5月8日の記者会見で榊原氏は、「デフレ脱却による経済再生は正念場だ。そのため、提言した政策を実現できるよう全身全霊を傾けたい」と語った。そのうえで「これまでミスター東レと内外から呼ばれたが、今後はミスター経団連として生きていきたい」と述べた。
また東レは、ノーベル化学賞受賞者で理化学研究所前理事長の野依(のより)良治氏を6月24日付で社外取締役に起用する。同社は起用の理由について「専門家の立場から助言を得たい」と説明している。野依氏は有機合成化学の世界的権威で、04年から特別顧問に就いていた。「理研では野依氏の理事長在任中にSTAP細胞問題が起き、今年3月に退任したが、理事長として説明責任を果たしてこなかった。理研という組織を守るために、真相をうやむやにしたまま早期の幕引きを図ったとの批判も多い。果たして東レの社外取締役として経営へのチェック機能を果たせるのか」(市場筋)という声も多い。
繊維業界で独り勝ち
東レの足元の業績は絶好調だ。2015年3月期連結決算の売上高が前期比9%増の2兆107億円、純利益は19%増の710億円だった。売上高、純利益とも過去最高を更新した。16年3月期は売上高が12%増の2兆2500億円、純利益は22%増の870億円になる見通し。2期連続の最高益であり、増益に伴い、配当も1円増の年間12円とする方針で、増配も2期連続となる。
事業別では炭素繊維関連の好調さが目立つ。米航空大手ボーイングからの受注増や圧縮天然ガスタンク向けに加え、自動車、風力発電用の風車向けも順調。同部門は2期連続の増収増益を見込んでいる。主力の繊維事業も2ケタの増益になる見込み。おむつ用の不織布や自動車用エアバッグ向け素材の出荷が増える。
合成繊維大手の15年3月期連結決算は明暗を分けた。東レと競合する帝人とユニチカは不採算事業の減損損失を計上して最終赤字に転落。東洋紡は減収減益だった。東レの独り勝ちである。
苦境から黄金期へ
構造不況業種とされた合成繊維メーカー各社は構造改革に乗り出した。祖業の周縁にある樹脂やフィルム、医薬・医療事業が収益の柱になった。だが、東レは一味違った。日本の衣料市場は成熟化しているが、繊維産業自体が成熟したわけではないとの判断から、東レは繊維にとどまった。東レは一朝一夕で勝ち組になったわけではない。