人によって「よいクルマ」の条件は変わるものだ。
たくさんの人や荷物を載せたい。迫力のあるクルマがほしい、高い走行性能を持つハイパフォーマンスカーがほしい……などなど、人がクルマに求めるポイントはそれぞれ。しかし、それだけでいいのだろうか。そうした見た目や機能、パフォーマンスの能力が高いだけでは、真の意味でよいクルマというわけではないのではないか。
そこで今回は、クルマ購入時に最も重視すべき「よいクルマ」の条件について考えてみたいと思う。
「年間8000km」以上の走行で「過走行」とされてしまうクルマ事情
国土交通省の発表によると、自家用乗用車の年間平均走行距離は約1万575km。さらにソニー損保が2019年に発表した全国カーライフ実態調査によれば、自家用車を所有する1000人にアンケートしたところ、年間走行距離3000〜5000kmの人は31.4%、5000〜7000kmが18.8%とのこと。つまり、およそ50%の人は年間7000kmもクルマには乗っていないというわけだ。
実はこの7000kmという数字には大きな意味がある。買取店などでマイナス査定のポイントとなる「過走行」の定義は、古いクルマを除けば、年間約8000kmとされており、この7000kmという数字に近い。新車購入して3年しか経過していないクルマでも、走行距離が3万kmを超えていると「過走行車」という扱いになってしまう。
年間走行距離が多ければ任意保険の保険料も高くなるし、今はやりの個人リースでも、契約する年間走行距離をオーバーしてしまうと、クルマ返却の際に追加料金が発生する。
年間8000kmというと、月間約670km。ハイブリッド車のプリウスならば、燃料満タン1回で走行できる距離だ。現在のように燃費のよいクルマが増えてくると、ガソリンスタンドが生き残れないのもよくわかろうというもの。
そんな現代のクルマ事情のなか、筆者は取材で、4日間で約4300kmを走るというタフなロケを行った。当初は1週間の予定だった。東京から高速道路を利用して四国の高知、愛媛を経由し、瀬戸大橋を渡って九州・鹿児島へ。そして九州を高速道路で回り、東京へ戻るというプラン。しかし運悪く台風10号が発生し、まさに上陸するタイミングに当たってしまい、急遽4日間で行うことに。しかも復路は愛知や静岡ですでに雨が降り始めていたため、嵐を避けるために名神から北陸道、上信越道、関越道を経由したことでプラス200kmとなってしまった。しかし結果、雨にも降られず道も空いており大変快適に東京まで戻ってくることができた。
BMW 320d x-Drive ツーリング M Sportsで、腰痛が発生しないドライビング!
というわけで前置きが長くなったが、4日間で約4300kmという非常識な距離を走行したからこそ、本当の意味で「よいクルマ」の条件が見えてきた、というわけなのだ。今回ドライブしたのは、BMW 320d x-Drive ツーリング M Sports。現在日本のクルマ市場においてステーションワゴン人気は下火となっているが、欧州ではこうしたステーションワゴンに荷物を詰め込み、大陸をロングドライブしてバケーションに向かうといったことも珍しくない。現代日本で人気のミニバンやSUVといったクルマは、ドライバーの目線が高く運転しやすい反面、重心が高くなるためカーブを曲がるときなどはクルマの傾きが大きくなってしまう。しかしステーションワゴンはセダン同様に重心が低いため、クルマの傾きも少なく、無駄な揺れが起きないので、乗員全員が疲れにくい。
BMW 320d x-Drive ツーリング M Sportsの高い走行性能、そして精度の高い運転支援システムに助けられたのは間違いないが、1日12時間以上運転していると、どうしても気になるのが腰痛だ。しかし今回、これだけ長時間の運転を毎日続けていても、腰痛はまったく起きなかった。さらに後席に同乗者がいたのだが、こちらも腰痛はまったく起きず快適だったという。そう、つまり本当に「よいクルマ」というのは、結局のところどんなに乗っても腰痛が発生しない「よいイス」を装着しているクルマなのではないか、と思うにいたったのだ。
多くの人は新車を購入する際、販売店で試乗をすると思うが、その時、主に何に注意するだろうか。エンジンのパフォーマンス、視界、ユーザーインターフェイスなどのユーティリティ……いろいろとあるだろう。しかし、限られた試乗時間で最も重視してもらいたいのは、そのクルマのシートが自分の身体にフィットするかどうか。そして違和感がないかどうかだ。
実はルノーやプジョー、シトロエンといったフランス車のシートも非常に疲れにくい
年間200台以上のクルマに接している筆者は毎回、シートの座り心地をチェックするようにしている。ドライバーシートに座り、スライド、リクライニング、そしてステアリングの高さなどを調整して正しいドライビングポジションを作る。その際、尻や太もも、肩回り、腰などにシート面がキチンとフィットするかどうかをチェックする。この時に最も重要なのは、「本当に正しいドライビングポジション」が作れているかどうかだ。よいシートは乗員の身体を広い面で支えてくれる。そのことによって圧が均等になるため、圧倒的に疲れが出にくい。これは座ってみれば数分でわかることだし、逆に違和感を感じ「なんか落ち着かない……」という感覚が生じるのであれば、それはつまり、身体にシートがフィットしていない、要は少なくともあなたの身体には合っていないのだ。
その点、今回ドライブしたBMWやメルセデス・ベンツといったドイツ車はしっかりと作り込まれているのが一般的だが、実はルノーやプジョー、シトロエンといったフランス車のシートも、絶品で非常に疲れにくいと感じさせられることが多い。国産車では日産のゼログラビティシートをはじめ、マツダ、スバルはシート作りにこだわっていて、ロングドライブをしても非常に疲れにくい。ちなみにこれは新車だけでなく、中古車でも同じこと。たとえもともとの形状がよかったとしても、シート内部の素材がへたっているとしっかりと身体が支えられず、結果として運転中の疲労増加へと繋がってしまう。
期せずして苛酷なロケとなったことから、筆者はクルマシートの重要性を改めて感じることができた。もちろん運転支援システムなどの最新機能も大切だ。しかし新車を試乗する際には、そうした機能だけに飛びつくことなく、シートの座り心地もしっかりとチェックしていただきたい。それは、スペックや数値には表れにくい、クルマの「本当の性能の高さ」を表すものなのだ。
(文=萩原文博/自動車ライター)