「3月31日で、従業員全員を解雇しました」
神奈川県内で中古物品買取店を営んできたA社の社長が一大決心をした。従業員は全員で10人。今後は規模を縮小して、社長1人で経営を続けていくという。
A社の主な事業内容は「日本で不要になった使えるものを国内や海外へ売り渡す」ことだ。出張買い取りを積極的に行い、携帯電話やパソコン、小型家電、ゲーム機などを海外に転売してきた。たとえば、人気商品である家庭用ゲーム機「プレイステーション3」を筆頭に、ニーズがある商品を海外へ大量に卸していたのだ。
A社は中古品を山ほど抱えているため、筆者もパソコンの調子が悪くなると、データが消去されている中古品を何度も買ってきた。つい先日も、ワイヤレスのキーボードが接触不良になったため、中古のキーボードを購入したばかりだ。
では、なぜA社の社長は全員解雇という苦渋の決断を下したのか。その理由を語ってもらった。
“お宝品”をホームレスから買い取ったことも
「10年ほど前までは中古品の需要と供給のバランスが良く、大量に買い取って海外に卸すのが主流でした。年商が億を超えることも珍しくなかったです。たとえば、引っ越しの際に中古のゲームソフトを捨てたいという人がいると、なるべく高額で買い取ってきました。数が多ければ単価を安くして、リサイクルに金がかかる中古品(テレビ、冷蔵庫、エアコン)などを安く買い取りもしました」
軽トラックで「ご不用になったテレビ、パソコンを買い取ります」などとアナウンスをしている業者を目にしたことがあるだろう。A社では、そうした手段のほかに、ゴミ置き場に捨てられている“お宝品”をホームレスから買い取ることもあったという。
しかし、「メルカリ」や「ジモティー」などの普及で個人間売買がネット上で手軽にできるようになり、事業が厳しくなっていった。
「うちのような業者の存在価値が、年々低くなっていきました。人気商品を数多く所有する人たちからの供給が減り、それに伴い、利ザヤ(転売による利益)の減少も顕著でした」
そして、コロナ騒動の影響で主要取引先の海外で買い控えが始まり、売り上げ減少に拍車がかかった。
「先日も、シンガポールから『PS3を1000台ほど売りたい』との話が来ましたが、輸入をしても日本で売りさばくメドが立ちません。コロナ騒動で品物が動かないのです。しかも、この業界はツケ(売り掛け)が多く、商品を送っても、現地ですべて売れてから入金されることもしばしば。『(競合他社は)待ってくれてるよ』などと言われます」
マネロン防止で銀行が海外との取引を注視
半年ほど前から、海外との取引がうるさくなったことも要因のひとつだ。
「マネーロンダリング防止のため、海外からの送金があると、銀行が『これはなんのお金ですか?』と言ってきて、5枚ほどの書類を提出しなければならなくなりました。以前は電話で数分で済んでいましたが、そうしたやり取りに1時間くらいかかるなど、手間がかかって効率が悪くなってきたのです。特に、ガーナやナイジェリアなどのアフリカ諸国、カンボジアなどはマネーロンダリングがやりやすい国なので、取引をすると銀行が目を光らせてきます。金持ちが多いシンガポールなどは、ゆるいんですけどね。
業界自体が下り坂なところにコロナ騒動が起きて、『ノーフューチャーだな』と規模縮小を決心しました。海外取引をやめて、今後は現金での国内取引をメインにします」
この社長は、従業員の解雇にあたり「会社都合」を選択した。そのため、従業員たちはすぐに最大11カ月分の失業手当の給付を受けることができる。会社が厚生労働省からの助成金や休業補償を受け取れなくなる可能性もあるが、それも覚悟の上での決断だ。
社長は、決してめげてはいない。「ピンチはチャンスととらえ、新たな事業を開始していく。また、人だって雇うかもしれない」と、その目は未来を見つめていた。
(文=後藤豊/フリーライター)