SBIホールディングスによる新生銀行へのTOB(株式公開買い付け)が佳境を迎えている。10月21日、新生銀行はTOBへの反対を正式に表明し、ついに銀行業界では初となる「敵対的TOB」に発展した。新生銀行によるホワイトナイト探しは難航しており、最終的には買収防衛策を株主に認めさせるだけの「魅力的な成長戦略」を示せるかが鍵となりそうだ。
SBIが新生銀行へのTOBを開始すると発表したのは9月9日。現在20%保有している新生銀行株を、最大48%まで引き上げることを目指している。SBIは近年、地方銀行への出資を進めており、新生銀行を事実上買収してその核とすることで「第4のメガバンク構想」を押し進めたいのだ。
その動きを阻止しようと、新生銀行は「ポイズンピル(毒薬条項)」と呼ばれる買収防衛策を導入することを取締役会で決議。SBI以外の既存株主に新株を渡すという内容で、SBIの持ち分割合を相対的に引き下げる効果がある。ただし、株主総会での承認を得た場合のみ、対抗措置を発動するとした。
両社は書簡をやりとりしながら激しくバトル。結局、買収防衛策の導入を審議する臨時株主総会は11月25日開催予定で、SBIのTOBの応募期限は、総会後の12月8日へと延長された。株主総会で買収防衛策が否決されれば、高いプレミアムがついているのでTOBが成立する可能性は高そうだ。
マネックス証券との提携がTOBの引き金に
そもそも両社は当初、ここまで対立していなかった。SBIは2019年、新生銀行に対して資本・業務提携を打診しているが、これは謝絶している。とはいえ、翌年の2020年にはSBIが設立した投資ファンド会社「地方創生パートナーズ」に新生銀行が出資しており、両社は話し合いができる関係にあった。
この関係にヒビが入ったのは、2021年1月に発表された、新生銀行とマネックス証券との証券業務に関する提携だ。新生銀行の投信窓販事業をマネックス証券に譲渡するというもの。
SBIは、「SBI証券との証券業務に関する提携の提案に対して、対象者(新生銀行)より何らの連絡もなく、突然マネックス証券との提携を発表されたという経緯を踏まえると、誠実な対話が成り立つ関係性は既に失われていたと判断した。(略)当該プレスリリース公表から現在に至るまで、対象者からSBI証券に対して業務提携先選定に係る詳細な説明が行われた事実もございません」(SBIのプレスリリースより)と、怒りをあらわにしている。
一方の新生銀行は「マネックス証券との業務 提携契約締結の発表を行ったのち速やかに当行よりSBI証券に対して選定結果の説明を行っております」(新生銀行のプレスリリースより)と両社の言い分は食い違っており、どちらが正しいのかはわからないが、これが両者の袂を分かつ大きな原因となった。
SBI証券とマネックス証券を比べると、口座数、投資信託数、委託手数料率の低さなどで、SBI証券のほうが優位に立っており、SBIが主張する「SBI証券が対象者(新生銀行)との提携先としては最善であった」という主張は、わからないでもない。しかし提携は相手あってのもので、表面的な数値だけで計り知れないものだ。
SBI激怒のもうひとつの原因
ここまでSBIが怒ったのは、もうひとつ原因があるといわれている。
「新生銀行は今年、撤退を決めた香港でのプライベートバンキング業務で、マネックス証券に借りがあったのです」
こう話すのは、両者をよく知る金融業界関係者だ。新生銀行は2015年、香港に日本人向けプライベートバンク「日本ウェルス銀行」を開業。新生銀行が50%を出資し、マネックスグループも10%出資している。マネックスの出資分は数億円で、今回の撤退によりほぼ無価値になってしまった。
さらに、新生銀行の工藤英之社長と、マネックスグループの松本大会長兼CEO(最高経営責任者)は、共に1987年東京大学法学部卒業の同期でもあり、仲が良いというのは金融業界ではよく知られた話だ。
SBIは新生銀行とのやり取りのなかで、「工藤英之氏が代表取締役社長に就任してから本日までに社外取締役として在籍した実績のある計8名のうち、(中略)計4名の方がゴールドマン・サックス証券株式会社またはマネックスグループ株式会社との関係を有しております。このように社外取締役が特定の出身母体に偏っていることで、公正かつ活発な議論が期待できず、中立性も損なわれると思われる」と言い放っている。
大株主のSBIには冷たくし、個人的にも親しいマネックスばかりに便宜を図っている新生銀行の経営陣には、ガバナンスが効いていないのではないか――。SBIの北尾吉考社長の目にこう映ったことで、SBIはTOBに踏み切ったのだ。
TOB成否のポイントは?
では、今後の展開はどうなるのか。SBIによる敵対的TOBの成否は、次の2つのポイントにかかっている。
1つ目は、新生銀行がSBIよりも好条件を出してくれる「ホワイトナイト」が見つけられるか。2つ目は、11月末にも行われる新生銀行の株主総会で、買収防衛策が可決されるかどうかだ。
現在、新生銀行はホワイトナイト探しに躍起になっている。財務・法務のアドバイザーとしては、三菱UFJモルガン・スタンレー証券とアンダーソン・毛利・友常法律事務所を指名した。
あるM&Aアドバイザー幹部によると「新生銀行幹部から何度も『ホワイトナイト』になるスポンサーがいないかと打診を受けている。国内外の企業、ファンドに当たっているが、快い返事はもらっていない」と話す。
セブン&アイ・ホールディングス、オリックスなどの候補者の名前が挙がるが、TOB発表から1カ月以上たつも音沙汰なし。スルガ銀行の筆頭株主であるノジマという話もあったが、スルガ銀行の経営陣との対立からトラブルとなっており、固辞したという。
投資ファンドにも打診をしているが、二の足を踏むファンドが多いという。そもそも筆頭株主であった米投資ファンド「JCフラワーズ」は、2019年に持ち株を売却しようとしたが売り先を見つけられず、市場で株式を売却して撤退しているという銘柄だけに、ファンドとしても勝算を見いだしにくいのだ。
新生銀行は政府による公的資金が入ったままであり、その返済プランも描く必要がある。現在の株価は2000円前後で推移しているが、公的資金を返済するには1株7500円まで株価を引き上げる必要があり、ハードルは高い。
ホワイトナイトが見つけられない場合は、買収防衛策を株主総会で可決させるしかないが、これも不透明だ。
SBIは38%という高いプレミアムをつけて買収するとしており、株主にとってはこちらのほうが魅力的に見えるかもしれない。また、SBIが出資している地銀との業務上の相乗効果も期待でき、業績回復の絵を描きやすく見える。
対する新生銀行は、株主総会で買収防衛策を可決させるためには、株価上昇が見込めるような業績回復のシナリオを株主に示す必要がある。新生銀行の元役員は、現在の新生銀行について、「縮小均衡の施策ばかりで前向きな施策が少なく、優秀な行員から辞めていくという状況が続いている」と嘆いている。
3カ年中期経営計画はほとんど未達という状況で、直近の中期経営計画(2019~2021年度)では、連結当期純利益の目標を掲げることをやめてしまった。2020年度の連結当期純利益は451億円で、年々減少傾向にある。
2020年度の業績を見ると、預金・投資信託販売などの「リテールバンキング」のセグメント利益は7億円の赤字。そのうち証券窓販業務は、前述したようにマネックス証券に業務を移管して、なんとか水面上への浮上を目指しているところだ。
稼ぎ頭はクレジットカード・ローンのアプラス、消費者金融のレイクといった「コンシューマーファイナンス」。セグメント利益299億円を稼いでいる。これは子会社によるノンバンク事業で比較的順調ではあるが、本体との相乗効果は薄い。
事業法人・金融法人向け融資・サービスを展開する「法人業務」のセグメント利益は175億円で、コンシューマーファイナンスと並ぶもう一本の柱だ。しかし、社員の不満はくすぶっているようだ。
「投資銀行業務へのシフトを進めているのはわかるが、法人向け融資は利ざやが薄いとして、新規融資は非常に慎重になりすぎている」(新生銀行行員)
既存の融資先との取引を解消にも力を入れており、取引解消に成功した部署には数百万円の収益をつけるという施策まで導入して融資先の足切り進めており、社員の士気が上がっていない。
もちろん、法人向け融資の利ざやが薄いのはどの銀行も同じで、業務縮小という方針は間違っていないともいえるが、行員の適切な配置がされていないために法人向け融資は仕事がなく、人員が余っている状態で非効率だという。
こうした厳しい状況のなかで、新生銀行は新たな成長戦略を描くことができるのだろうか。
SBIが株式取得を48%にとどめる理由
SBIのTOBについても、問題がないわけではない。新生銀行は48%の株式取得で実質支配するというシナリオにクレームをつけている。
「本来的には株主、とりわけ少数株主との利益相反の問題を回避するために、銀行持株会社認可を得て100%の株式を取得されるべきであると当行は考えます」(新生銀行のリリース)
残り52%の株主にとっては、保有する株式をすべて買い取ってもらえない可能性があり、TOBに諸手を挙げて賛成とは言いにくい面もある。
SBIとしては少ない資金で効率的に買収を狙っている節があるので、新生銀行が主張する100%の取得は避けたいところだ。また、100%取得となると、金融庁の認可が前提となるほか、銀行持株会社になると不動産業などの業務が行えなくなるなどの縛りがあるため、48%しか持たずに実効支配したいのだ。
公的資金が残る最後の銀行となってしまった新生銀行。SBI、新生銀行、はたまたホワイトナイトの誰が勝者になるのか、まだ混沌としているが、国民の血税を取り戻すためにも是が非でも再生してもらいたいところだ。
(文=石井和成/ライター)