コンビニエンスストアよりも数が多いといわれる歯科医院は、いまや、その数は6万8500軒以上にも上り、需給不均衡が起きていないかという疑問を感じている人も少なくないだろう。一方で超高齢社会を迎えた現代日本にとって歯科医院は、寿命を延ばし、安全な介護のためにも不可欠な存在となっている。
東京都足立区のオレンジ歯科院長・村上明日香医師に、変化する歯科医院のあり方を聞いた。
老化と歯の密接な関係
医療の進歩や栄養状態の改善などもあり、我が国の平均寿命は延びている。さらに最近では、健康寿命の重要性について関心が高まっている。村上医師は、健康寿命を延ばすためには「歯と口腔内の健康」こそが重要だと話す。
「さまざまな研究から、高齢になっても残っている歯の本数が多い人ほど認知症リスクが低いことがわかっています。よく噛むことで脳が刺激され、さらに血流が増え、脳細胞の神経が活性化します。1989年から国と日本歯科医師会が推進している『8020運動(80歳で20本の歯を残すことを目指す運動)』は、健康でいるために非常に重要です」
20本以上の歯があれば、生涯、自分の歯でしっかりと噛んで食べる楽しみを味わえ、高いQOL(生活の質)を維持することができる。また、噛むという動作は、高齢者にとって老化の予防になる。村上医師は、健康寿命を延ばすためにも、“プレ介護世代”ともいえる60代から口腔ケアに取り組んでほしいという。
「歯に関しては、痛みが出て初めて歯科医を受診するという人が多いのが現実ですが、歯周病などは、ひどくなるまで自覚症状が乏しい場合もあります。定期的に歯石の除去や歯科検診をしてほしいと思います。生活に支障がないからと放置しないことが大切です。
例えば、歯が1本、2本と抜けても、そのまま放置し、気がつけば何本も抜けてしまい、ようやく入れ歯をつくりにきた患者さんがいました。歯がない生活をある程度続けてしまうと、顎の骨が痩せてしまい、舌が肥大し、入れ歯をつくっても装着が難しくなります。話している途中で入れ歯が口から出てしまう高齢者の方を見たことがあると思いますが、それは肥大した舌が入れ歯を押し出してしまう現象です。顎の骨が低くなっていることも、取れやすさの原因になります。
また、口の周りの筋肉が弱くなるとしっかりと口を閉じることが難しくなったり、舌の力が弱くなると食べ物の塊をつくりにくくなり、奥に押し込めず飲み込みまで難しくなります。これらは嚥下(えんげ)障害や誤嚥性肺炎などにつながっていきますので、早い段階で治療していただきたいと思います」
訪問歯科治療の普及
早い段階での治療が必要とはいえ、高齢化が進む現在、歯科受診をしたくとも病気などの理由で受診ができない高齢者も多い。そういった高齢者のために村上医師は、介護施設や入院先、個人宅へ赴く、訪問歯科診療を行っている。
「噛むことは、口の中の筋肉を動かし、ものを飲み込むために欠かせない動作であり、誤嚥を防ぎます。しっかりと噛めることが健康維持には非常に重要です。そのため、私が行う訪問歯科診療では、歯の治療だけでなく口腔ケアや嚥下訓練・ミールラウンドにも力を入れています」
訪問歯科診療は、一般にはあまり広く知られていないが、最近では多くの高齢者施設が取り入れており、需要が高まっている。しかし、その質は、施設や歯科医院の方針によって異なるという。
「特養や老人ホームは、特定の訪問歯科医が定期的に治療に訪れていることが多いですが、大がかりな器具を必要としない簡単な治療や口腔ケアが中心になっていることが多いです。嚥下訓練に対してあまり詳しくなかったり、ケアのアドバイスなどできない医師や衛生士さんも多くいるのが現実です。また、インプラントなどを入れている患者さんの歯にトラブルが起きた場合の対処も難しいです。
訪問歯科に従事する身としては、訪問歯科医師・衛生士全体のスキルを上げていく啓蒙活動も必要と考えています。また、実際に外来と同レベルの治療をするのは、持参する機械も多く大がかりになりますし、治療体制もきついです。外来の治療レベルを提供しようと訪問歯科診療を行っている歯科医師は、熱い思いを持っていると思います。そんな熱い歯科医師を増やしていきたいです」
かかりつけ歯科医を持つメリット
最近では、健康維持のためにも、すぐに相談できる“かかりつけ医”を持つことが推奨されるが、歯の健康についても同様である。
「かかりつけ歯科医を持つと、歯科医院には昔からの治療内容だけでなくレントゲンや口腔内の画像、歯周病検査のデータなど、すべての情報が保存されています。そのため、小さな変化でもすぐに気づくことができ、病気の早期発見、早期治療が可能です」
かかりつけ歯科医師を選ぶ際には、通いやすさ、医院の雰囲気、予防歯科に力を入れている、歯科医師がわかりやすく説明をしてくれる、といったポイントを重視するとよいという。近年流行していた審美歯科の需要は低下し、歯科医師が淘汰される時代となりそうだ。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)