基づいて判断したのかを示す確定記録は、公共財であり「みんなのもの」だ。それに、事実確認がしにくい「リーク情報」ではなく、適正な手続きをへて収集され、裁判所に示された証拠を元にした報道のほうが、正確で人権侵害なども起こりにくい、といえる。

 刑事確定訴訟記録法を見直し、より迅速で、もっと開かれた制度に進化させるべきだ。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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