リクルートは、同社が運営する転職支援サービス「リクルートエージェント」における2023年7〜9月期の「転職時の賃金変動状況」に関する調査を実施。「前職と比べ賃金が1割以上増加した転職決定者」が35.3%、約4割となり、過去最高値を更新したと発表した。これを受けて、ネット上では「転職の好機なのでは」と捉える声が上がっている。実際に転職市場の動向はどうなっているのか、転職支援の専門家に解説してもらった。
2日に発表されたリクルートの調査結果によると、転職で賃金が1割以上増えた人の割合はコロナ禍が始まった2020年に25%ほどにまで落ち込んだが、2021年以降は増加に転じ、2023年7〜9月期は35.3%となり、2002年の計測開始以来の過去最高値を記録した。職種別では、ITエンジニアが39.9%と高水準で、事務系専門職はコロナ禍の影響もあって2020年ごろにかけて水準を切り下げていたが、2021年から徐々に回復し、2023年7〜9月期は過去最高値の33.2%となった。
この調査結果により、ネット上では「今は収入アップのための転職のチャンス」と話題になっている。体感的には「一向に庶民レベルでは景気がよくならない」という印象があるが、転職後に収入が上がる人が増加しているのはなぜなのか。人材紹介事業を手がける株式会社UZUZの専務取締役でITリスキリングの専門家でもある川畑翔太郎氏はこう解説する。
「転職後に賃金がアップした人が急に増えたわけではなく、コロナ禍やリーマン・ショックなどの大きな不景気の時期を除くと、近年は基本的にずっと右肩上がりで増えています。その理由としては、多くの業界に共通する人材不足により人材価値が高騰していること、年収交渉が発生する転職自体の数が増えたことが背景として挙げられます。また、スカウトサービスが普及したことで、『今すぐの転職を考えていなかった人が年収が上がるなら転職する』という現象も増えたことも影響しているでしょう」(川畑氏)
転職はいいことばかりとは限らず、厚生労働省の「令和3年雇用動向調査結果」によると、転職で給料が下がったと答えた人の割合は約3割にのぼる。収入がアップした人が増加している一方、減少してしまう人がいるのはなぜなのか。
「転職で収入が下がってしまうパターンは大きく分けて3つあります。1つめは、今までやっていた業務と異なる職種に転職した場合です。今までの自分の実績やスキルの価値を引き継ぐことができず、その価値が目減りしてしまい、新人レベルからの再スタートになると年収は当然下がってしまいます。2つめは、平均年収が今いる業界よりも低い業界に転職した場合です。業界によってビジネスモデルの稼ぐ力は大きく異なるため、業界ごとに平均年収は変わります。たとえば利益率が高いビジネスを行っている商社系から薄利多売のビジネスモデルである小売業に転職する場合、どうしても年収は下がってしまいます。3つめはそこまで多くないケースなのですが、前職で管理職のように役職付きだった人が転職後に役職なしになる場合も年収は下がります。特に年功序列で役職についていた場合、実力に見合わないケースが多く、次の会社では役職がなくなりやすい傾向があります。ただ、基本的には人手不足がどの業界でも顕著なので、どの業種においても報酬提示が上がっている状況です」(同)
最近の転職市場で「賃金アップは当然」という状況になった理由はどこにあるのだろうか。
「もし今の職場に大きな不満がない場合、同じ収入で別の会社からオファーを受けても大半の人は転職する必要性を感じないので、動かないでしょう。労働環境や人間関係に問題があって今の職場から抜け出したいというようなケースを除くと、人が転職する最大の理由は『収入』です。そうした認識に沿って、スカウトサービスでは企業側も収入アップを大きくアピールするようになりました。職場にそれほど不満がない人を引っ張ってくるためには、やはり収入面の優遇が最大の武器になるわけです。また、転職エージェントも年収交渉を前提としており、転職者に複数の内定があれば、企業に対してより高い年収提示を勝ち取るための交渉を行います。エージェントの報酬は転職者の年収の数十%なので、転職者だけでなくエージェントにとっても年収を上げることはメリットがあるのです。転職エージェントは交渉のプロなので賃金が上がる可能性が高く、これも賃金アップの増加傾向に影響しているでしょう。このように転職業界全体が賃金を上げる方向に動いています」(同)
となると、今後の日本では転職が当たり前という風潮になっていきそうだ。転職を繰り返して収入をどんどん上げていくというケースも生まれそうだが……。
「いたずらに転職を繰り返すと、逆に収入が下がってしまうこともあるでしょう。なぜかというと、日本人の価値観として短期間でいくつもの職場を渡り歩く人には否定的だからです。それに短期間で転職すると十分なスキルや実績を培うことができず、自分の人材としての価値が上がらないため、企業側にとっても魅力がありません。逆に、価値が高い人材なら企業は相場以上の報酬を出してでもほしがります。日本の人材不足は今も相当問題となっていますが、今後さらに進むため、 “人の価値”は相対的にどんどん上がっていくでしょう。そのような状況下においては、企業がほしがるようなスキルや実績のある人材の価値は今まで以上に高騰し、収入格差の拡大にもつながっていくことが考えられます」(同)
最後に、現在の転職市場の状況などを踏まえた上で、転職活動での注意点や転職を成功させるためのポイントを聞いた。
「大前提として、仕事を辞めてから転職活動をするのはおすすめしません。仕事を辞めてしまうと収入がなくなるので、どうしても焦りやすく、平常心で転職活動ができなくなり、企業側からも足元を見られやすくなります。ですから、転職活動は基本的に今の仕事と並行して進めて、次の職場が決まってから退職してください。また、やりたいことがあって転職するというケースがありますが、転職を希望する業界や職種の賃金相場などをしっかり調べておくべきです。もし相場が現在の職種よりも低かった場合、やりたいことのために収入が下がってもいいのかをちゃんと考えたほうがいいでしょう。あと、収入を上げたいのであれば、転職先は自分が今まで培ってきたスキルや経験を100%に近い形で生かせる仕事にするべきです。スキルや経験がリセットされたら、自分の価値が下がります。スキルや経験がそのまま生かせる仕事で、なおかつ収益性の高いビジネスモデルの業種に移行すれば、人材の価値としては同じ評価でも報酬が高くなります」(同)
(文=佐藤勇馬、協力=川畑翔太郎/UZUZ専務取締役)