金融庁は、インターネット証券最大手・SBI証券が引受業務を手がける企業の新規株式公開(IPO)において初値を人為的に操作しているとして、一部業務停止命令と業務改善命令の行政処分を出す方針を固めた。同社をめぐっては12月、証券取引等監視委員会が行政処分を行うよう金融庁に勧告していた。一部業務停止命令の対象は、新規上場企業の株式売買を受託する業務。法令順守の内部管理体制の強化なども求める。SBI証券はIPO引受業務で潤沢な手数料収入などを得ることで、業界に先駆けて昨年9月から国内株式の取引手数料の無料化に踏み切るなど攻めの姿勢を見せてきたが、こうした戦略にも狂いが生じそうだ。
SBI証券は引受業務を担当する新規上場案件において、初値が公開価格を上回るよう、金融商品仲介業者などを使って顧客に買い注文をさせていた。12日付け日本経済新聞記事によれば、執行役員らが主導するかたちで金融商品仲介業者を通じて個人投資家に買い注文を出させていた。また、香港現地法人を使い機関投資家から買い注文を受託していた。
SBI証券、株価操作の疑い、新規上場の初値で…他社と比べて「度合い」焦点
SBI証券は22年度の新規株式公開案件の98.9%にかかわり(2023年12月13日付け日経新聞記事より)、引受業務において国内首位。SBIホールディングス(HD)の口座数は1100万を超え、口座数でもネット証券首位となっている。
「株価上昇のために大量の買い注文を入れて、取引成立前にその注文を取り消す『見せ玉』と呼ばれる手法が存在する。証券会社にとって、主幹事を担当した上場案件で初値が公開価格を下回るというのは、なんとしても避けたい事態。株価を操作すればその銘柄は実力値より価格が割高になり、しばらくすると下落するので、高値で株を買った投資家は損をする。そのため罪は重いが、今回の業務停止は数日程度になるとみられており、処分としてはかなり軽いという印象。
もっとも今後、上場を予定する企業がSBI証券にIPO引受業務を委託することを避ける動きは出るだろうから、SBI証券の経営への影響は少なくない。IPO引受で稼いだ収益を元手に日本株取引の手数料の無料化などに踏み込んできたが、今さら無料化をやめられないので、利益が出にくい体質になるかもしれないし、予想以上に業績が悪化すれば無料化を見直す可能性も出てくるだろう。
SBI証券、口座数で野村證券を逆転…崩れる野村の顧客基盤、最強の営業部隊の敗北
SBIHDに口座を持っている契約者に大きな影響はないだろうが、行政処分は同社の株価の下げ要因になるので、その意味で同社株を持つ一般投資家は損をすることになる」(金融業界関係者)
株価操縦としては、SMBC日興証券による事件が記憶に新しい。19~21年、東証1部上場(当時)の10銘柄について、終値を安定させる目的で市場が閉まる直前に計44億円の自社資金で買い注文を入れていたというもので、東京地裁は金融商品取引法違反を認定し同社に罰金7億円、追徴金約44億7000万円の支払いを命令。幹部社員にも懲役刑(執行猶予付き)の判決が出されている。
「SMBC日興証券の事件では東京地検特捜部が動いて起訴に持ち込んだため大事になったが、現時点ではSBI証券をめぐってそのような動きはない。金融庁による行政処分で幕引きとなるとみられている。ただ、SBI証券のやった株価操縦はかなり露骨かつ悪質であり、市場の公平性を歪めるもの。なぜ甘い処分で済んだのかが気になる」(全国紙記者)
当サイトは当サイトは23年12月14日付記事『SBI証券が株価操作の疑い、露骨な見せ玉で株価吊り上げか…投資家に損与える』で同社の株価操作問題に触れていたが、以下に改めて再掲載する(一部抜粋)。
――以下、再掲載――
SBI証券はどのような行為を行っていたのか。本件を取材する金融ジャーナリストの浪川攻氏はいう。
「SBI証券が上場の引受業務を担った案件において、上場日に初値が公開価格を上回りそうにない場合に、SBI証券が傘下の金融商品仲介業者に対し買い支えを指示したり、高い価格で買い注文を出させて約定する直前に注文を取り消させることで株価を吊り上げ、投資家に『まだ上がる』と思わせて買いを誘発させていた模様。いわゆる『見せ玉』という手法で、複数の案件で行っていたとみられる。主幹事を引き受けた企業に利益にもたらす一方、顧客である投資家には損をさせる行為であり利益相反が生じる」
一般的に証券会社では、自社が上場の主幹事を務める企業の株を公開前に顧客へ売り込むという行為は広く行われている。
「公開前の株について顧客に買うよう営業をかける行為は、業界的には『株価操縦には当たらない』という整理になっている。一方、今回のSBI証券の行為はあまりに露骨でわかりやすい株価操縦だといえる。ただ、たとえば『見せ玉』でも、約定する直前に注文を取り消すというケースは純粋な取引としてあり得ることではあるので、仲介業者がSBI証券の指示に基づき意図的にそのような行為を実際に行っていたということが立証されなければ、株価操縦だと認められない。監視委が勧告に踏み切るということは、客観的な証拠をつかんでいるのだと考えられる」(同)
金融庁からはどのような行政処分が出されるのか。
「昨年に元幹部が逮捕されたSMBC日興証券による株価操縦事件では、同社は一部業務について3カ月の業務停止命令を受けた。SBI証券も同レベルの処分を受ける可能性は考えられ、これはかなり重い処分」(同)
SMBC日興証券による事件
最近の株価操縦の事例としては、SMBC日興証券による事件があげられる。
「この事件では幹部社員個人にも懲役刑(執行猶予付き)の判決が出されており、それだけ株価操縦は重大犯罪だということ。日興証券の事案は組織ぐるみで大量の買い注文を入れるという『わかりやすい不正』で、証拠となる社内メールの存在などもあり、割と当局は立証しやすかったといえる。一方、今回のSBI証券の事案は『顧客に買い注文させていた』疑いがあるというもので、何をもって『買わせていた』と判断されるのか、かなり立証は難しいが、証監委は相当の証拠を得ているという印象。証券会社の営業担当者が会社が推奨する銘柄について注力して顧客に薦めるということは普通にあるし、IPOの主幹事を引き受けた企業の銘柄を顧客に積極的に売り込むことも普通に行われている。今回取り沙汰されているSBI証券の行動が、他の証券会社と比較してどれくらいの度合いのものだったのかが気になるところ」(同)
新興企業向けビジネスに積極的
企業の新規株式公開(IPO)意欲は旺盛だ。東京証券取引所の発表によれば、2023年の国内新規株式公開の件数は前年比13社増の124社の見込みで、過去10年間で2番目に多い。KOKUSAI ELECTRIC(旧日立国際電気)をはじめ初値ベースの時価総額が1000億円を超えた企業は前年比2倍の6社に上る。
SBI証券は22年度の新規株式公開案件の98.9%にかかわり(前出・日経記事より)、引受業務において国内首位。SBIHDの口座数は1100万を超え、口座数でもネット証券首位となっている。
SBIHDは積極果敢な行動で知られる。19年、地域金融機関との「第四のメガバンク構想」、いわゆる地銀連合構想を発表。SBIHDが過半を出資して持ち株会社を設立し、大手銀行や地方銀行、ベンチャーキャピタルなどに出資を募り、地銀に金融基幹システムなどのインフラのほか、商品・サービスを提供する構想を掲げた。地銀の島根銀行(松江市)、福島銀行(福島市)、清水銀行(静岡市)、東和銀行(前橋市)、じもとホールディングス(仙台市)などに出資を行い、地銀連合形成を進め始めた。21年には、新生銀行に対して銀行業界では異例の敵対的TOB(株式公開買い付け)をかけることを発表。買収を完了させ23年にはSBI新生銀行に社名を変更し、9月に上場を廃止して非公開企業となった。
新興企業向けビジネスにも注力している。傘下のSBIインベストメントは累計で7000億円超のベンチャーファンドを組成。今年11月にはAIやフィンテックなどの新興企業に投資するファンドの運用を開始し、金額は最大1000億円程度の見通しとなっている。
今年、金融業界を驚かせたのが、SBI証券が8月に発表した国内株式の取引手数料の無料化だ。これにネット証券2位の楽天証券も追随した一方、マネックス証券は追随しないと発表するなど、業界の動きは二分している。
「IPO引受業務の手数料などでしっかりと利益を稼いでいて体力があるSBI証券だからこそできる芸当。この手数料無料化でネット証券市場におけるSBI証券の一人勝ちの構図がますます強まった。10月にはNTTドコモがマネックス証券を子会社化したが、マネックスグループとしてはSBI証券に白旗をあげ、将来的に高い収益が見込めなくなったネット証券事業への関与を薄めていく意向だと受け止められている」(金融業界関係者)
(文=Business Journal編集部)