前回記事『日本の生産人口減少問題、カギは歯?口腔環境の改善で健康寿命が劇的に延びる?』にて、これからの日本の生産人口と税収の減少による日本の衰弱を避けるため、多くの国民が80歳前後までしっかり働ける健康状態を維持することが必要であり、その実現の鍵となるのは「口の健康」なのだと説明しました。
今回は具体的に、どうすれば「口の健康」によって不健康期間を縮め、長く働けるのかについてお話しします。
口が健康であるとは、どういう状態なのか。それは、質の良い咀嚼ができる状態です。具体的には、両奥歯でしっかり咀嚼のできる口腔状況であることです。
なぜなら、咀嚼回数と質の充実は、脳の活性化をはじめ、肥満予防、糖尿の予防と改善、腸内環境の改善、脳内ホルモンの分泌向上、がんの抑制など多岐にわたり全身の健康に好影響を与えることがわかっているからです。
つまり、不健康期間に陥らないためには、常にきちんと咀嚼のできる「口」で、咀嚼の充実を計らなければならないということです。
では、どのようにして常にしっかりと咀嚼のできる「口」を維持すればよいのでしょうか。これは、成長期とそれ以降とで分けて考える必要があります。
成長期の取り組み
成長期は、とにかく“咀嚼を鍛える”という観点が重要です。たとえば、小、中、高校で、1時間目と昼食後の5時間目はガムを噛んで授業を受けさせるなどです。もちろん、いつでもガムを噛んで授業を受けていいとなれば、言うことはありません。なぜなら、現在は軟食化が進み、極端に食事時の咀嚼回数が減ってしまっているからです。これを何かしらの手立てで補充しなければなりません。いわば、咀嚼の補充です。
特に大事なのは、若いうちに質の良い、しっかりとした咀嚼を身につけることです。
「たくましい咀嚼は、たくましい人間をつくる」のです。歳を経ても口腔機能が低下しにくい身体となり、健康寿命を維持し、長く働ける社会生活者となり得るはずなのです。
成長期以降の取り組み
成長期以降は、両側の奥歯で物がよく噛める状態を、歯科医療によって回復・維持することが第一条件です。その方法・手段は、さまざまな要件により、その人に適したものを選べばいいでしょう。
この表は、年齢別の失った歯の数の統計です。日本人の場合、大まかに言えば、45歳で1本目の歯を失い始め、70歳を過ぎると約10本の歯が無いのが平均像です。親知らずを除いた永久歯の数は28本で、ほとんどの症例では奥歯が主に失われるので、歯が10本無いということは、ほとんどの奥歯が無い状態といえます。これでは咀嚼に明らかな不具合が生じます。失った歯を何かで補わなければなりません。
実際に、失った歯をどのような手段で補っているかを調査したデータがあります。それによると、インプラント治療は全体の5%程度で、思ったよりも少ない感じがします。逆に、意外にも入れ歯治療は50歳を過ぎると如実に増え始め、70歳前後では部分入れ歯と総入れ歯を合わせると、全体で50%を超えています。さらに、年齢が上がるとともに入れ歯の装着率は上がり、85歳を過ぎれば9割を超える方が入れ歯を使っているといえます。
このように、年齢が上がれば上がるほど、言い換えれば、長生きすればするほど、入れ歯のお世話になるのが現実なのです。
入れ歯の効用
日常の臨床現場では、「私はどうしても、入れ歯は嫌!」とおっしゃる患者さんが少なからずいらっしゃいます。しかし、上の統計のように、長生きをして歳を取れば失う歯の数も増え、現実的には入れ歯のお世話になるようになっています。歳を経れば、たいていの人は歯を失うことから逃れられないのですが、入れ歯でも、きちんと合うまで治療すれば、口を意識することなく十分な咀嚼ができます。
そして、咀嚼の充実を図るために一番重要なのは、「自分の歯で食べる」ことではなく、「自分の口で食べる」ことです。
方法・手段にかかわらず、歯を失っても歯科医療によって咀嚼がしっかりできる状態に回復・維持し、さらに意識した咀嚼の充実を図ることによって不健康を避け、長く働き日本を支える。そのために咀嚼を充実させることが、もっとも重要かつ根本的なことなのです。
つまり、日本の未来は「口の健康」を担う歯科医療が救う、といえます。
ここまで、拙著『歯・口・咀しゃくの健康医学』をもとにお話ししてきましたが、いまだに「口の健康」が、これほど大事だということが世間には広まっていません。これは非常にもったいないことです。「口の健康」を保ち咀嚼を充実させることが、あなたの人生をより良く全うするため、また日本の未来を救うためにも重要な鍵となることは間違いありません。
(文=林晋哉/歯科医:外部執筆者)
『歯・口・咀しゃくの健康医学』 食べる、しゃべる、呼吸する……口の働きは神業! 歯科は「歯を治す」ではなく、「口の機能をよくする」ところ。そのことがないがしろにされている現状に、現場から警鐘を鳴らす!