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TBS、杜撰な映像加工で取材協力者が身分がバレて退職…背景にオウムTBSビデオ問題

文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授
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TBS放送センター(「Wikipedia」より)
TBS放送センター(「Wikipedia」より)

 5月1日付「現代ビジネス」記事<「TBS『news23』に裏切られた…」JAの「自爆営業」を告発したら「身バレして退職」元職員の悲痛な訴え>は、TBSの報道番組『news23』で名前と顔を隠してインタビュー取材に応じたJA元職員が、番組サイドによる映像の加工が不十分だったため勤務先に身分がバレてしまい、退職に追いやられたと報じた。特に企業など組織の不正を告発する報道においては、重要な証言・情報を提供する情報源の秘匿は大原則だが、「報道のTBS」と呼ばれるテレビ局でこのような事態が起きたことに驚きの声が広まっている。

 1月12日放送の『news23』は、JAの職員が共済について高い販売目標数値、ノルマが課され、職員自身やその家族などが契約主となり不必要な保険を購入する「自爆営業」が横行している実態を特集した。そのなかで匿名でインタビュー取材に応じたJAの職員は、VTRで顔のみに加工がほどこされ、首から下の服装や自宅、さらには腕時計までが映像に映し出された。前出「現代ビジネス」によれば、この職員は収録時に腕時計を撮影されていたことが気になったが、TBSの記者からは「バレることはない」と言われ、また編集後の映像を放送前に確認させてもらう旨を記者と約束していたが、確認させてもらえないまま放送されたという。

「報道・編集権の独立性という意識からなのか、特にテレビや新聞では『取材対象者のチェックは受けるべきではない』とする考えが存在するのは事実。事実ケースバイケースで例外はあるものの、テレビの報道番組や情報番組、ドキュメンタリー番組では、放送前に取材対象者のチェックを受けないのが一般的。有識者のなかには、放送前に自分のインタビュー取材の映像をチェックさせてもらえず、1時間収録して放送で使われたのがほんの10秒ほどだったり、一部だけを切り取られて全体の文脈の主旨とは逆の意見かのように扱われた経験があるため『テレビの取材は受けない』という人も少なくない。

 テレビ番組は放送日時が決まっていて常に編集がギリギリになるので、いちいちチェックを受けて修正をしている時間的余裕がなく、また尺(放送時間)の都合で一部の映像に修正が生じると全体を修正して帳尻を合わせる必要が生じるため放送に間に合わなくなるという事情が大きい。理解はできるものの、テレビ局側の勝手な都合といわれれば、それまでだろう」(テレビ局関係者)

 TBSの報道プロセスが問題視された例は過去にも存在する。1989年、オウム真理教の被害者弁護団の坂本堤弁護士のインタビュー映像を、坂本弁護士に承諾を得ることなく放映前に同教団の幹部たちに見せ、TBSは放映を中止。それが同教団による坂本弁護士一家殺害につながったとされるが、TBSは当初、その事実を否定。のちに同教団幹部の公判などを通じて事実が明らかになると、1996年になりようやくTBSは事実を認め、当時の社長ら幹部は引責辞任。当時の社長が国会に参考人招致されるなど大きな社会問題となった。

 では今回のJA特集報道では、『news23』側の取材・放送プロセスに問題があったといえるのだろうか。元日本テレビ『NNNドキュメント』ディレクターで現在は上智大学でテレビ・ジャーナリズムについて教鞭をとる水島宏明氏に解説してもらう。

徹底した検証が必要

 今回の背景に「TBSビデオ問題」が影を落としているように思います。TBSはオウム真理教をめぐる一連の事件に関連して、1989年に坂本弁護士にインタビューしたビデオ映像を放送前に教団幹部に見せたことが坂本弁護士一家殺害事件につながったという苦い教訓があります。これは「TBSビデオ問題」と呼ばれ、96年にその事実が発覚、当時の社長が謝罪して引責辞任しました。

 看板ニュース番組『NEWS23』でキャスターの筑紫哲也氏が「今日、TBSは死んだに等しい」と厳しく自己批判し、テレビ報道の歴史でも痛恨といえる出来事でした。当時1歳の子どもを含む坂本一家の殺害はビデオを見せたわずか4日後に実行されていたことも判明し、放送前の取材ビデオを局外の人間に見せることのリスクが周知されました。それ以降、放送前の映像を局外の人間に見せないという“ルール”がTBSだけでなく各局でも徹底されました。

 今回、取材を受けたJAの職員に対して映像を見せて確認しなかった背景には、この問題があるように思われます。この頃を境にして、テレビ報道の現場では「コンプライアンス重視」が従来以上に叫ばれるようになりました。一方で様々なテーマでテレビ報道の側のモラルが厳しく問われるようになって、ルールを盲目的に守ることが先立ってしまい、なぜそのような“ルール”が存在するのか、その理由などを一人ひとりがあまり考えない傾向が強まったように感じています。

 今回、JAの職員に取材した記者が細かい点まで本人に確認しないで放送したことで結果的に「身バレ」してしまったことは、そうしたテレビ報道の現状を象徴する出来事だったと受けとめています。「TBSビデオ問題」も、そもそも取材協力者など「取材源の秘匿」を徹底しなかった組織の姿勢が背景にあって、一家殺害という犠牲につながってしまいました。担当の記者は「局外の人間に事前に見せない」という“ルール”を表面的に守ることを優先して、最も大切にするべき「取材源=取材協力者個人」を秘匿して守るという点をおろそかにしてしまいました。これでは本末転倒というほかありません。

「TBSビデオ問題」以降、事前に編集途中のニュース映像そのものを取材相手本人に見せて確認してもらうことはほとんどないと思います。取材相手であっても放送する映像そのものを見せてチェックさせることは「報道の自由」「編集の自由」を損なう可能性があるためです。一般的には“取材相手によるチェック”は行われていません。証言の重要性や取材源を秘匿すべき必要性など、ケースごとに慎重に判断しているはずです。

 放送する映像そのものを局外の人に見せることができないルールだとしても、口頭で相手側に「顔にボカシをいれたが、洋服は入れてない」とか「腕時計などはそのまま映している」などと丁寧に相手側に伝えた上で細かく協議し、了解してもらうべきだったと思います。何が本人の特定につながるリスクがあるかは、本人の意思を聞いた上で、その上で慎重に進めるべきでした。たとえ「顔を出してもいい」と本人が言ったとしても様々なリスクを考えてあえて全面にボカシを入れる場合もあります。今回、そうした丁寧さが欠如してしまったのはなぜなのか。徹底した検証が必要だと思います。

 一般的に報道機関は自分たちが批判したり追及したりする立場では強気ですが、批判されることは慣れていないので「取材、編集の過程につきましては、従来お答えしておりません」などと一般論に終始します。こうした姿勢ではテレビ局に対する信頼はますます薄れるばかりです。

 TBS報道局内のルールがどうなっていたのか。こうしたケースでの手順の確認、記者教育などが不十分だったことは確かです。また、当該のJA職員が主張しているように記者が「事前にチェックさせる」と言っていたのであれば、それは実際にはどういう説明の仕方だったのか。取材する記者のなかには、こうしたことを曖昧にして先を急ぐ人間も少なくないので、検証しなければならない点だと思います。

 1996年に「TBSは死んだ」と言われて、徹底的に反省して生まれ変わったはずのTBS報道局。あれから25年以上経ちますが、今回の問題が起きたことでTBS報道局内でも「取材源の秘匿」をどうするのかということは今も確立されず、まだまだ不十分なところがあることを物語っています。

(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授)

水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授

水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授

1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー「母さんが死んだ」や准看護婦制度の問題点を問う「天使の矛盾」を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。「ネットカフェ難民」の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。著書に『内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造』(朝日新書)、『想像力欠如社会』(弘文堂)、『メディアは「貧困」をどう伝えたか:現場からの証言:年越し派遣村からコロナ貧困まで』(同時代社)など多数。
上智大学 水島宏明教授プロフィールページ

Twitter:@hiroakimizushim

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