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テルモ、人工血管・血液・細胞事業で稼ぐ…利益1千億円の高収益経営の秘密

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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テルモのHPより

 医療機器大手のテルモが、中長期的な高い成長を目指して人工血管や血液・細胞事業の運営体制を強化している。そのなかでも、細胞関連ビジネスの成長期待は急速に高まっている。リーマンショック後、同社は積極的に買収を重ね、成長期待の高い米国を中心に海外で収益を得る体制を強化した。その上で、同社は中長期的な成長が期待される血液製剤の生産に欠かせない血漿採取システム、さらには再生医療のコア技術として期待が高まる細胞関連事業の運営体制を強化しようとしている。

 そのための取り組みの一つとして注目したいのが、最先端分野での需要をより効率的に取り込む組織体制の整備だ。同社はカンパニー制を確立し、徹底した成長志向を組織に植え付けることによって業績を拡大した。その一方で足許では世界的な物価高騰や半導体不足による医療関連機器の生産停滞など、事業環境の厳しさが増している。これまでの発想で今後のより高い成長を実現できるか否か、不確実性が高まっている。経営陣は選択と集中を進め、中長期的に成長期待の高い細胞関連の事業運営体制をより迅速に強化すべき局面を迎えている。

買収によって業績拡大を遂げたテルモ

 1921年9月にテルモは第1次世界大戦によって輸入が途絶えた体温計を生産するために設立された。その後、テルモは体温計の生産によって成長を実現しつつ、資金を他の医療機器分野に再配分して成長を遂げた。1960年代に入ると、使い切りの注射筒や注射針が開発され、血液バッグも市場に投入された。さらに、1970年代に入ると人工臓器分野に進出した。その後、同社は国内での事業運営体制を強化しつつ、海外企業との提携を進めることによって成長を目指した。

 1990年代に入るとテルモを取り巻く事業環境は大きく変わった。まず、世界経済はグローバル化した。それによって米国や中国など世界全体で経済成長が加速し、より高度な医療需要が増加した。同社を取り巻く競争環境は激化した。他方で、バブルの崩壊などによってわが国の経済は長期の停滞に陥った。株価の推移を確認すると、2000年からリーマンショックが発生するまでの間、同社の株価は伸び悩んだ。主要な投資家はテルモの経営陣が新しい分野に進出して医療機器の需要を創出し、高い成長を実現する展開を期待したが、同社にとってその期待に応えることは容易ではなかったようだ。

 テルモは成長を加速するために、海外企業、あるいは関連する資産の買収を増やした。その象徴が2011年、輸血関連大手の米カリディアンBCTホールディングスを26億2500万ドル(当時の邦貨換算額で約2,152億円)で買収したことだ。BCT買収によってテルモは血液成分を採取する装置の製造や販売の足がかりを作った。今春に米国の食品医薬品局(FDA)の承認を得た血漿採取装置はテルモBCTによって開発されたものだ。

 その後も同社は人工血管や治療機器事業などの買収を重ねて事業運営体制の拡大と収益力強化に取り組んだ。その結果、同社の業績は拡大し2022年3月期の連結売上高は7,033億円、営業利益は1,160億円に達した。2011年3月期の売上高と営業利益がそれぞれ3,282億円、626億円であったことを考えると、買収は世界的な医療機器メーカーとしてのテルモの競争力向上に大きく寄与した。

急拡大する血液、細胞治療の需要

 買収の結果として、テルモの最先端医療分野におけるビジネスチャンスは拡大している。特に注目したいのが、血液、細胞治療の中長期的な需要の増加期待が高まっていることだ。まず、血液関連の事業では、中国など新興国の経済成長による医療サービスの高度化、日本をはじめとする先進国での高齢者の増加などを背景に、血液を用いた治療薬の需要拡大が期待される。

 ポイントは、血液中にある病気の原因となる物質を除去することによって、さまざまな病気の治療が目指されていることだ。その一つに、血漿分画製剤の製造がある。血漿分画製剤は、献血者などから採血された血液や輸入された血漿などに酸やエタノールなどを加え、特定のタンパク質が沈澱しやすい状況を作る。目的とするタンパク質を取り出して加熱処理などを施してウイルスの除去、不活化を行う。それによって肝炎や感染症などの治療薬が製造される。がん免疫療法のためにも血液の成分を分離する技術の高度化と活用が急がれている。

 それに加えて、コロナ禍の発生によって私たちにとって感染症のリスクが無視できないことがはっきりした。人々の健康と安心を守るために、血液を分離し、特定のタンパク質を取り出すなどして治療薬を製造する需要は増えるだろう。

 さらに、世界の医療分野では再生医療の実用化を目指す取り組みが急加速している。再生医療とは、機能が低下した臓器などから幹細胞(身体を作る細胞を生み出す「分化能」と、同じ細胞に分裂可能な「自己複製能」を持つ細胞)を取り出して増やし、臓器などを再生して身体に移植する治療法方法をいう。定義から明らかなように、再生医療には血液などから細胞を採取する技術が欠かせない。この分野においてテルモは心不全治療に使われるヒト(自己)骨格筋由来細胞シートを発売するなどしてきた。また、血液から細胞を取り出すために遠心型の血液成分分離と成分採血を効率的に行う装置の供給力も強化している。血液と細胞関連の分野でテルモの成長期待は高まりつつある。

注目集まる新しい事業運営体制の整備

 成長加速に向けた今後の取り組みの一つとして注目したいのが、事業運営体制の見直しだ。現在、テルモはカンパニー制を敷いている。一般的にカンパニー制とは、一つの会社組織の中に、事業領域ごとに独立採算の組織をあたかも一つの企業であるかのように運営する体制をいう。独立採算がとられるため各カンパニーのトップには大きな権限が移譲され、資本効率性の向上が厳密に追求される。それが世界大手の医療機器メーカーとしてのテルモの成長にはたした功績は大きい。

 ただし、過去がそうだったから今後も既存の体制で成長が可能とは限らない。中長期的に細胞関連の事業の成長期待が高まる一方で、新しい治療法の確立を目指して競争も熾烈化する。再生医療分野では、日本のiPS細胞に代表されるように大学やスタートアップ企業などの取り組みが急増している。テルモが細胞関連の新しい装置需要に対応するためには、これまでのように買収などの結果としてカンパニーが増えるよりも、より組織全体が一つの目標に集中できる体制が必要になるだろう。それが機器の製造に必要な半導体の調達体制の強化やコストの削減推進に与えるインパクトは大きいと考えられる。

 急激な事業環境の変化に対応しつつ資本の効率性を引き上げるために、テルモにとって成長期待の高い細胞関連事業によりダイナミックに経営資源を再配分する必要性は急速に増す。それが人工血管など既存事業の成長にも大きく影響するだろう。経営陣には、一人一人がより集中して取り組むべき課題、目標を明確に理解するために新しい事業運営体制の整備を目指す発想があってよい。状況によっては、競争が激化した分野で資産が売却される展開も排除できない。

 そうした取り組みが異業種を含めた他社との連携の強化を支え、最先端の医療を支える血液成分の分離技術などの革新に大きな影響を与えるだろう。テルモ経営陣がこれまでの発想にとらわれずに新しい取り組みを加速させ、再生医療分野での成長を加速させる展開を期待したい。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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