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『クレヨンしんちゃん』野原ひろしはハイスペック?貧困化する日本人

取材・文=文月/A4studio
『クレヨンしんちゃん』野原ひろしはハイスペック?貧困化する日本人の画像1
『クレヨンしんちゃん』公式ポータルサイトより

 1990年に連載が始まり、アニメも大人気となっている国民的漫画「クレヨンしんちゃん」。主人公・野原しんのすけをはじめとする個性的なキャラクターが多数登場する本作のなかでも、しんのすけの父親である野原ひろしは、会社でうだつがあがらず、家庭内での地位も低い、いわゆるダメ親父と揶揄されるような人物として有名だ。

 しかし、そんなダメキャラにもかかわらずネットなどでは“実は野原ひろしはハイスペックなのではないか”と論じられることが多い。実際、彼は商社勤務の35歳、役職は係長、年収600万円(諸説あり)、一軒家持ち、自動車持ちであり、令和の時代の価値観でいえば少なくともダメキャラ扱いされるようなスペックではないだろう。

 こうしたスペックを踏まえ、“ダメでさえない中年であるひろしが、実はデキるサラリーマンだった?”と彼のギャップに惚れる人も出ているのだ。一方、ひろしをハイスペックと考えるのは過大評価であると指摘する声も。とあるTwitterユーザーが5月に投稿した以下のつぶやきが、17.8万件のいいね、2.8万件のリツイートを獲得(5月27日現在)するほどバズッているのである。

「野原ひろしは実はハイスペではという話がたまにバズるけど、現実にハイスペかどうかというより、作中では別にハイスペとして描かれていない人物が現実世界の時間の経過とともに相対的にハイスペとして捉えられる範疇に入ってきた、そのくらい日本社会が貧しくなったと捉えたほうが妥当ではと思ってる。」

 たしかに、現在の日本は経済が停滞しており、1980~90年代と比べると雇用や収入の面で不安定になったとの指摘もある。

「クレヨンしんちゃん」ほどのご長寿漫画であれば、時代の経過により評価が変わってくる人物やキャラクターはいても不思議ではない。そこで今回は、百年コンサルティング代表取締役である経済エンターテイナーの鈴木貴博氏に、野原ひろしのスペックは実際にどうなのかについて詳しく話を聞いた。

今の価値観では優秀なひろしだが、昔基準だとやはり残念?

 まず、野原ひろしは現代の価値観からすると、ハイスペックな存在だといえるのだろうか。

「結論から申し上げると、そういえますね。ひろしは恐らく高卒ないしは大学中退で東京の商社に就職し、しかも35歳で係長になっているので、現代の価値観では相当できる人だと断言できます。そもそも、現代ではひろしと同じ高卒での商社への就職はほぼ不可能でしょう。

 また2020年の国税庁による『民間給与実態統計調査』では、給与所得者1人あたりの平均給与額が433万円となっていますが、年収600万円ほどといわれているひろしは、平均より約170万円も高い収入を得ています。おまけに現在の時価を考慮すると、中古物件とはいえ春日部市に一軒家を持っているのは相当な勝ち組であるといえますね」(鈴木氏)

 令和の今の時代で考えると、やはり野原ひろしはヒエラルキー上位のビジネスパーソンということか。とはいえ、ひろしは連載当時の価値観では落ちこぼれのサラリーマンであったと鈴木氏は語る。

「ひろしは商社マンということもあって他の業種よりも年収は高めですが、90年代当時からすると35歳の商社マンが年収600万、係長というスペックは残念な部類に入りました。当時、同年齢で成功しているサラリーマンは、年収1000万円、役職が課長クラスで東京都や神奈川県に住居を構え、自動車はトヨタ・マークXなどグレードが高い車を所有していたのではないかと思います。ですから持ち家が埼玉県の春日部市で、庶民的なグレードの車しか持てないというひろしの設定は、昔のいじりどころにしやすかったのではないでしょうか」(同)

 では、もし今の時代に「クレヨンしんちゃん」の連載が開始していた場合、ひろしのスペックはどう設定されたと推察されるのか。

「そこまで貧乏ではない中流家庭の“ダメなサラリーマン”と考えると、平均給与以下の年収400万円で係長にもなれない窓際社員のような扱い、マイホームも自動車も持てない中年として描かれていたのかもしれません。このラインが妥当なのではないでしょうか」(同)

物件や自動車が家計のなかで無駄とされている現状

 80~90年代当時の価値観では、サラリーマンが一軒家を購入することは珍しくはなかったという。

「年収に関係なく、当時は30歳ほどで結婚して住宅ローンを組んで家を買うのは当たり前でした。漫画の連載開始が1990年ということであれば、80年代中頃に春日部の一戸建てを安く買ったのかもしれませんね。

 なお現在の春日部市の住宅価格は当時よりかなり上がっているので、ひろしの年収でもなかなか手が出しづらいかと思います。また、2021年8月には東京23区の新築マンション平均価格が1億円を突破しましたので、現代のサラリーマンがマイホームを持つのであれば、東京23区で新築の一軒家やマンションなんてまず厳しくて、中古ぐらいしか視野に入れられないでしょう。今はそんな時代になってしまっているのです」(同)

 また、鈴木氏は現代のビジネスパーソンが物件の所有に消極的な理由について次のように分析する。

「最たる理由は将来への不安でしょう。日本経済の停滞により企業は経費削減のため従業員に早期退職を促したり、転職を視野に入れさせる勧告をしたりする。そうなると、終身雇用が崩壊してしまい、年収400~500万円のラインを維持できなくなり、定年までにローンを返し終わらないリスクがあるわけです」(同)

 そして、野原家のような首都圏に住む家庭は自動車を持つ必要もないという。

「首都圏は地方に比べて公共交通機関が発達しており、通勤のためにわざわざ自動車を買う必要はありません。そのため、現在の平均収入家庭で何が無駄かと言われると、自動車ですとファイナンシャル・プランナーから言われてしまうでしょうね」(同)

 こうした現状を鑑みると、野原ひろしのスペックは相対的に高く感じるが、それだけ日本の今が厳しい状況に置かれていることを裏付けているようにも思えてしまう。

「日本の格差はかなり深刻な問題かと思います。22年1~3月の総務省『労働力調査』によると、非正規の職員・従業員の割合が36.7%と4割近い数字となっています。しかも、正規労働者のなかでもアルバイト並みの給与しか与えられず、従来の正社員並みの働きを求められる“なんちゃって正社員”も増えているんです。ですから“35歳係長、年収600万、マイホーム持ち、自動車持ち”というひろしのスペックは、半数ぐらいの日本人からすると羨ましく感じるでしょうね。

 90年代までは“1億総中流”なんて呼び方をされ、ほとんど全員が同じ生活水準でしたから、ひろしのスペックを残念と思える余裕がありました。しかし、あれから30年経過してひろしは“ハイスペック”“ラッキーな人”ともてはやされている。それはつまり、過去と比べて日本全体が相対的に貧しくなったといえるかもしれません」(同)

 ひと昔前は普通以下だったスペックが、今では羨ましがられる。漫画内のいちキャラクターである野原ひろしのスペックから、日本経済の変化をここまで確認できることは興味深いが、同時に日本経済の衰退をまざまざと見せつけられた感もある。

(取材・文=文月/A4studio)

【出典】
「労働力調査結果」(総務省統計局)
民間給与実態統計調査結果」(国税庁)

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A4studio

エーヨンスタジオ/WEB媒体(ニュースサイト)、雑誌媒体(週刊誌)を中心に、時事系、サブカル系、ビジネス系などのトピックの企画・編集・執筆を行う編集プロダクション。
株式会社A4studio

Twitter:@a4studio_tokyo

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