6月、コンサルティング業界に関するあるニュースが大きな衝撃をもたらした。なんと世界最大級のコンサル会社であるデロイト トーマツ コンサルティングが、契約を結んでいるイオンのDX戦略の一部資料を、競合他社であるセブン&アイ・ホールディングスに会議資料として流出させていたという。またその情報は、経済誌「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社/2月12日号)の「特集 セブン DX敗戦」にも、掲載されてしまったというから、なお驚きだ。
デロイトは「守秘義務に対する基本的認識の欠如ならびに社内ルールを逸脱した行為」として、イオンとの契約に違反したことを謝罪した。しかし、SNS上ではコンプライアンスを無視した異例の行為に非難が殺到。「だからコンサルは信用ならない」「デロイトなら情報漏洩なんて常習化しているだろう」などと批判が続出する事態に発展した。
コンプライアンスにひときわ厳しそうなイメージのある外資系の大手コンサル会社が、なぜこのような事件を引き起こしたのか。そこで今回は『コンサルは会社の害毒である』(KADOKAWA)の著者で株式会社NBI代表取締役社長の中村和己氏に、本事件の詳細について聞いた。
情報漏洩は慣行だった?外部に筒抜けの管理体制
コンサル会社による顧客情報漏洩に関わる問題は、特段今に始まったことではないという。
「コンサル業界では建前上、ベストプラクティス(ビジネスプロセスにおける最善、最良の方法、事例)とみなされる顧客情報は破棄すると言ってはいるものの、実は密かに溜め込んでいる場合が多いです。『顧客情報はきちんと廃棄している』とコンサル会社が言っていたとしても、裏でその顧客の一般マーケットに関する情報を他の顧客とシェアしようと思えばやれてしまうのです。
そして、その情報を買いに来る顧客も少なからず存在します。現に私の知る限りですと、あるコンサル会社の社員が日本の某大手電機メーカーのドキュメントを、海外の競合他社に売ったという話もあります。
ですから、顧客もコンサル会社と癒着している側面があるといえるでしょう。たとえば、外資系の企業が日本市場に進出する際には、国内の競合企業はその会社の情報がほしくなりますよね。それで、その外資企業をコンサルティングしているコンサル会社の役員に話を聞きに行き、情報を入手することは決して珍しい話ではありません」(中村氏)
また、今回のデロイトの事件のような情報漏洩は、コンサル会社の企業風土が原因のひとつであるという。
「デロイトは外資系の企業なので、社員たちの処遇は基本的にアップアウト(昇進か退社か)な企業風土。昇進するか、クビを切られるか、両極端な世界になっているんですよ。そのため、社員は生き残るのに必死になり、結果何とか契約を取り付けようとして、顧客のほしがる競合他社の情報を渡す人が出てくるんです。もちろん、会社によってケースバイケースではありますが、デロイトのみならず、コンサル業界の一部ではこのような慣行が何十年も続いていると推測できます」(同)
他社から預かっている情報を新たな契約の踏み台にするのは、常識的に考えればタブーであり、にわかに信じられない。そこで気になるのが、コンサル会社の社員はどうやって顧客の情報を管理しているのかだ。第一に管理体制がきちんと整備されていれば、情報漏洩なんてあり得ないはずだ。
「コンサル業界は、仕事内容的に簡単なメモから事業計画書まで膨大な量の書類を作る必要があります。ですから、これを一律に管理しようなんてことは、現実的に不可能に近いのです。なかには社内規定を無視して、自分のPCに顧客データをコピーしたり、退職時にあらゆる情報をハードディスクに移したりする社員もいると思います。かといってコンサル会社側が徹底して、すべてのドキュメントにナンバーを付け、PCを封鎖してその出入りを確認するような、金融機関さながらの厳格な情報システムを敷くかというと、答えはNOでしょう。
というのもコンサル契約というのは基本的に免責契約なので、ビジネスプランが計画通り遂行できなかったとしても、顧客が提訴できない仕組みになっているのです。そのため、本質的にコンサルの仕事は事業計画を作って終わりといったような側面があるので、多くのコンサル会社で特段、管理体制は重視されていません」(同)
コンサル任せでなかば経営を放棄した企業の末路とは
また、顧客側もコンサル会社が情報管理を徹底していないことに、そこまで目くじらを立てないのだという。
「現在は客先常駐といって、顧客の職場で仕事を行うコンサルタントが多くなっています。というのも、現在ではビジネスはある程度、事業の枠組みを作ってしまえば、基本的にリーンスタートアップ(低コスト、短期間で試作品を作り、顧客の満足のいく製品、サービスを開発するマネジメント手法)で事業が動くので、基本的に現場中心の時代なんです。
一見すると、綿密な事業計画を行い指導するコンサルという仕事との相性が悪いように思えますが、日本企業では、自社の社員よりもネームバリューのあるコンサルのほうが信用される傾向にあります。そのためドキュメントの保管状態なんて、顧客からすれば商売上の重要な分岐点にはならないのです」(同)
むしろ、コンサル会社の管理体制が甘ければ甘いほど、競合他社の情報を手に入れやすくはなるので、ライバルが手強い企業にとっては好都合だろう。もちろん、その逆に自社の重要な情報を競合他社に流出されてしまう恐れもあるのだが、仮に日本の企業がライバル会社の情報を手に入れたとしても、それでライバル会社を蹴落とすことは難しいそうだ。
「今回の一件のように、イオンの事業計画書がセブンに渡ったとしても、イオンの業績が下がるとは考えづらい。なぜなら、そもそも日本企業にとって事業計画書はさほど重要な位置を占めておらず、企業経営において活かしきれていないのが現状だからです。
反対に、アメリカのような成果主義の国だと、社員のクビを切ってまで事業計画を達成させようとします。また、たとえば半導体メーカーの世界トップ5社レベルの争いでは、ひとつの情報がきっかけで何千億円という規模で投資合戦が始まる可能性もあります。
ですが日本企業の、ましてや小売業者にそこまでの経営能力があるのかといわれると、はなはだ疑問ですね。要職に就く中年社員のクビも切れず、株主配当に回すべきお金を従業員に支払っている日本企業には、健全に成長する機会など訪れません。要するに、日本は実にレベルの低いマーケットになってしまっているんです。
そう考えると、結局はコンサルだけではなく、日本社会全体の問題であるといえますね。もちろん、デロイトが顧客情報を競合他社に売ったことは、許されるべきことではないが、コンサル会社もコンサルを利用する企業も同じ穴の狢(むじな)だということは覚えておいてください」(同)
コンサルを利用する企業側の自立性のなさにも問題があるということなのかもしれない。
(取材・文=文月/A4studio)