東京証券取引所は2020年2月にも、東証2部の企業が1部に移行する基準を緩和する。現行のルールでは東証2部から1部に昇格するには適正意見がついた有価証券報告書が過去5年分必要だが、東証はこれを過去2年分に短縮する。
市場では「東芝を救済するための措置」との批判が強い。東芝は米原発子会社ウェスチングハウスの巨額損失を隠したとして、当時の監査法人が決算の一部を「意見不表明」とした。東芝は巨額損失を計上し、17年3月期末に債務超過に。東証は上場ルールに沿って17年8月、1部から2部に降格させた。基準が緩和されれば、東芝の1部復帰が早まる。東芝は19年3月期までの2年分について適正意見がついた有報を提出しており、1部復帰への申請のハードルは低くなる。
東芝は19年12月13日、「(基準緩和の)最終決定を踏まえ、極力早期に1部指定に向けた申請を行いたい」とコメントを発表した。東証1部への復帰に向け、車谷暢昭会長兼最高経営責任者(CEO)直轄の社内組織を立ち上げた。
上場子会社3社を完全子会社にし、親子上場を解消
東芝は1部復帰に向け、コーポレートガバナンス(企業統治)のかたちを整えてきた。12人の取締役のうち10人を社外取締役が占め、そのうち4人が外国人だ。15年に発覚した不適切会計では社外取締役が有効に機能していなかったことが指摘され、その反省を踏まえた措置である。
19年11月13日の決算発表の席上、親子上場解消策を打ち出した。発電設備を手がける東芝プラントシステム、半導体製造装置のニューフレアテクノロジー、船舶や産業向けの西芝電機の3社を完全子会社にすると発表。総額2000億円を投じてTOB(株式公開買い付け)を実施し、非上場とする。12月25日まで実施していた東芝プラントシステムと西芝電機のTOBは成立した。
親会社と子会社がともに株式を上場するのは海外では異例。日本特有の資本政策として敬遠されている。東芝株主の7割を占める海外投資家は子会社のガバナンスを確立できていないと問題視してきた。東芝は上場子会社4社のうち、POSなど流通系端末で同シェア5割の東芝テックを除く3社を完全子会社とする方針だ。
ニューフレアテクノロジーのTOBにHOYAが参戦
親子上場解消策に基づき東芝(名義は東芝デバイス&ストレージ)は、50.0%(19年9月末)出資する半導体装置のニューフレアテクノロジーの完全子会社を目指し、19年11月14日から1株1万1900円でTOBを実施した。期間は12月25日までだった。
ニューフレアも東芝の完全子会社になることに賛成していた。ここに割って入ったのが眼鏡レンズや半導体マスク基板に強いHOYAだ。半導体部材にも力を入れている。12月13日、HOYAは東芝の買い付け価格より1000円高い1万2900円でニューフレア株を買い取ると発表。東芝に対し、「ニューフレアの完全子会社化をやめてHOYAの買収に応じるように」求めた。
HOYAは東芝によるTOBが成立しなかった場合にのみ、20年4月にTOBを開始する考えだ。最大1477億円を投じ、ニューフレアの全株取得を目指す。ニューフレアの株主に賛同を求め、東芝によるTOBを阻止する構えだ。HOYAの参戦を受け、東芝はTOBの期間を20年1月16日まで延長した。TOBを5大手企業同士が競い合う展開となった。
鍵を握るのは東芝機械
ニューフレアテクノロジーは2002年に東芝機械から半導体装置事業を継承した。電子ビームを使い、半導体の原板に回路を描く装置で世界8割以上のシェアを持つ、ハイテク・ニッチ企業である。19年3月期の売上高は578億円、営業利益118億円。利益率が2割を超える優良会社だ。
一方、HOYAは半導体ウエハーに回路を描く原板となるガラス製品で7割以上のシェアを持つ。半導体メーカーと取引のあるニューフレアを取り込めば、製品開発のスピードが上がるとみている。東芝によるTOBは親子上場解消が目的だが、HOYAとニューフレアの組み合わせは、「ニッチ市場のトップを目指す前向きのTOB」と評価する声が市場関係者からあがる。
カギを握るのが、ニューフレア株の15.07%(19年9月末時点)を保有する東芝機械だ。東芝のTOBを成立させるには14.27%以上を買い付ける必要がある。東芝機械が賛同に回れば、ほかの投資家が反対してもTOBは成立する。
東芝機械は社名に東芝とつくものの、東芝の出資比率はわずか2.77%(同)。17年に東芝は保有していた東芝機械の株式を売却しており、東芝グループから完全に離れている。20年4月には社名を芝浦機械に変更する。東芝に代わって東芝機械の筆頭株主となったのが、旧村上ファンドの村上世彰氏が率いるオフィスサポートだ。株式を継続的に買い増しており6.25%(同)を保有。さらに、旧村上ファンド系の南青山不動産もニューフレア株を12月に5.02%を保有していることが明らかになった。第3位株主にあたる。東芝機械とニューフレアの両方に影響力を行使する構えをみせている。
旧村上ファンド勢はTOB価格の引き上げを狙う。東芝機械は、大株主の意向を無視して、買い取り価格がHOYAより1000円安い東芝のTOBに応じることはできないだろう。東芝の選択肢は限られている。TOBを成立させるには、HOYAを上回るTOB価格を提示する必要があるだろう。もしくは、東芝がニューフレア株を売却して700億円を超えるキャッシュを手に入れるかだ。2つに1つしか方法はない。
ドル箱の東芝メモリを売却
東芝の19年9月期中間決算(米国会計基準)は、本業の儲けを示す営業利益が前年同期比7.5倍の520億円に膨らんだ。全部門が増益だった。だが、純損益は1451億円の赤字(前年同期は1兆821億円の黒字)に転落した。4割を出資する半導体メモリの関連会社、キオクシアホールディングス(旧東芝メモリ)の業績低迷や、米国の液化天然ガス(LNG)事業の売却損(約900億円)を計上した点が響いた。
20年3月期の営業利益は前期比4倍の1400億円を見込む。中期経営計画の最終年度である22年3月期の営業利益の目標(2400億円)を達成するには、今期見通しから1000億円積み上げる必要がある。“ドル箱”だった東芝メモリを売却したため、達成に向けた成長エンジンがない。東芝の再建は茨の道だ。東芝の東証1部復帰への最初の試金石は、ニューフレアの争奪戦にどうやって勝利するかである。
東芝の車谷CEOの評判は相変わらず良くない。原子力や半導体、ITなど安全保障上で重要な日本企業への出資規制を強化する外国為替法改正案が19年の臨時国会で成立した。「トランプ氏が中国を念頭に外資規制を強化する新法を成立させたのを猿真似した」(金融筋)ものだが、車谷氏が暗躍したといわれている。首相官邸の“影の主役”となった今井尚哉・首相補佐官を通じて、財務省に外為法の改正を働きかけた、とされている。
「東芝は青い目の“物言う株主“が大株主。経営を振り回されかねないとの懸念が強かった。自社を守るために外為法の出資規制の強化を働きかけた」(官邸筋)というのだ。足しげく官邸詣をする姿が目撃されていた。
(文=編集部)