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後期高齢者「都市部への大移動」急増の裏側…地方崩壊と都会の医療・介護危機

2025.12.07 2025.12.06 20:16 経済

後期高齢者「都市部への大移動」急増の裏側…地方崩壊と都会の医療・介護危機の画像1

●この記事のポイント
・後期高齢者の「都市移住」が10年間で3割増。地方の医療・介護崩壊や買い物難民化を背景に“生存のための都市回帰”が進む一方、都市部では受け皿が不足し介護サービスが逼迫している。
・移住は元気なうちのダウンサイジング型と、切羽詰まった緊急避難型に二極化。後者では環境変化で認知症が急進行する「リロケーション・ダメージ」が多発し、都市型孤立や経済負担の誤算も深刻。
・高齢者移住を成功させるには、早期の準備、試験的な居住、家族の初期サポートが不可欠。都市移住は万能ではなく、健康なうちの計画的な縮小が本人と家族を守る最も現実的な選択肢となる。

 静かに、しかし確実に、日本の高齢社会で「人口移動の異変」が起きている。総務省統計局と日経新聞の分析によれば、別の市区町村へ移住した75歳以上の後期高齢者は、2014年の約14.7万人から2024年には19.7万人へ増加し、わずか10年で約3割増となった。かつての“リタイア後は田舎で悠々自適”という定型はすでに過去のもの。今起きているのはその真逆、生きるための「都市回帰」――いわばサバイバル移住だ。

 背景には、地方の医療・介護インフラの崩壊、買い物難民化、独居高齢者の増加など、「生活の足場」が維持できなくなる現実がある。一方、移住先である都市部も決して“楽園”ではない。介護サービスは飽和し、施設の空きは埋まり、訪問介護は人手不足で予約すら困難だ。

 合理的な判断としての移住は、本当に“幸せな老後”をもたらすのか。あるいは、移住が引き金となって身体・認知機能が急速に衰える「リロケーション・ダメージ」の罠に陥るのか――。本稿では、専門家や現場のケアマネジャーの声も交えながら、「成功する高齢者移住」と「失敗する移住」の境界線を探る。

●目次

なぜ今、「後期高齢者」が地方を離れ、都市へ向かうのか

■地方の限界(Push要因)

 ●「医療・介護の砂漠化」

 全国の小規模都市や中山間地では、病院の閉鎖、老朽化した訪問介護ステーションの撤退が続く。高齢者住宅を専門に研究する三島耕平氏はこう語る。

「定年後に暮らしてきた町で“かかりつけ医がいなくなる”という事態が増えています。特に後期高齢者にとって、医療アクセスは生命線。地域によっては、介護保険サービスが取れない、ケアマネジャーすら不足しているケースもある」

 ●「買い物難民」加速

 免許返納後、徒歩圏内にスーパーがない地域では、食材の確保すら困難になる。都市部のような宅配サービスも十分ではない。

 ●「単身化」と老朽戸建て

 配偶者の死別を機に、広い戸建てを一人で維持することが物理的にも精神的にも難しくなる。冬季は暖房費も増大し、健康リスクも上がる。

■都市の引力(Pull要因)

 ●「子どもが近くにいる安心感」

 緊急時に駆けつけられる距離、通院の付き添い、行政手続きの代行など、家族支援の価値が高まる。

 ●「医療の選択肢」

 都市部には病院やクリニックが多く、専門科にもアクセスしやすい。

「都市部の医療は“選べる”ことが最大のメリット。複数の病院を比較しながら治療方針を決めることができます」(都内の居宅介護支援事業所で所長を務めるベテランケアマネジャー)

 こうして、後期高齢者の“都市への大移動”は、合理的判断として表面化している。

二極化する移住パターンと、そのメリット

■パターンA:切羽詰まってからの「緊急避難型」

地方で介護サービスが受けられなくなり、急きょ都市部に移住するケースだ。
ただし、このパターンはリスクが大きく、成功率が低い。理由は後述する「リロケーション・ダメージ」だ。

 ●実例

 前出のケアマネジャーは、印象的だったケースをこう語る。

「83歳の女性が、夫の死後に一気に生活が困難になり、息子さんの住む横浜へ転居しました。ところが、住み慣れた地域を離れたストレスが大きく、3カ月で認知機能が急低下。結果として要介護度が上がり、受け入れ可能な施設が限られ、さらに家族の負担が増えました」

 医療アクセスが改善しても、心理的ストレスによって健康状態が悪化する典型例だ。

■パターンB:元気なうちの「ダウンサイジング型」

 独居や将来の不安を見据え、体力・判断力があるうちに都市部のコンパクトな住まいへ移る。最大のメリットは、
 ・新しい環境に適応しやすい
 ・地域コミュニティに早期に入れる
 ・不動産処分の負担を子どもに残さない
など、トラブル発生前に自らの意思で人生を設計できる点だ。

【警告】移住には「3つの落とし穴」がある

■リスク①:リロケーション・ダメージ

 最大のリスクは、住み慣れた土地を離れることで起きる急激な心身の衰弱だ。前出の三島氏はこう警鐘を鳴らす。

「後期高齢者は、環境変化への適応力が急速に低下します。部屋の間取りが変わるだけで夜間せん妄が起きたり、日常動作のルーティンが乱れることで認知症が進行することも珍しくありません」

 ●実例(地方から東京へ移住した79歳男性)
 移住2週間後:外出しなくなる
 移住1カ月後:食事の回数が極端に減る
 移住3カ月後:軽度認知障害(MCI)→中等度認知症へ進行
 息子が「呼び寄せは正解だと思っていた」と漏らしたケースだ。

■リスク②:都市型孤立

 都市部には人が多いにもかかわらず、近所づきあいは希薄で、コミュニティに入りづらい。高齢者ほど“人間関係の再構築”は難しい。

「地方では“顔を見れば声をかけてくれる”環境がありましたが、都市部では無関心が当たり前。人混みに圧倒され、外出が減る人が非常に多い」(前出ケアマネジャー)

 外出が減るとフレイル(虚弱)が進み、介護リスクが跳ね上がる。また、坂道・複雑な交差点・満員電車など、都市ならではのバリアも多い。

■リスク③:経済的負担の誤算

 地方の自宅が売れず、都市部で高額な住宅費や施設費が発生する。結果として、
 ・地方の固定資産税+都市部の家賃
 ・都市の物価高
 ・介護サービスの自己負担増
といった“二重苦・三重苦”に陥るケースが多い。

受け入れ側の悲鳴――都市部で進行する「介護キャパシティ・クライシス」

■需要増なのに、供給は増えない

 都市部は後期高齢者の移住で需要が膨らむ一方、介護施設や介護職員は不足したまま。理由は明確だ。

 ・土地代が高い
 ・介護報酬が上がらない
 ・介護職員が集まらない

 結果、都市部では特別養護老人ホーム(特養)の待機者が多数。「都市へ移れば施設が多い」という期待は崩れつつある。

■訪問介護の崩壊

 都内の大手訪問介護事業者の管理者は語る。

「人材不足が深刻で、週2回のサービス希望が“週1回しか入れない”こともあります。都市部は需要が多すぎて、“介護難民の都市化”が現実になっています」

 都市へ移住したのにサービスを受けられないという、本末転倒の状況が広がっている。

失敗しない移住のための「タイミング」と「チェックリスト」

■ベストな移住時期

 専門家が口を揃えて言うのは、「介護が必要になってから動くのは遅すぎる」という点だ。元気で、好奇心や社会参加への意欲が残っているうちに新しい環境に慣れることが、成功の鍵となる。

■事前のトライアルが必須
・住民票を移す前に、2〜4週間の“お試し居住”
・ショートステイやサービス付き高齢者住宅の体験入居
・デイサービス体験で「合う・合わない」を確かめる

 これだけでも、リロケーション・ダメージの発生率は大幅に下がる。

■家族の覚悟も必要

 呼び寄せ移住の最大のポイントは、子世代の負担が重くなる点だ。
・行政手続きのサポート
・新しい病院の探し込み
・付き添い・見守り
・コミュニティへの橋渡し

 移住は「親を近くに置けば安心」という単純な話ではない。

■“都市への移住は万能薬ではない”

 地方の不便さが限界に達しつつある今、多くの高齢者が都市へ向かうのは自然な流れだ。しかし、都市部も決して受け皿として十分ではなく、介護キャパシティ・クライシスはすでに目の前にある。

 成功する移住には、
・元気なうちに動くこと
・小さく暮らす“ダウンサイジング”の発想
・家族全員の役割共有
・事前のトライアル
が決定的に重要だ。

 そして、可能であれば「住み慣れた地域で最期まで」を理想としつつも、現実的な選択肢として移住を検討するなら、“健康なうちの計画的な縮小”こそが、本人と家族を守る唯一の道である。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)