大手企業の「黒字リストラ」が加速している。これは、業績が好調にもかかわらず将来的なリスクに備えて人員削減を断行するケースだ。東京商工リサーチの調査によると、2019年に早期・希望退職者を募集した上場企業はのべ36社、対象人数は1万1351人に達し、社数、人数ともに過去5年間で最多を記録した。また、20年以降もすでに10社以上で約2000人の早期・希望退職の募集が予定されているという。
一方、転職市場は活況を迎えており、特に30~40代の人材の流動性が高まっているといわれる。そんな時代に、ミドルクラスのビジネスパーソンに必要なものは何か。「これからは企業が終身雇用を約束するのが難しくなり、いわば“終身成長”の時代になる」と語る、リクルートキャリアの藤井薫HR統括編集長に話を聞いた。
崩れる転職市場の「35歳の壁」
――令和も2年目を迎え、働き方改革が進むなど、組織とビジネスパーソンをめぐる環境は大きく変化しています。
藤井薫氏(以下、藤井) これからは、変化に強い組織や働き方が求められていきます。今の日本社会は、GDPの約7割を第3次産業が占めています。また、大手自動車メーカーが「モビリティサービスを創造する」と提唱しているように、第1次、第2次産業も3次産業化していくでしょう。いわゆる産業全体の「サービス経済化」の進展です。
社会全体的に変動性や不確実性が高まっており、いわば明日が読めなくなっています。一方では人生100年時代といわれているように、高齢者でも元気なうちは働くというのが当たり前になりつつあります。そのため、今後は一人ひとりが自分の働き方を決めるというスタイルが定着していくでしょう。
――これからは、企業が終身雇用を約束するのは難しくなっていきますよね。
藤井 そうですね。そのため、今後は「終身成長」、つまり社会の中でいろいろな形でイキイキと働くことが重要になっていくのではないでしょうか。
今はトレンドの移り変わりが激しくなっており、企業の平均寿命も約20年間と短命化しています。個々のビジネスパーソンも常に変化にさらされているため、同じ業種や職種や環境で働いているだけでは、次第にスキルや知識が陳腐化してしまいます。
そのため、新たな業種や職種や領域に打って出なければなりません。終身雇用が約束されなくなった今、ひとつの業種や職種や組織に縛られずに終身成長する能力が求められているのです。企業も個人も、採用や転職に関する戦略を変えていくことが肝要です。
――転職市場はどのような状況なのでしょうか。
藤井 かつての「35歳の壁」は崩れてきており、40歳以上の転職が活発化しています。年齢や年次を重視するのではなく、スキルや才能が評価される時代。ミドルやシニアにも、チャンスが広がっているのです。
また、業種や職種の垣根を超えて活躍する人材が増えています。我々はこれを「ポータブルスキルの活用」、または「越境転職」と呼んでいます。サービス経済化で、あらゆる業種や職種が再定義され、活躍する領域が他領域に広がる今、「別の業界で活躍するのは無理」と自分で決めつけるのは、すごくもったいない話です。
そのため、個人は業種や職種を越境して長いレンジで活躍する能力を磨き上げることが大切です。企業も生涯活躍できる能力を磨ける機会を提供し、“終身成長”を支援していくような体制を充実させることが望ましいですね。
――たとえば新卒で入社した企業に20年勤め、それから異業種への転職を決断するのは難しいようにも感じますが。
藤井 一人ひとりのキャリアやマインドにもよりますが、そうしたチャレンジを楽しむことができる人も少なくありません。学習した知識や価値観を意識的に捨て去り、新たに学び直すことを「アンラーニング」&「ラーニング」と言いますが、これができる人とできない人の差はすごく大きいです。
自分を多重的に活用する働き方を
――環境の変化を恐れないということでしょうか。
藤井 私は「現代版の百姓のススメ」を提案します。これは、田畑を耕すだけではなく、雨の日には俳句を詠み、またある日には竹とんぼをつくって子どもたちを楽しませるなど、一人ひとりがさまざまな役割を果たすことを指します。昔は1人の人間にいろいろな顔や役割があったのですが、今の会社員はひとつの顔しか持っていない。これは非常にもったいないことです。
リクルートエージェントではミドルシニアの方も対象にカウンセリングを行っていますが、「自分は他人から見るとこういう面があり、こんな持ち味があるのか」という気付きを得て、自信を持たれる方が多いです。今いる会社の評価基準とは別の鏡で映してあげると、輝くことができる場所はほかにもたくさんあるということです。
――何か具体例はありますか。
藤井 生命保険会社の営業管理職から菓子メーカーの品質部長に転職して、活躍している人がいます。一見、関係のない業種・職種のように感じますが、女性同士でチームワーク良く働く組織運営能力など、実は共通したスキルが求められていました。また長年、呉服店で接客をしていた方が介護施設の施設長に転身したケースも大成功しています。会話などで、高齢者の気持ちを察する洞察力に長けていたからです。
ミドルもシニアも、自分では気づかない隠れた可能性を秘めているものです。そのため、自分を多重的に活用することで働き方はもっと豊かになります。
――若手ビジネスパーソンには、近年の傾向などはあるのでしょうか。
藤井 今、日本は多くの社会課題を抱えていることもあって、社会問題の解決に関心を向ける若者が増えています。「ソーシャルセントリック」志向と言うのですが、社会的な使命を担っている組織やNPO法人で働きたいという意志を持つ人が増えているのです。これは、目的や理念もなく上場してボロ儲けしたり、その利益を顧客価値や社会変革に還元しないで豪遊……という人たちが、結局うまくいかなかったのを見ていることも影響しているのではないでしょうか。
(構成=長井雄一朗/ライター)