数年前と比較して多少回復の兆しがあるものの、いまだに消費市場は厳しい環境だといえる。新製品の開発や新規事業のスタートなど新しい取り組みにチャレンジしている企業も少なくない。
新規ビジネスと一言でいうのは簡単だが、実際には何から手を付けていいのかがわからないというのが大半であろう。わからないときは「顧客に聞く」というのが、マーケティングの鉄則である。
スターバックスの新業態
ひとつのヒントになりそうなのが、スターバックス・イブニングスだ。コーヒーチェーンであるスタバは、働く女性をターゲットとしてアルコールも提供している。すでに本国アメリカでこの業態の店舗は約250店舗展開されており、アジアでは初めて日本で3月末にオープンした。
日本1号店の東京の丸の内新東京ビル店では、ワイン・フラッジーノというフローズンのドリンク(900円)や、赤ワインとスイーツのセット(1200円)をはじめとして、ビールやラタトュイユなども提供されている。
そもそもスタバは自店舗を、自宅、会社または学校に続く「第3の場所=Third Place」と位置付けている。このコンセプトは、「スタバが売るのは、コーヒーだけでなくお客様がゆったりとリラックスできる場所」という意味になる。イブニングスもこのコンセプトの延長になる。第3の場所という変わらぬコンセプトで、「コーヒーだけでなくワインと軽食」も提供する、ということだ。
ターゲットは女性ビジネスパーソン
注目すべきは、ターゲット設定にある。ホームページで「スターバックスが大人の女性に提案する」と記載されているように、女性がメインになっている。価格設定をみても、ワインは850円からで、少し前から流行しているバルとほぼ同じ価格帯になる。帰宅前に「大人飲み」するのにちょうどいい価格設定といえる。
エキナカのプチワインバーなどを見ても、女性が一人で読書しながらワイングラスを傾ける姿をちらほら見かける。ここからトレンドになり、さらに女性の一人飲みの文化が根付くかどうかはとても楽しみである。
スタバ・イブニングス
冒頭でも書いたように、新業態や新製品の開発は容易ではない。モノも情報もあふれている今、技術やモノありきの自社目線での製品開発では、市場に受け入れられないことも多く、模倣されコモディティ化しやすい。
まず、スタバに学ぶべきは自社の理念でもある「第3の場所」から離れずに、新業態を開発した点にある。生活にアクセントをつける非日常の空間を提供するというコンセプトは、消費者に広く認識されている。自社独自の強みである事業領域から大きく外れることなく、その空間で販売しているコーヒーをワインやビールに変えたということになる。顧客に対して、スタバとその内容は広く深く知られているので、あとはその空間で何が楽しめるのかを伝えるだけでよい。
これが自社のビジネスを「コーヒーを販売する企業」と定義づけていたら、このイブニングスというコンセプトは生まれなかったであろう。そして、過当競争による値引き合戦に巻き込まれていくであろう。
次に、女性ビジネスパーソンに焦点を当てている点も興味深い。仕事帰りに一人でちょっとお酒を飲んで帰る、という文化は男性には一般的だが、女性にとってはまだこれからである。
しかし、立ち飲み居酒屋での女子会などは徐々に浸透しているのも事実である。かえって、既存の潜在的な顧客層である男性をターゲットにしては、競争も激しい上に女性たちは入りづらくなってしまう。このターゲット設定から女性顧客層に向けての「一人ちょい飲み女子」という新カテゴリーを開発しようとする意気込みすら感じられる。
自社の核になる事業領域から外れずに、顧客層を絞りチャレンジする。この戦略は他業界の企業にとっても大いに参考になる。
(文=理央周/マーケティングアイズ代表取締役、売れる仕組み研究所所長)