トヨタ自動車の社長が4月1日付けで佐藤恒治氏に交代したのを機に、トヨタは電気自動車(EV)シフトに急激に舵を切っている。7日に新体制方針説明会を開き、今後の3年間でEVを新たに10モデル投入して2026年にはEVの年間販売台数を150万台に引き上げるという大胆な目標をブチ上げた。直近の22年の販売台数は約2万4000台にとどまる。世界販売トップのトヨタといえども、今後3年間でEVの販売を60倍に増やすという無理な計画に首を傾げる関係者も少なくない。
佐藤社長は記者会見で「(カーボンニュートラル実現に向けて)重要な選択肢の一つであるEVは、今後数年でラインナップを拡充すると同時に、将来への仕込みも大胆に進める。その一つとして普及期に向けた次世代EVの開発、新しい事業モデルの構築に全力で取り組む」と述べた。その上で、商品を担当する中嶋裕樹副社長が、26年までにEVを新たに10モデル投入して目標販売台数を年間150万台にするとし、さらにバッテリーのエネルギーを効率的に使用することで航続距離を2倍に延ばしたEVを開発する計画も公表するなど、新しい経営陣がEV重視を鮮明に打ち出した。
トヨタは1997年に世界初の量産ハイブリッド車(HV)「プリウス」をライバルに先駆けて投入するなど、HV技術で先行してきただけに、環境対応車としてHVを重視してきた。しかし、中国や米国カリフォルニア州などの環境規制で、HVが環境対応車として認められなかったことから、HVやEV、プラグインハイブリッド車、燃料電池車など、環境対応車を「全方位」で展開する方針を掲げ、EV一辺倒となっている欧米や中国の自動車メーカーとは距離を置いてきた。
そのトヨタがEV販売を急激に伸ばす計画を打ち出したものの「(全方位戦略である)マルチパスウェイの軸は決してぶらさない」(中島副社長)と、EV一辺倒にはしない方針を強調した。さらに今回のEV販売目標についても、トヨタが21年末に公表した「2030年に年間350万台」という計画を「早めたわけではなく、予定通り」として、長期的な計画は修正していないことを強調した。
bZ4Xの苦い経験
ただ、計画の実現性を疑問視する声は強い。トヨタの22年のEV販売台数は2万台強で、EVの世界シェアは0.3%にとどまる。これに対して世界トップのテスラの22年の販売台数は126万台でシェア17%。大きく水をあけられている。トヨタは22年に「bZ4X」、中国市場向け「bZ3」を投入したものの、ライバルから遅れていることは隠しようのない事実だ。とくに日米欧の先進国市場にトヨタが初の量産EVとして満を持して投入したbZ4Xは、発売直後に不具合が発覚して販売停止に追い込まれた。しかも、不具合の原因の特定に時間がかかり、対策をとりまとめて販売を再開するまで数カ月を要した。当時の社長だった豊田章男現会長が環境対応車としてEVに傾斜している自動車メーカーを批判していたのも「トヨタはEV開発が苦手だったから、EVの普及を妨げようとしていた」と見られる結果となった。
佐藤社長は「EVの有用性は理解しており、これまでもEV開発には積極的に取り組んできた。ただ、EVに対する具体的なファクトを示すことができなかったことは反省している」と釈明した上で、新経営陣がEV市場を本格的に攻略する姿勢を示した。
中国には2車種のみ
それでもトヨタが今回公表した販売計画は「マユツバ」と見る向きが強い。今後、EVを10車種投入しても、既存モデルと合わせて1モデル当たり10万台以上売る必要がある。プラグインハイブリッド車を含む22年のEV世界市場は前年比55%増の1050万台と急増した。今後もEV市場の拡大が予想されるものの、出遅れていたトヨタがこの市場で存在感を打ち出すのは容易ではない。今回トヨタはEV販売拡大を狙って、米国市場では25年に3列シートSUVタイプのEVを投入するほか、世界最大のEV市場である中国では24年に現地開発のEVを2車種投入することも明かした。
しかし、米国ではすでにゼネラルモーターズ(GM)やフォードが市場で人気の高い大型SUVやピックアップトラックタイプのEV投入で先行しており、この市場にトヨタが遅れてSUVモデルを投入したところで巻き返すのは至難の業だ。トヨタが中国に新型EVを2車種しか投入しないのは、この市場で販売増と収益確保を両立するのが難しいためだ。中国では地場のEVメーカーが100万円を割る低価格EVで販売を伸ばしており、価格競争が激化している。トップクラスのテスラでさえ、EV販売をてこ入れするため数度にわたって値下げに踏み切っている。トヨタは中国のEV市場の拡大は続くと予想するものの、収益を確保するため、こうした価格競争とは距離を置く方針だ。このため、中国市場に投入する新型EVは絞り込む方針で、結果的に中国市場で販売台数を稼ぐのは半ば諦めていると見られても仕方がない。
仕入先サプライヤーへの危機感の植え付け
トヨタ関係者の多くが26年にEV販売150万台とする計画を「絵に描いた餅」と見ていながら、計画を打ち出したのはなぜか。それは仕入先サプライヤーに危機感を持ってもらうとともに、株価を含めてトヨタの評価を引き上げる狙いがあるからだ。トヨタが全方位戦略を打ち出していることから、エンジン系や燃料系など内燃機関関係部品を主力とするトヨタ系サプライヤーは危機感に乏しいとされている。これに対して40年に内燃機関からの撤退を打ち出しているホンダを主力とするサプライヤーは、EVシフトに伴う影響を真摯に受け止め、強い危機感を抱き、自動車以外の新規事業などにも熱心で、本気で取り組んでいる。
世界的にEVシフトの波が押し寄せているなかで、トヨタもこのままではグループもろとも生き残れなくなることを懸念している。そこで「EVファースト」を打ち出し、仕入先にも今のうちから対応を促す必要性に迫られている。ただ、EV一辺倒にすることは、豊田会長の方針に背くことになる。このため、全方位戦略は堅持しつつEV販売を急激に伸ばす販売計画を公表するという、一見矛盾した方針を打ち出すことになった。
さらに、EVの大胆な販売計画を公表することで、株価など市場の評価を高めたい思惑もある。全方位戦略は研究開発や設備などの投資が分散され、効率が悪い。世界中の自動車メーカーがEV重視を鮮明にしているなか、EVで出遅れており全方位戦略を堅持するトヨタの成長に疑念を持つ投資家は少なくない。世界販売台数が1000万台のトヨタが、世界販売130万台のテスラに時価総額で大きく負けているのは、この表れだ。トヨタはこうした状況を打開するため、EV販売台数を短期間に急激に増やす計画を公表したと見られている。
経営陣の交代を機に「EVに否定的」「EVに出遅れている」という従来イメージの払拭を狙う佐藤トヨタ新体制。しかし、テスラでも世界販売2万台から130万台になるまで9年を要した。異業種を含めてライバルもひしめくなか、トヨタが短期間で成果を出せるほど自動車産業は甘くない。さまざまな思惑が交錯して無理な計画を打ち出したとしたら、3年後にそのツケを払うことになりかねない。
(文=桜井遼/ジャーナリスト)