これからの日本の経済・社会は少子高齢化を乗り越えるべく、定年延長・通年採用・中途採用を標準化させていくことになることになるでしょう。その結果、多くの人が大学を卒業後、就職して70~75歳まで働くことになり、会社員生活は50年前後と、今より10~15年程度も長くなります。では、確実に起こる「未来」に、私たちはどう備えておけばいいのでしょうか。
これからの時代に必要な価値観
かつて、日本人は一億総中流といわれたほど格差とは縁遠かったわけですが、人口減少が続き、デジタル化で変わらざるを得ない経済・社会では、個人の能力の優劣や有無によって、格差の拡大=二極化が進む社会に足を踏み入れつつあります。企業は社員の能力と成果によって報酬に明確な差をつける傾向を強めていかないと、生き残ることができないからです。
大したスキルを持っていない高齢者世代にとっても、これからの新しい企業社会で生き抜いていくカギは「仕事は楽しみながらする」という価値観を取り入れることができるかどうか、という点です。
圧倒的多数の中高年の人々にとって、仕事とは「生活のためにするもの」「つらくて憂鬱なもの」であり、「楽しむもの」だという発想が乏しいのではないでしょうか。
この重要な点が近年の若者との大きな違いでもあるのですが、中高年の人々が自ら興味のある仕事を見つけて、その仕事を楽しむという発想が持てるようになれば、仕事へのモチベーションも生産性も上がるということは、実証的なデータがなくとも十分イメージできるでしょう。
18世紀後半にイギリスで軽工業を中心に起こった産業革命しかり、1950年代から始まったコンピュータの普及に伴う情報革命しかり、目覚ましい技術革新が世界に広がっていく過程では、それに適応したキャリア形成やスキルの取得が追い付いていかず、キャリアが途切れてしまう世代があります。
しかし、幸運なことにITやAIが発達している社会では、新しいスキルを身に付けようとする意欲を強く持ってさえいれば、キャリアの断絶を乗り越えられる環境が整っているのです。従来の高齢者世代の雇用に対する否定的なイメージは、根本から改められる可能性を秘めています。
高齢者の定義は「75歳以上」に?
平均寿命や健康寿命が延びるだけでなく、誰もが当たり前のように75歳まで働くことができる社会になれば、高齢者の定義そのものが、今の「65歳以上」から「75歳以上」へと変わっていくでしょう。
これまでのように、増えるばかりの65歳以上の高齢者を減り続ける現役世代で支え続けるのが成り立たないことは、多くのみなさんが漠然ながらも理解していることと思います。
将来の人口推計に基づけば、2020年の65歳以上の人口は3619万人で、総人口に占める割合は28.9%になります。その10年後の2030年と20年後の2040年には、65歳以上の人口はそれぞれ3716万人、3921万人に増えていて、人口に占める割合もそれぞれ31.2%、35.3%に上がります。
これに対して、2030年と2040年における75歳以上の人口はそれぞれ2288万人、2239万人で、人口に占める割合は19.2%、20.2%になると推計されています。しかも、高齢化率がもっとも高まる2065年には、65歳以上の人口は38.4%にまで上昇しますが、75歳以上の人口であれば25.5%に収めることができるのです。
要するに、高齢者の定義を75歳以上に変えれば、2030年、2040年、2065年の高齢者の人口および比率は、現在のそれ(2018年の65歳以上の人口3561万人・比率28.2%)よりも少なくて済むというわけです。
財政上の収支の面からも、社会保障制度の維持という点からも、経済規模の維持という点からも、現役を引退して社会に支えられる側の人々を絞り込むと同時に、就業する人々を増やして社会を支える側をなるべく減らさないという一石二鳥の作戦しか、日本に残された選択肢はないといっても差し支えないでしょう(下図参照)。
金融庁の「老後資金2000万円不足」の真相
新たな定義における高齢者(=75歳以上)になる前に、今から備えておきたいことについて触れたいと思います。そのひとつめは、老後を安心して暮らすには決して年金だけに依存してはならず、自己の責任において長い人生の資金計画を立てておくということです。
日本人の寿命は、予防医療や先進医療の発展により今後も延びる可能性が極めて高いといわれています。長生きのリスクに対して、できるだけ早い時期から備えておく必要があるのです。
2019年6月、金融庁が所管する金融審議会の市場ワーキング・グループによる「高齢社会における資産形成・管理」と題する報告書では、厚生労働省や総務省の調査データを用いて、夫が65歳以上・妻が60歳以上の夫婦が年金収入だけに頼った生活をしていると、20年で約1300万円、30年で約2000万円が不足すると試算しています。
この報告書はさまざまなメディアで取り上げられ、大きな話題となりましたが、金融庁が国民に強調したかったのは2000万円を預金するということではなく、積み立て分散投資など長期の資産運用で備えなさいということです。
しかしながら、金融庁の報告書における試算はあくまで厚生年金受給者の平均値(毎月19万1880円)に基づく推計にすぎないので、個人一人ひとりの収入や住んでいる地域によって幅を持って見るべきでしょう。
たとえば、定年がなく国民年金が中心の自営業者やフリーターの場合、たとえ保険料を40年間支払い続けたとしても、満額で月額6万5000円程度(年額78万96円)しか受け取ることができず、その程度の給付では基礎的な生活費をすべて賄うことは不可能だからです。
国民年金のみの受給者は2018年で1471万人ですが、2030年には1210万人、2040年には990万人になる見通しです。実際に今でも、国民年金のみの加入者の7割程度が70代前半まで働いていますが、それは年金収入だけではとても生活ができないので、できるだけ長く働かざるを得ないという事情があるのです。
老後に備えて相応の貯蓄をしておかなければ、生活保護に依存する可能性が高いという現実があるなかで、10年後や20年後には国民年金受給者の大多数が75歳を超えて働いているのが普通の世の中になっているでしょう。
総務省の家計調査報告によれば、高齢者の2018年の平均貯蓄額は2284万円となっていますが、今の高齢者は1960~70年代の高度経済成長期に貯蓄を増やすことができたというメリットがありました。
これに対して、低成長経済・超低金利・少子高齢化が重なる今の現役世代には、貯蓄や資産運用による老後設計は自ずと限界があるはずです。その証左として、世帯主が30代以下、40代の家計の貯蓄はそれぞれ600万円、1012万円しかないのに、負債はその貯蓄額を超える1248万円、1105万円となっているからです。
金融庁の報告書の目的というのは、若い世代に対し、将来に備えて資産運用を勧める狙いがあったのですが、今の現役世代の若手から中堅までは貯蓄よりも負債のほうが大きく、とても資産運用どころではないという現実を直視しなければなりません。
そうなると、長生きに備えるためには、あるいは老後の生活水準を維持するためには、できるだけ長く働いていくことによって、定期的な収入を継続的に得ることが最善の方策になります。そういった覚悟を今のうちから持つことこそ、高齢者になる前に備えておきたい姿勢であるといえるでしょう。
60代でも新たなスキルを身につけられる
高齢者になる前に今から備えておきたいことの2つめは、たとえば現在引き合いが強いデータ分析やマーケティングなど、今後の企業社会で通用するスキルを持っていない場合、それを新たに身につけて、絶えず更新していくということです。
スキルを身につけたり磨いたりするトレーニングは、何も若い世代だけではなく、40代でも50代でも60代でも求められるようになっていきます。いくつになっても学びは大切だという意識を持って、自らの興味や好奇心の幅を広げていくことが、納得できる人生の重要な手がかりになると思っています。
ホワイトカラーのシニア人材における雇用では、事務処理などの平易な仕事に従事しているケースが多いという現状がありますが、そもそもそういった仕事は将来的にRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)と呼ばれる自動化ソフトやAIによって代替されていくので、大半はなくなってしまうという事態を想定しておく必要があります。
結局のところ、自分がシニアになってから仕事を奪われないようにするためには、新しいスキルを身につけることや自らのスキルを磨き続けることが、どうしても欠かせないというわけです。
そうはいっても、たとえホワイトカラーの仕事であっても、豊富な現場の知識とノウハウがあり、それを若手にわかりやすく教えることができるベテラン社員は、高齢者世代になっても会社にとっては貴重な人材になるはずです。
わかりやすく教えるというのはひとつの立派なスキルなので、それが身についている人は、定年後に同じ会社で再雇用になっても、違う会社に転職することになっても、首尾よくやっていけるでしょう。
いずれにしても、日本の経済・社会は少子高齢化を乗り越えるために、定年延長・通年採用・中途採用を標準化させていきますので、そういった未来では自らのスキルを高めることが何よりも重要になります。
新たなスキルを身につけるには50代や60代では遅いのではないかという意見があるかもしれませんが、新たにスキルを身につける時間は十分にあるという環境が整いつつあります。50代でも60代でも、決して遅いということはないのです。
経済のデジタル化が進む以前の世界であれば、ひとつのスキルを身につけるのに10年ないし20年の時間を要するとされてきました。しかし、今では何をすればどんなスキルが身につくのか、何をすれば短い期間で修得できるのか、デジタルの世界がITやAIを駆使して教えてくれるのです。
本人にやるぞという心意気があれば、現役世代に劣るということは決してありません。これまでの仕事に対する価値観をガラッと変えて、やりがいを持って仕事をすることができれば、実りある人生を送ることができるはずです。
(文=中原圭介/経営コンサルタント、経済アナリスト)