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江川紹子の「事件ウオッチ」第199回

江川紹子が斬る【名張毒ぶどう酒事件再審棄却】人権より「法的安定性」を優先させる司法

文=江川紹子/ジャーナリスト
名古屋高裁
名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求異議審を棄却した名古屋高裁だが、その決定に批判の声が上がっている。(写真は名古屋高裁/KEI1008、PIXTA

事件ウオッチ

 名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求異議審で、名古屋高裁(鹿野伸二裁判長、鵜飼祐充裁判官、菱川孝之裁判官)は3月3日、奥西勝元死刑囚(2015年に医療刑務所で病死)の遺志を引き継いで再審を求めていた妹・岡美代子さん(92)の訴えを棄却した。この事件で判決が確定して、今年で50年になる。奥西さんがたった1人で始めた再審請求に、第5次請求から弁護団がつき、以来、確定判決を揺るがす証拠を積み上げてきた。第10次請求はその集大成でもあり、弁護団や支援者には「今度こそ」の期待が高かっただけに、名古屋高裁決定には落胆の色が濃い。

生半可な理解で、専門家による科学的知見を否定した裁判官たち

 私も決定を読んで残念に思った1人だが、それは、棄却という結論もさることながら、その内容が、請求人側が提示した証拠に裁判所が真正面から向き合い、総合的に評価して事実を解明しようという姿勢からはほど遠いものだったからでもある。

 今回の異議審の問題を、2点だけ挙げる。1つは科学鑑定、もう1つは検察側の未開示証拠の扱いだ。

 第10次請求では、犯行に使われたぶどう酒瓶口に巻かれた封緘紙に、家庭でも使う市販のノリの成分が付着していた、との科学鑑定が弁護側最大の新証拠だった。他の証拠と合わせ考えると、奥西さんとは別の犯人が、事件が起きた現場の公民館とは別の場所で、封緘紙を剥がし、開栓して毒を入れ、栓を戻して封緘紙を貼り合わせた可能性が出てくる。

 奥西さんが公民館で毒を入れた、という確定判決を維持する理屈は、それ以外に犯行機会はない、という、いわば消去法なので、このノリ鑑定は、これを突き崩す重要証拠だった。

 ただ、鑑定書は繊維・高分子科学を専門とする学者の科学論文の趣きで、素人が一読して理解するのは難しい。そこで弁護側は、裁判所が正確に理解できるよう、鑑定を行った科学者の証人尋問をするよう裁判所に求めた。しかし裁判所は、「必要ない」として応じず、書面で質問を発し科学者がそれに書面で回答するというやり取りを一往復しただけに留めた。

 ところが決定で、裁判所はいくつもの疑問点を挙げ、それについて科学者が「説明していない」と批判。そして、だから鑑定は「専門的知見に基づく科学的根拠を有する合理的なものとはいえない」として排斥した。

 疑問があれば、証人尋問をするなり、さらに質問書を出して尋ねればいい。ところが名古屋高裁の裁判官たちはそれを行わず、この分野には素人であるのに、自分たちの生半可な理解で、専門家の知見の科学性を否定したのだ。

 理解できないのは自分たちの科学的知識の不足かもしれないので、とりあえず尋ねてみようという最低限の謙虚さもない態度だ。もっとも、残念なことに、この事件では裁判所のこうした態度は初めてではない。異議審前の第10次再審請求審もそうだったし、毒物を巡る鑑定が最大の焦点の1つだった第7次異議審でも、名古屋高裁は珍妙な独自の“科学理論”を作り出し、専門家による科学鑑定を退けた(この時は、さすがに最高裁はこの決定を取り消し、同高裁に差し戻した)。

 このように、弁護側が最も重要な証拠として提出している科学鑑定について、証人尋問もせず、独自の理解で排斥するということは、今の通常の裁判、とりわけ裁判員裁判では考えにくい。そういうことが、再審請求審では行われている。

検察による証拠の“出し渋り”、それを決して批判しない裁判所

 指摘したいもう1つの問題は、検察側が未提出の証拠の扱いだ。

 弁護団が証拠のページ番号を確認したところ、警察が検察庁に送ったものの、これまで開示されていない証拠が1000ページに及ぶことがわかった。弁護団は、あるはずの村人たちの初期供述などの開示勧告を行うよう求めたが、裁判所は応じなかった。

 やっと開示されたのは、村人の警察官調書9通のみ。実はこの調書、第7次請求審で裁判所が照会をした時に、検察側は「存在しない」と回答していたものだ。だが、こうした誠実とはいいがたい検察の証拠の“出し渋り”を、裁判所は批判しない。

 開示された調書には、弁護側の主張に沿う記述がいくつもあった。今なお検察庁の倉庫には、どれだけ無罪方向の証拠があるのだろうか……。

 現在の裁判員裁判では、一定の証拠開示を検察側に義務づける。それを検察側が出し渋れば、必ずや非難されよう。他方、再審請求審にはこのルールがない。そのためだろう、存在している証拠でも検察官が「ない」と虚偽の返答をする事例は、他の事件でも頻発している。

 たまたま証拠開示に熱心な裁判官が強く求めると、小出しに出してくる、というケースもある。検察側が意図的に無罪方向の証拠を隠しているのか、真面目に証拠を確認しないのかはわからない。いずれにしろ「公益の代表者」としてあるべき態度ではないだろう。にもかかわらず、確定判決を守りたいという動機を共有しているせいか、裁判所はこうした検察の態度には極めて寛容だ。

 一方で再審を審理する裁判所は、弁護側の提出する証拠には、厳しいハードルを課す。今回の名古屋高裁もそうだった。しかも、さまざまな証拠を総合的に評価して事件の全体像を描くのではなく、無罪方向の証拠をばらばらに分断し、ひとつひとつ切って捨てている。

 たとえば、ぶどう酒の封緘紙問題。今回新たに開示された複数の村人の警察官調書に、公民館で宴会が始まる前、問題のぶどう酒には封緘紙がついていた、と書かれていた。

 通常、調書は「私は……しました」のように、供述する人の独白調で書かれる。ただし、捜査員が重要なポイントを強調したい時などは、問答調を取り入れる場合もある。

 今回はまさに、その問答調で封緘紙のことが記載されている調書が2通あった。たとえば、事件から2日後、いまだ誰が容疑者かわからない時点で作成された村人の調書にはこうある。

〈問 ブドウ酒のビンの蓋を取るのにA子さんが持っている時ビンの蓋の上についている封をしてある紙があったかどうか知っていますか

 答 私の見た事でありますがブドウ酒のビンは裸ビンでありましたが蓋をしてある処に紙が巻いてあったと思います(紙とは封カンの事を言うようであります)〉(A子さんは事件で死亡した女性の1人。原文では実名)

 いつ、どこで毒が入れられたのかを特定するため、警察官が封緘紙について関心を払って事情聴取していたことがわかる。

 こうした記述が複数あるのに、裁判所の決定は「一般的に必ずしも関心を持って観察する対象ではない点に関する供述」として、切り捨てるのだ。

 再審請求審の場合も「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されると指摘した、1975年最高裁「白鳥決定」は、「当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべき」と判示した。今回の名古屋高裁決定は、この白鳥決定が指し示す方向とはまったく逆を向いている。

 なぜそうなるのか。

多くの裁判官が、人権救済よりも、過去の裁判所が出した判決を重視している

 1つには、科学技術や人権意識の向上により通常審の手続は進化してきたのに、再審請求については大正時代の旧刑事訴訟法の規定をほぼそのまま受け継ぎ、進化から置き去りにされているという問題がある。そのため、証拠開示の手続などのルールが定められていない。

 5次請求から今までに積み上げられた証拠を含めて裁判員裁判をやれば、よもや有罪判決などあり得ないだろう。にもかかわらず、大正時代の規定に支配され、証拠が総合的に評価されず、「法的安定性」の名の下に半世紀前の確定判決に司法がしがみついている状況こそ、著しく正義に反する。

 しかも、この状況を積極的に変えなければならない、という声が、裁判所から上がってきている気配がない。今なお多くの裁判官が、人権救済よりも、過去の裁判所が出した判決を重視することをよしとしているように見える。

 私たちが通常の事件から裁判所に抱くイメージと、再審請求審での裁判所は大きく異なる。通常の裁判では、検察側と被告・弁護側がそれぞれ当事者として主張を述べ合い、裁判所が公正中立な第三者としてジャッジするという建て前だ。一方、再審請求審の場合、裁判所は「法的安定性」を理由に、基本的にはそれを守りにかかる。

 冤罪を訴え、裁判のやり直しを求める側からすれば、裁判所は検察と一緒になって立ちはだかる分厚い大きな壁である。そのうえ、裁判所は小さな再審の扉の鍵を持つ門番でもある。

 この壁は特に、死刑が確定した事件でより厚くより高いように思える。日本では戦後これまでに4件の死刑確定事件で再審が行われているが、死刑という究極の刑罰での誤判を司法が認めるハードルは高く、1989年に下された島田事件の再審無罪判決以降、一度も再審は開かれていない。一度でも再審開始決定が出た死刑確定事件は、現在東京高裁で差し戻し抗告審が行われている袴田事件と、第7次再審請求で開始決定が出た名張事件くらいだ。

 そしてこの名張事件の場合、今や奥西さん本人は死亡している。遺志を引き継いで再審請求を起こした妹の岡さんもすでに92歳。再審を開いた場合に起き得る司法不信というリスクより、請求を棄却し、関係者がこの世を去るのを待ちたい、という発想に、裁判官たちが陥ってはいないだろうか。

 しかし、これだけ確定判決と矛盾する証拠が積み上がっているのに、それを無視して事件を封印すれば、かえって司法への信頼を大きく損なうことは、強調しておきたい。

 特別抗告審において、最高裁がすべての証拠をフェアに総合的に評価すること、そして国会が、再審請求審での証拠開示のあり方など、今の時代にふさわしいルール作りに動き出すよう望みたい。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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