安倍晋三首相への“忖度”が話題になるなど、内閣支持率を急落させるきっかけとなった「加計学園問題」も、“きな臭さ”は残るもののだいぶ下火になってきましたが、この問題で明らかになったことのひとつに、「獣医師の適正数(需給問題)」がありました。日本獣医師会によると、獣医師の総数に過不足はないものの、ペットなどの治療をする、いわゆる動物病院の獣医師は多く、酪農や養豚、養鶏など産業動物診療分野に従事する獣医師が少ないという獣医師の職域偏在が明らかにされました。
一方、人間相手の医療分野では、根本的な需給バランスが問題になっており、医師と看護師不足は長年の課題です。特に、看護師不足は深刻で、比較的看護師の多いとされる九州と四国で有効求人倍率は1~2倍、関西以北では2~5倍と“西高東低”が定着してしまっております。その格差を人口10万人当たりの看護師数で見ると、一番多い高知県は1314人ですが、埼玉県(569人)、千葉県(625人)、神奈川県(672人)、茨城県(674人)、東京都(727人)と、関東各県と比べるとほぼ2倍の格差です。看護師が不足すると医療事故が増えるという報告もあり、看護師不足解消は喫緊の課題です。
逆に、歯科界では歯科医師は過剰です。国が目標とした歯科医師数は、人口10万人当たりの歯科医師数は50名で、これは33年前の1984年にすでに達成しています。同年の歯科医師数は6万1000人ですが、2012年には10万人を超え、現在も毎年約2000人ずつ増え続けています。他の医療分野に比べ、異常ともいえる歯科医師の超過剰状態は、長期にわたって慢性化しています。この先、総人口は減ってゆくので、患者の奪い合いはますます激化します。歯科医師の大幅削減も喫緊の課題です。
歯科医師削減に向け、歯学部の定員削減や、国家試験の合格率を下げるなど、事実上の足切りも行っていますが、歯科大や歯学部そのものを削減するには至っていません。さらに、歯科大や歯学部の一部には、定員割れの学校もあるというのに、学校経営にしがみついているのは理解できません。
歯学部を看護学部へ
そこで、筆者は歯科医師過剰と看護師不足を解決する策を提案します。
定員割れや国家試験合格率の低い歯科大、歯学部を中心に、相当数を看護大学、看護学部に変えるのです。看護師不足が深刻な関東には歯科大、歯学部が偏在していますので、その点でも効果が期待できます。
歯科医師国家試験の合格率は平均60%台で推移していますが、既存の歯科大、歯学部のなかには、合格率のかなり低いところがあります。さらに、歯科医師国家試験には公表される合格率以外に、隠れ合格率(事実上の合格率)があり、国家試験に合格できそうもない学生は受験させず、恣意的に表面上の合格率を上げるという操作が行われています。受験資格のある者の数と実際の合格者の割合をみる隠れ合格率が40%にも満たない学校が数校あり、最低は20%と、もはや歯科医師養成機関としての体をなしていません。
一方、看護大学の看護師国家試験の90%前後で推移しており、どの学校も看護師養成機関として機能しています。
歯科大、歯学部から看護学部への移行が有利なのは、歯学教育は歯に関することだけでなく、解剖学、組織学、生理学、生化学、病理学、細菌学、免疫学、薬理学といった看護学にも共通する内容を含む基礎系科目に加え、内科学、外科学、耳鼻咽喉科学などの隣接医学がすでにカリキュラムにあるので、看護学への移行もゼロから始めるよりはるかに有利です。
建物や設備もリニューアルで対応できるので、新設と比較にならないほど低い経費で済みます。
定員割れもある歯学部に比べ、看護学部は 10年間で定員が倍増したにもかかわらず志望者数は3倍に増え、定員割れは起こしていません。看護師不足は今後も続くので、市場のニーズも途切れることはなく、就職も保証されます。
過当競争で生き残りに四苦八苦している歯科界に若い歯科医を送り出すよりも、ニーズの絶えない市場に看護師を送り出すほうが社会貢献にもなるので、教育者としてのやりがいもあり、学校経営の観点からもずっと良いでしょう。
幸い、獣医学部と違って看護学部の新設は難しくないようで、医療系以外の大学でも看護学部の新設は急増しています。生き残りの難しい歯科大、歯学部は医療教育では一日の長があるのですから、一刻も早く看護学部への移行を決断するべきです。
(文=林晋哉/歯科医師)