トヨタ、もうひとつの「世界一の顔」…福祉車両・開発の舞台裏、業界屈指の車種数
「新車販売台数3年連続世界一」というトヨタ自動車には、知られざるもう一つの「世界一」の顔がある。それがウェルキャブと呼ばれる福祉車両だ。その種類はなんと8車種16タイプで、業界屈指のバリエーションとシェアを誇る。 そもそも福祉車両とは何か。JAF(日本自動車連盟)はHPで「福祉車両は、身体の不自由な人や高齢者にとって移動の自由を広げるクルマです」と説明している 。
例えば、デイサービスの送迎に使われる介護式車両や介護タクシーが挙げられるが、介護タクシーの正式名称は「一般常用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定)」だ。身体障がい者や要介護認定を受けた人がケアマネジャーに相談してケアプランに反映後に利用できる介護保険制度のサービスの一環だ。
トヨタのウェルキャブは機能別に3タイプに分かれている。1つ目はシートが外に向けて回転し、乗り降りをサポートするタイプ、2つ目は車いすのまま乗り降りできるタイプ、3つ目が本人の運転をサポートするタイプとなっている。車種ではアクアやヤリスといったコンパクトカーからノア、ヴォクシー、アルファードといったミニバンまで豊富なラインナップを持ち、合計8車種16タイプのなかから、利用者やその家族の環境に最も適した機能を持つ車両を選ぶことができる。
選択肢が多いほどユーザーにとってはよいが、どういった基準で選べばいいのか。トヨタの担当者は「一般的に福祉車両を選択する場合は、介護をされる方の障がいや介護の状況、体調、体格に合う福祉車両を選択することが重要となります。同時に、介護をする方の体格など、車いすをスロープに乗せる力があるかなどの確認も重要です」と話す。
障がいといっても、種類や度合いも違えば、車いすの種類もさまざまだ。一人ひとりといかに向き合うかが重要となってくる。そのためのサポート体制にも抜かりがない。ウェルキャブの体験ができる総合展示場「トヨタハートフルプラザ」が全国 9 カ所にあり、ウェルキャブコンサルティングスタッフが常駐しているので、利用者の希望に応じた機能や使い勝手を確かめたり相談することができる。また、全国トヨタ販売店のなかには、ウェルキャブの相談ができる「ウェルキャブステーション」を運営している販売店もあり、消費者の購入検討やカスタマイズの相談に対応している。
車いすの領域でも挑戦
トヨタは福祉車両を障がい者だけでなく高齢者にも届けたいと考えている。健康寿命を延ばすため、メーカーとして、できるだけ長く外出してもらえるよう、さまざまな取り組みを実施している。例えばターンチルトシートをメーカーオプションとして設定し、福祉車両であることによる心理的抵抗の払しょくにつなげるほか、リフトアップシートの設計を工夫し、シート下降時の車両からの出代を減らすことで車庫を改造する必要をなくしたり、後付けでシートや車いす収納装置を設定したり、障がいを持たない人にとっても利用のハードルが低くなるように取り組んでいる。担当者によれば、トヨタのウェルキャブは利用者からの要望だけで開発するのではなく、消費者の生活を知り、何に最も困っているのか仮説を立て、検証した上で開発されているとのことだ。
トヨタはさらに車いすの領域でも挑戦を続けている。6月に開催されたワークショップでは、ワンタッチで車に車いすを固定できる装置と「JUU」(自由)と名付けられた電動車いすを公開した。特に「JUU」は介助なしで階段も上れ、小回りも利くように設計されたほか、後面には傘や水筒、手荷物などを置くスペースも確保した。「車いすで自動車に上り下りできる未来もそう遠くない」とユーザーや福祉関係者に大きな話題を呼んだ。
福祉車両、購入時に必要な知識
福祉車両は、事業者だけではなく個人でも購入できる。ケアプランに盛り込まれれば、介護保険適用サービスとして、一般のタクシーを利用するよりも安い料金で利用できる。半面、通院や入退院時などで利用するための制度で使用には制限があるため、買い物や食事、旅行などは対象外だ(保険適用外であれば利用可能)。また、事業者の保有台数の問題から予約が取れなかったり、すぐに利用できないなどのデメリットもある。
若い世代の障がい者で歩行などに制限がある場合、自分で運転するために福祉車両を購入される方はいる。しかし、最近では高齢や介護認定を受けた親のために福祉車両の購入を検討する人も珍しくない。実際、筆者も購入した知人を知っている。親の介護のために、あるいは子どもに福祉車両を運転してもらうために個人が購入する際に助成金などはあるのだろうか。残念ながら、助成金や補助金の制度はない。福祉車両という個人財産に対して、持たない人との差別化を国や自治体が図っていいのかという課題があるようだ。介護認定をされて1年以内に亡くなられる方もいる一方、10年以上介護状態も方もいるなど、個人差が大きいことも一因であると考えられる。各自動車メーカーにも独自の助成金や補助金制度を設けている会社はない。
消費税が免税になるケースもあるが、国税は「身体障がい者用物品に該当する自動車」として、「乗用自動車のうち非課税となるものは、身体障がい者の使用に供するものとして特殊な性状、構造または機能を有する」などの種々の基準をクリアしたものだけになる(No.6214 身体障害者用物品に該当する自動車|国税庁 (nta.go.jp)。該当するかどうかは、福祉車両販売会社や販売店に相談していただきたい。
障がい者の方が自ら使用する自動車にかかる自動車税環境性能割(旧自動車取得税)・自動車税種別割の減免もある。障がい者手帳(身体障がい者手帳・戦傷病者手帳・愛の手帳<療育手帳>・精神障がい者保健福祉手帳)の交付を受けている方が使用する自動車で一定の要件を満たす場合は、申請により自動車税環境性能割・自動車税種別割の減免を受けることができる。 この申請は居住地の近くの都道府県税事務所か自動車税事務所が窓口となる。
改造費の助成制度もある。これは身体障がい者で下肢・上肢・体幹機能障がい1・2級の方が自ら所有し運転する自動車を改造する経費を、10万円を限度に助成するものだが、所得に制限がある。窓口は市町村だ。購入資金の貸付に関する助成制度もある。この要件などの問い合わせは居住地の市区町村社会福祉協議会となっている。
福祉車両の輔助金などの窓口は多岐に渡り、一元化されていないので、販売会社や各行政に購入希望者が問い合わせて確認することをお勧めする。主要都市などは担当が細分化されているので、「個人が自らのためか、親のためか、子どもに運転してもらうためか」という利用者と目的を最初にきちんと伝えないと、たらい回しされることがあるので注意が必要だ。
車いす仕様車が増加傾向
ウェブキャブは完成に至るまでに多くの時間と労力、開発費用がかかるが、トヨタは何のために福祉車両に注力しているのか。ウェルキャブの価格帯は200~300万円台がメインだ。対して直近5年のウェルキャブの販売台数は年間約1.4万台程度。担当者はいう。
「主力のノア、シエンタがフルモデルチェンジしたため、販売台数は増加傾向ですが、今後も約1.4~1.5万台で推移すると想定しています。車いす仕様車が増加傾向にあります。福祉施設の増加や在宅介護の増加が要因と推測しています」
費用対効果を考えれば、売り上げ至上主義では福祉車両の開発・販売には到底取り組むことはできない。「ユーザーからの要望」という一言だけでも片付けられないように思う。 では、なぜトヨタは福祉車両に取り組むのか。その答えは、トヨタの企業理念である「Mobility for ALL(移動の可能性を全ての人に)」に見いだすことができる。2040年には全人口の約3人に1人が65歳以上となると予測されている日本において、必然的に福祉車両を活用したいという人は増えていく。
クルマのある生活は、人生の可能性を広げ、日々の暮らしを豊かにしてくれる。それは若くて五体満足の方だけを対象としたものであっていいはずはない。すべての人がクルマを利用して移動する自由を楽しむことが、成熟した未来と社会を構築することにつながるのではないか。トヨタの取り組みに期待したい。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人日本保険ジャーナリスト協会代表、一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表)