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ネット広告ではなく看板広告で年間売上15億円…「きぬた歯科」の緻密な広告戦略

文=山口伸/ライター、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
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きぬた歯科のHPより

 都内で活動する方は1度や2度、「きぬた歯科」の看板広告を見たことがあるだろう。黄色やピンク色の背景に「おっさん」の顔が前面に出た派手なデザインが特徴で、都内を中心に230カ所以上設置されているようだ。素人目に見るとターゲティング機能のあるインターネット広告のほうが効果的なように思えるが、実はきぬた歯科、一般的な歯科医院の30倍もの売上を誇る。旧式ともいえる看板広告でなぜ成功しているのか。百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏の解説を交え、きぬた歯科の成功要因について探ってみた。

インプラントで年間3000本の実績の「きぬた歯科」

 看板広告の顔はきぬた歯科で院長を務める羅田泰和氏である。きぬた歯科は東京都の西八王子駅前で営業するインプラント治療をメインとした歯科医院だ。系列のインプラント八王子などを含めると年間3000本の実績を有し、これまでの累計本数は4万本以上と謳っている。インプラント治療とは欠損歯を埋める目的で顎の骨にチタンなど人工歯根を埋め込み、その上に人工歯を設置する治療法のことである。余談だが欠損歯に関しては、インプラント以外にブリッジや入れ歯などの治療法がある。

 きぬた歯科の広告戦略の主軸はネット広告ではなく、旧式ともいえる看板広告だ。院長の顔を前面に出した派手なデザインが特徴で、ビルの屋上や壁面などに大きな看板広告を設置している。都内を中心に神奈川・埼玉などにも展開し、看板の数は300を超えるそうだ。ちなみに兄も横浜で「きぬた歯科」を開業しており、兄弟でコラボした看板広告も設置している。

マス広告として機能

 日本の一般的な歯科医院の年間売上は約4800万円だが、きぬた歯科は15億円もあり実に30倍の規模を誇る。そして患者アンケートでも看板広告を見て来院した方が多いという結果が得られており、看板を主軸とした広告戦略は確かに成功しているようだ。ネット広告が主流の時代に、きぬた歯科の看板広告はなぜ集客に成功し効果を発揮しているのだろうか。

 鈴木氏によると、きぬた歯科の看板広告はマス広告として機能しているという。マス広告とは大衆向けに認知度を高める目的で打つ広告であり、狭義ではテレビ・ラジオ・新聞・雑誌での広告を意味するが、同歯科の場合は大量に設置しているためマス広告と同様に機能している。歯科医院と聞くと近所の患者が訪れるイメージがあるが、インプラント治療は広域で潜在的な患者が見込まれる治療法であり、都内各所に設置する看板は潜在顧客の呼び込みに役立つと鈴木氏はいう。実際に羅田院長もYouTubeの街録チャンネルにおけるインタビューで、1990年代後半のインプラント黎明期から同治療を始めたと話しており、きぬた歯科は国内有数のインプラント歯科医院として認識されているという。

突き抜けて目立つ看板広告

「突き抜けて目立つ」看板も、きぬた歯科の集客につながったと鈴木氏はいう。認知度向上を目的とした広告において高い効果を得るには、広告を見た人がその商品や企業をすぐに認識できるようにしなければならない。確かに芸能人でもなく誰かわからない「おっさん」の顔がでかでかと表示された看板は非常に目立つ。仮に文字だけの看板広告を展開していた場合、多数設置していても現在のような認知度は得られなかったかもしれない。「にしたんクリニック」の特徴的なテレビCMや、かつて「すしざんまい」の社長がまぐろの初競りで落とすために億単位の金を投じていたことも突き抜けて目立つ目的があるという。ちなみに、きぬた歯科では当初、インプラント治療における口内のビフォーアフター画像を使用していたが、気持ち悪いというクレームが多く、院長の顔写真を使用するに至ったそうだ。

競合の参入を防ぐのが重要

 そのうえ都内で多数展開されている看板広告はドミナント性を有しており、競合他社の参入を防ぐ効果を発揮していると鈴木氏は話す。仮に八王子付近に限定して広告を30カ所だけ展開していた場合、競合も真似て同じような看板広告を設置するようになり、きぬた歯科の広告効果は半減どころか10分の1以下にまで落ち込んでしまっていた可能性があるという。顔看板を見た人がすぐにきぬた歯科を認識できなければ意味はなく、似たような広告が複数存在すると効果は薄まってしまう。確かに最近、きぬた歯科を真似てか院長の顔写真が載った看板広告をよく見かけるようになったが、きぬた歯科ほどのインパクトは感じられない。

 前記の街録チャンネルでも羅田院長は、競合が参入する前に看板を手広く設置することを目指していたと話しており、当初は週1ペースで看板を設置していたそうだ。看板を展開し始めた2012年当時、他医院におけるインプラント治療の死亡事故が報道されたのをきっかけに売上が落ち込んでいたものの、きぬた歯科は1カ所でしか営業しておらず、ある程度の内部留保があったため看板を設置できたという。現在では年間約2億円もの費用を看板広告に費やしているが、15億円の売上がこれを賄っている。

きぬた歯科の成功例から何を学べるか

 最後に、他の医療機関が取るべき有効な広告手段について鈴木氏に聞いた。きぬた歯科の看板広告や高須クリニックのテレビCMのようなマス広告はそもそも資本が必要なため、ある程度の規模がある医療機関しか打つことができないという。広く潜在顧客を掘り起こす上ではマス広告もインターネット広告も有効ではあるものの、一般的な医療機関が1回や2回マス広告を打ったとしても中途半端になってしまい効果が得られない可能性が高い。やはり普通の医療機関にとってはインターネット広告が王道であると鈴木氏はいう。

 以上のことから、きぬた歯科が看板広告で成功した要因は、

(1) 大規模なマス広告として機能したこと
(2) 突き抜けて目立つデザインであること
(3) 競合の参入を防いだこと

の以上3点にまとめられるだろう。現在では大きな収入が巨額の広告費を賄っているかたちであり、鈴木氏がいうように小規模な医院がこれを真似ることはできない。目立つ場所に看板を多数設置する方法は、きぬた歯科だからこそ可能な戦略といえる。

(文=山口伸/ライター、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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