世界の鉄鋼業界が、コロナショックで未曽有の状況に直面している。鉄鋼に対する需要が、これまでに経験したことのないような落ち込みを示しているからだ。それに伴って、わが国の鉄鋼大手JFEスチール(JFEホールディングス傘下、以下JFE)は、これまで何回か業績見通しを下方修正している。米国をはじめ、主要国のGDP成長率予想が引き下げられているなか、市場参加者の間ではJFE全体の業績がさらに悪化するのではないかといった懸念が増している。
その上、同社の財務内容への懸念も高まりやすくなっている。背景の一つとして、4月20日には需要低迷への懸念などからWTI原油先物価格がマイナス40.32ドル/バレルまで大きく下げた。原油価格は米国のジャンク債の価格との相関性が高い。今後の展開によっては、米国のシェールガス企業の発行したローンを基に組成された証券化商品(CLO)の価値が急落し、それを保有してきた金融機関の経営不安が高まる可能性がある。JFEをはじめわが国企業は収益・財務両面のリスク上昇への対応を準備しなければならない。
事業体制に不安を抱えるJFE
2002年、旧川崎製鉄と旧日本鋼管(NKK)は経営統合を行い、JFEが設立された。背景には、過剰な生産能力などの解消や、中国、インドをはじめとする新興国企業の台頭に対抗するなどの目的があった。
経営統合後の同社の事業運営の状況を確認すると、JFEが効率的な経営資源の再配分を通してより安定した生産体制を確立できたとはいいづらい。そう考える一つの要因として、昨年、JFEの国内にある主力の4製鉄所のうち、3つにおいてトラブルが発生した。また、製鉄所の復旧にも時間がかかった。鉄を生産する企業にあって、こうした状況はあってはならないはずだ。
これは、同社が安定した事業継続体制を整備できていなかったことの裏返しといってよいだろう。その要因として、経営統合に伴う資産の圧縮、高齢化による熟練従業員の減少などが考えられる。同時に、同社にとって重要な顧客である自動車メーカーなどからは、品質の向上と価格の引き下げ要求が高まった。1990年代のバブル崩壊後に事業の縮小を迫られた鉄鋼メーカーにとって、効率的な事業運営と付加価値の向上を同時に目指し、実現することはかなり難しかったといえる。
さらに、2018年には米中の通商摩擦が激化した。中国経済は成長の限界を迎え、中国鉄鋼業界の過剰生産能力も一段と深刻化した。そうしたなかで設備トラブルが続けば、JFEの収益力は悪化し、財務面の不安定感も高まってしまう。2019年2月、同社は早急に事業運営の体制を安定させるために、新しい経営体制に移行した。その目的は、設備トラブルが続き、市況悪化への対応が難しくなるという悪循環を食い止めることにあったと考えられる。同社は、技術に精通した人物を経営トップに据え、スピード重視で抜本的な構造改革を進めようとした。
その後もJFEへの逆風は強まった。2019年、世界的な供給過多を受けて鉄鋼製品の価格は下落した。2019年、世界最大手のアルセロール・ミタルは4年ぶりの最終赤字に陥った。2019年年末ごろからは、中国の鉄鋼メーカーの生産が増加し、鉄鋼市況にはさらなる下押し圧力がかかった。
コロナショックによる需要の消滅
2020年1月以降、過剰な鉄鋼生産能力を抱える中国を中心に、世界経済全体が新型コロナウイルスの感染に直撃された。コロナショックの発生により、JFEの業績懸念は追加的に高まっている。端的に、コロナ禍は世界の鉄鋼需要を消滅させているといっても過言ではない。国内だけでなく、海外でもJFEの高炉が一時休止に追い込まれている。さらに、国内の製鉄所では従業員の一時帰休(一時の休職)を余儀なくされている。同社はキャッシュの流出を食い止め、当面の財務内容の安定を目指そうと必死だ。
問題は治療薬が開発中であり、コロナショックがどう収束するかが読めないことだ。治療薬などが開発されていない中で各国が感染から国民を守るためには、都市や国境の封鎖によって人の移動を厳しく制限するしかない。それによって、一時的に実体経済は落ち込む。つまり、需要が急速に冷え込み、生産活動が混乱する。
その影響は、当初の想定を上回っている。その証拠に、米国の大手金融機関が公表する経済見通しを見ると、時間の経過とともに米国経済をはじめとするGDP成長率が下方修正されている。米議会予算局(CBO)は4~6月期の米実質GDP成長率がマイナス40%(前期比年率換算ベース)に達するとの予測を公表している。状況によっては世界経済が1930年代前半の“大恐慌”に匹敵する、あるいはそれを上回る停滞に落ち込む恐れは排除できない。
この状況は、過剰生産能力が膨張してきた世界の鉄鋼業界にとって非常に厳しい。中国では、経済活動の再開とともに国有の鉄鋼メーカーの産出が高まるだろう。どの企業もできるだけ有利な価格で、より多くの鉄鋼製品を販売したいはずだ。
公共事業などによって景気を持たせてきた中国では、資本の効率性が大きく低下している。これまで以上に鉄鋼需要が落ち込む展開は避けられず、世界の鉄鋼市況にさらなる下押し圧力がかかるだろう。構造改革を進め収益力の安定と向上を実現しなければならないJFEを取り巻く環境は一段と厳しさを増している。
高まる金融市場の不安定化リスク
また、コロナショックは世界の金融市場の不安定性を高める恐れがある。そう考える一因として、原油先物価格が初めてマイナスに陥ったことは無視できない。現在、世界全体で原油の貯蔵能力が限界を迎えつつある。同時に、鉄鋼同様、原油需要は低下している。原油価格の推移は、米国の非投資適格級のシェールガス企業などが発行した社債などの価格に大きく影響する。さらに、世界的な低金利環境下、世界各国の大手金融機関がシェールガス企業などの発行したローンを証券化した金融商品(CLO)を保有してきた。
米ダラス連銀のアンケート調査によると、シェールガス業界が収益を得るには、WTI原油先物価格が49ドルを上回らなければならない。原油価格が40ドル台に下落した場合、同業界の15%程度の企業が1年以内に債務返済に行き詰まると答えている。
仮に、原油価格が20ドル台などの水準で低迷すると、かなりの企業がデフォルトに陥る恐れがある。現在、FRBが社債などを購入し、信用リスクが高い企業の資金繰りがなんとか支えられているが、企業の収益と財務内容が一段と悪化すればそれも限界を迎える。本当にそうした状況が現実のものとなれば、各国の大手金融機関が保有するCLOの価値は大きく下落する。その場合、世界の金融システムはリーマンショックを上回る混乱に陥る可能性がある。
そのリスクシナリオはJFEにとって無視できない。原油価格の動向次第では、わが国の金融システムにも相応の影響が波及し、企業の資金繰り懸念が高まる展開は否定できない。その中で、鉄鋼市況の悪化が鮮明となれば、JFEが保有する資産の価値が下落して減損処理を余儀なくされ、同社がかなり厳しい事業環境を迎えることもありうる。
この問題は、JFEに限らず、わが国企業全体にかかわる。JFEをはじめ各企業にとって、より厳しい状況が現実のものとなった際、どう資金繰りを確保し事業の継続を目指すか複数のシナリオを準備する必要性が高まっている。コロナショックはグローバル経済が抱えてきた問題を一段と深刻化させ、外部の要因に依存してきたわが国経済の先行き懸念を高めている。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)