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なぜ武田薬品は日本初のコロナワクチン販売に成功できた?用意周到な海外事業戦略

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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武田薬品工業のHPより
武田薬品工業のHPより

 武田薬品工業が、日本企業としてはじめて新型コロナウイルスのワクチンの世界販売を始める。まず、同社はデング熱のワクチンをアジアや南米などで販売する。それに加えて、同社はジカ熱などのワクチン開発にも取り組んでいる。

 その背景には、海外事業の強化が決定的な役割を果たしている。特に2000年代以降、武田薬品は海外企業の買収戦略を強化した。2014年にはグローバルな製薬メーカーとしての体制強化のために、外国人のプロ経営者を招聘した。さらに、2018年には約460億ポンド(約7兆円)をかけてアイルランドの製薬大手シャイアーを買収した。そうした海外事業の強化戦略の積み重ねの結果として、今回のワクチン販売が実現した。買収による希少疾患治療薬などプロダクトポートフォリオの拡充、新薬開発体制の強化などの取り組みが徐々に成果を発揮し始めているといえる。

 コロナ禍の発生などによって、世界全体で健康や感染症対策に関する問題意識は大きく高まった。ワクチンや医薬品などの需要は加速度的に増加するだろう。そうした展開が予想される中で武田薬品は他の企業や研究機関などとの共同研究体制をさらに強化しなければならない。あきらめずにワクチンやバイオ医薬品の研究開発体制を強化し、付加価値を創出し続けることができるか否かが注目される。

メガファーマを目指す武田

 1781年に創業し、1925年に前身企業である株式会社武田長兵衞商店を設立した武田薬品は、当初、国内の大衆薬メーカーとして成長した。第2次世界大戦後、同社は山口県や大阪府でワクチンなどの製造を行いつつ、1950年に総合ビタミン剤の「パンビタン」を発売した。また、1954年にはビタミンB1の体内吸収を高めた製剤である「アリナミン」が発売された。その後、徐々に同社は海外進出に取り組んだ。1978年にはフランスに進出し、1980年代には米国でアボット・ラボラトリーズと折半出資で合弁会社を設立した。また、大衆薬にくわえて医療用の医薬品事業も強化され、がん治療薬などの開発、供給が加速した。

 1990年代以降、武田薬品の海外事業戦略は時間の経過とともに加速している。1997年に英国に医薬品販売会社が、米国には研究開発センターなどが設立された。2005年以降は海外での買収戦略も急速に強化された。その一環として2013年5月、武田薬品は3500万ドル(当時の邦貨換算額で約35億円)で米ワクチン開発ベンチャーのインビラージェンを買収した。その目的は、デング熱ワクチンなど、ワクチンのパイプライン強化にあった。2011年にはスイスの製薬大手ナイコメッドを約1兆円で買収し、新興国向けの医薬品供給体制を強化した。さらに2018年には金融機関から資金を借り入れ、シャイアーを買収した。それによって武田薬品は血液や免疫系の希少疾患治療薬の供給体制などを強化し、世界のメガファーマ(世界大手の製薬メーカー)仲間入りを目指した。

 資金返済などのために、武田薬品は大胆に事業ポートフォリオを入れ替えている。2020年には祖業である大衆薬事業を運営する武田コンシューマーヘルスケアを売却した。また、2021年には、国内で製造販売する糖尿病治療薬4剤を帝人ファーマに売却した。武田薬品はメガファーマに仲間入りし、高付加価値のワクチンや医薬品などの供給体制を強化すべく、選択と集中を進めた。

成果を発揮し始めた海外事業戦略

 その結果として、武田薬品は蚊が媒介するウイルス性疾患であるデング熱のワクチンを世界に販売する体制を整えた。2000年代以降急速に強化された大型買収などが、徐々に成果を発揮し始めている。現在、世界には有効なデング熱感染症の治療薬がない。感染症からわたしたちの健康と安全を守るために、ワクチンは不可欠だ。

 2005年に設立されたインビラージェンは、南米やアジアなどでデング熱ワクチンの臨床試験を重ねてきた。その上で2021年3月に、欧州医薬品庁(EMA)に承認申請を行い、受理された。さらに、買収から9年が経過した2022年6月には4年半にわたって実施された臨床試験の結果が公表された。副作用に関して、安全性に関する重要なリスクは特定されなかった。また、武田薬品のワクチンはデング熱の発症を61%、感染症による入院を84%抑制した。武田薬品の2022年4~6月期の決算説明資料によると、欧州やアジアなどのデング熱流行国政府による承認の可能性は高いとされる。また、2022年度中に武田薬品はデング熱ワクチンを米国で申請予定だ。

 安全性と効果の高いワクチンなどの開発には時間もコストもかかる。新しいワクチンの開発を、企業が単独ですべて行うことは容易ではない。武田薬品は買収によってより強固な研究開発体制を必要とする研究者や企業家を取り込んだ。同社はインセンティブを付与することによってワクチンなどの研究開発と臨床試験、さらには各国当局との交渉を加速した。

 シャイアーなどの買収は、米(FDA)やEMAなどとの交渉を円滑に進め、国際的な販売体制を整備、強化するためにも欠かせない。このように、武田薬品は買収によって手に入れた経営資源の新しい結合を増やすことによって、ワクチンなどの開発、供給体制を着実に強化している。今のところ、武田薬品が開発したデング熱ワクチンの安全性と効果は、競合するワクチンを上回っていると考えられる。徐々に、これまでの大型買収のシナジー効果が武田薬品の成長期待を高め始めている。

注目集まる選択と集中のさらなる加速

 現在、世界のワクチン市場は米国のファイザー、メルク、仏サノフィ、英グラクソスミスクライン(GSK)の4社の寡占状態にある。安全性の高いデング熱ワクチンの世界供給によって、武田薬品は寡占化するワクチン市場に切り込もうとしている。2012年に武田薬品は米国の新興企業であるリゴサイトを買収し、ノロウイルスのワクチンなどの臨床試験も行っている。そのスピードを一段と引き上げることによって武田薬品がメガファーマとしての地位をさらに引き上げることは可能だろう。

 そのために必要なことは、これまで以上に事業ポートフォリオの入れ替え進めるなど、選択と集中の加速だ。地球温暖化などによって世界全体で感染症のリスクは高まっている。それに加えて、医薬品の分野ではメガファーマやスタートアップ企業、異業種からの参入も巻き込んでバイオ医薬品の開発をめぐる競争が急速に激化している。

 バイオ医薬品は、がんや肝炎、リウマチ、および希少疾患などにより高い治療効果をもたらすと期待されている。化学合成によって製造されてきた従来の医薬品と異なり、バイオ医薬品は、遺伝子の組み換えや細胞の培養によって作られるタンパク質を有効成分とする。その構造は複雑であり、製造には250ほどの工程内管理試験が必要だ。研究開発だけでなく、生産、品質の保持などのコストは既存の医薬品を上回る。

 世界の医薬品業界の競争は一段と熾烈化する。武田薬品は事業変革のスピードをさらに高めていかなければならない。具体的には、競争が激化する既存の治療薬などの売却を進め、得られた資金を有望な治療薬候補の研究開発を行う企業の買収などに用いる。医薬品の製造を外注することも成長戦略として重要性が高まるだろう。

 また、新型コロナウイルスワクチンの迅速な供給体制確立でその有効が示されたように、他の医薬品メーカーとの提携も強化されるべきだ。そうした取り組みを強化することによって武田薬品がワクチンやバイオ医薬品市場で高い成長を遂げる展開を期待したい。それがわが国の医療水準や経済運営の効率性向上に与えるインパクトは大きいはずだ。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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