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江川紹子の「事件ウオッチ」第210回

【江川紹子の提言】悲惨なカルト2世問題と統一教会…「第2の山上容疑者」生まないために

文=江川紹子/ジャーナリスト
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8月10日、日本外国特派員協会(東京都千代田区)にて記者会見に臨む、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の田中富広会長。(写真:AP/アフロ)
8月10日、日本外国特派員協会(東京都千代田区)にて記者会見に臨む、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の田中富広会長。(写真:AP/アフロ)

 安倍晋三・元首相を銃撃したとして逮捕された容疑者が、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)への多額な献金によって家庭崩壊に至った信者の子どもと知った時、虚をつかれた思いがした。このような暴力が肯定できないことはいうまでもないが、信者の親を持つ非信者の子どもが受けている被害と心の傷の深さへの、私自身の認識の甘さも突きつけられたように感じている。

カルト2世問題――親によって“出家”させられたオウム真理教の子どもたちの場合

 旧統一教会を初めとするカルトは、信者の家族にも多大な不幸をもたらす。家庭不和、家庭崩壊となることもしばしばだ。私自身も、信者の親たちの「子どもを返せ」という悲痛な叫びを何度も聞いてきた。オウム真理教(現在は「アレフ」など複数の後継団体として活動)では、妻が子どもを連れて“出家”し、夫だけが取り残される、というケースも相次ぎ、夫たちの訴えに耳を傾けた。オウムの場合、挙げ句の果てに夫が信者である妻を殺害する悲惨な事件も起きた。

 ただでさえ声を挙げにくいカルト問題。年若く、経済的にも自立できない信者の子どもたちは、教団活動に熱心な親に放置されたり、経済的な困窮などの被害を受けたりしながら、信者の親や夫以上に声を挙げることが難しい立場にあるといえよう。

 オウムの場合、母親によって“出家”させられたオウムの子どもたちは、教団施設内での生活を強いられた。学校に通わせてもらえず、したがって外界と交わることもなく、教団の特異な価値観や方針で育てられた。いわば“純粋培養”である。食事は教団内で作られた食品などに限られ、年齢相応のしつけもなされない。通常の教育は施されず、教義に基づいた教材があてがわれ、教団の修行が奨励された。

 地下鉄サリン事件後にオウムに対する強制捜査が始まると、そうした子どもたちが児童相談所に保護された。栄養失調で小柄な子が多く、当初は食事を手づかみで食べたり、頭をなでられることも「尊師のパワーが逃げる」と嫌がったり、特異な言動が目立った、という。その後、職員に慣れ親しみ、通常の生活になじむようになり、多くは親族や教団施設を離れた親の元に引き取られた。

 教団側は、信者である母親を先頭に立たせ「子どもたちが拉致された!」と激しい抗議活動を行った。しかし、こうした措置がとられていなければ、どうなっていただろうか。今頃、オウムの価値観に心と人生を支配された、20代、30代の「オウム2世」が教団活動を担っている事態になっていたかもしれない。

教えに背けば地獄にーー恐怖と共に、ひたすら教団の価値観をすり込まれる「2世」たち

「2世」の育成は、教団の維持・発展につながる。それは他の団体にとっても同じことがいえる。オウムのように外界とまったく接触させない対応は論外だが、非信者との間の自由な恋愛や結婚を認めない教団では、信者同士で結婚させ、その間に生まれた子どもたちが、教団の価値観のもとで育てられることになる。

 たとえば旧統一教会。その教義では、サタンとの邪淫を犯したエバがアダムを誘惑したとされ、すべての人類がその悪の血統を引き継いでいるとされる。そこからの救済は、教団が「祝福」と呼ぶ合同結婚式のみにあり、教祖のマッチングによって結ばれた男女から生まれた子どもたちだけが、そうした「原罪」から解放される、とされている。そのため「2世」は、「神の子」として信者である両親や教団コミュニティの期待を一身に浴びて育てられる。

 別のキリスト教系宗教団体でも、信者である両親のもとに生まれた子どもは、学校で体育の柔剣道や運動会での騎馬戦などには加われず、クリスマスや七夕などの催しにも参加が禁じられるなど、教団の価値観を優先するように教えられて育てられる。いいつけを守らない子どもはムチで打たれるなどの厳しい体罰を受ける。早くから親と共に伝道活動にかり出され、大学などの高等教育への進学は避けることを勧められる。

 こうした団体は、信仰を深め、伝道や献金を含む教団活動にいそしめば救いがあるというが、一方で教えに背く行為をしたり、信仰を離れたりした場合は地獄に落ちる、という恐怖も同時に叩き込まれる。周囲を信者の大人たちに囲まれた子どもたちには、選択肢はなく、ひたすら教団の価値観をすり込まれていく。

 非信者との交流はなるべく避け、教団内での交わりを重視するよう奨励されている。とはいえ、中学生、高校生と成長するにつれて、教団コミュニティ以外にも人間関係ができる。クラスの中に心を許せる友ができたり、禁じられた非信徒との間に恋愛感情が芽生えて葛藤したり……。スマートフォンを持つようになれば、情報収集の範囲も広がる。禁忌を犯し、思い切って教団について検索してみると、同じような「2世」だった人が脱会し、自分が今抱いている疑問は悩みに答え、教団を批判する記述などにも出合う。

2世が受けているのは虐待だーー親の後ろには教団という存在があるという認識を

 ただ、それでも「2世」が宗教から離れるのは容易ではない。その困難がどれほどかは、私にはとても想像がおよばない。なにしろ、その宗教は自身にとって根源的なものだからだ。たとえば旧統一教会「2世」の場合、教義や教団を否定しようとすれば、両親を結びつけた合同結婚式や文鮮明教祖を否定することになり、自分の出自の否定、自身の存在自体の否定にもつながりかねない。また、教義や教団の活動に批判的になったとしても、親に対する情愛は別だ。心は信仰から離れても、親とのつながりを大事にしたいために、脱会せず信者を装い続ける者もいる。そのストレスは、相当のものだろう。

 大人になってから入信した人であれば、信仰から離脱した時に、入信前に培った価値観に立ち返ることが可能だが、「入信前」がない「2世」の場合、立ち返るべき心の拠り所がない。ある「2世」は「心がからっぽなんですよ」と嘆いていたが、その寄る辺なさはいかばかりだろう。「2世」の支援をしている福祉関係者に聞くと、心を病み、希死念慮に陥る人も少なくない、という。

 心の拠り所だけでなく、身の置き所たる居場所にも苦労がある。大学生の時に入信し、その後脱会した人の場合、多くは親元に戻ることができる。ところが、その親が現役信者である「2世」は、信仰から心が離れた時に、どこに身を置いたらいいのだろうか。未成年は経済的にも親に依存しており、親による居所指定権もある。民法改正により成人年齢が18歳に引き下げられたが、それまでは20歳になるまで、親と離れたくても、自分でアパートを契約して一人住まいをすることもできなかった(現在も18歳まではそういう立場だ)。学校生活を継続しようにも、「信仰を離れたら学費は出さない」などと言われかねない、弱い立場だ。

 この弱い立場は、非信者の「2世」も同様だ。親の信仰活動によって、ネグレクトの被害を受けたり、家庭不和となったり、あるいは経済的困窮のために人生の選択を狭められるなど、さまざまな被害を受けているのに、なかなかその被害を外に伝えることができず、救いの手が届きにくい。

 いずれの場合も、「2世」の子どもたちは、親を通して、教団から精神的、経済的、状況によっては肉体的にも虐待を受けているに等しい。この構図がわからないと、あたかも親子の間のトラブルのように見えてしまう。「2世」と接する可能性のある学校の先生、行政の担当者、福祉関係者は、これは虐待であり、親の後ろには教団という大きな存在がある、という問題の構造をよく認識してほしい。そして、相談があった時に、間違っても
「家で親とよく話し合って」などと返さないようにしたい。

 支援に当たっている福祉関係者によれば、「2世」救済に使える施策は、かなり整ってきている、という。問題は、さまざまな困難に直面している「2世」を、どうしたら適切な支援に結びつけることができるか、だ。その仲介役が必要だ。

立場の弱い「2世」を適切な支援に結びつけるために

 家族と信仰の間で精神的にダメージを受けている人には、親とは別居し、まずは生活保護を受けて、医療につなぎ、心の健康を回復させることを勧める。家庭が経済的に困窮したり、脱会すれば親からの支援が断ち切られたりして、大学進学や勉学の継続を諦めようとしている人には、給付型奨学金や授業料の減免などが受けられる高等教育修学支援新制度につなげれば、学業を継続できる可能性がある。

 報道によれば、山上徹也容疑者が学んだ高校は進学校で、彼自身も大学進学を希望しながら、経済的事情で断念した、という。もし、この時点で適切な支援につながり、進学を諦めずに済んでいれば、彼にもまた違った人生がひらけたかもしれない。そうなれば、安倍氏があのような形で非業の死を遂げることも避けられただろう。

 私が取材したなかには、親と教団が求めるように、教団のスタッフになった「2世」信者が、その後教義と教団の実体の乖離に衝撃を受けて、心のバランスを崩し、摂食障害に陥った挙げ句、窃盗症を併発して万引きを繰り返し、刑務所と社会を行き来する状況に至った、というケースがある。「2世」対策は、一人ひとりの人生を救うことはもちろん、社会の安全にもつながる課題だ。

 政府は、被害者救済などを掲げて「『旧統一教会』問題関係省庁連絡会議」を設置。当初は法務省、警察庁、消費者庁だけだったが、今月になって、ようやく文部科学、厚生労働、総務などの各省を加え、被害の相談に対応する合同電話窓口を開設した。文科省は子どものいじめに対応する前提で、初等中等教育局長が会議に参加している。しかし、本気で「2世」救済を考えるのであれば、高等教育まで含めた対応が要る。

 また、「2世」が受けている被害は、「旧統一教会」に限らない。教団を限定せず、さまざまな宗教や団体に関する相談を受けてもらいたい、と思う。名称も「カルト問題」に拡充すべきだ。ただちにそれができないなら、せめて「旧統一教会等」と「等」の字を加え、多くの「2世」の相談に乗って、適切な支援につなげる場にしてもらいたい。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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