新型コロナ・V字回復プロジェクト…全国民が定期的に感染状況を検査で確認できる体制が重要
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大は、我々の社会に深刻な影響を及ぼしている。例えば、内閣府の「2020年1-3月期・四半期別GDP速報(1次速報値)」では、2020年1-3月期の実質GDP成長率は年率マイナス3.4%(前期比)であったが、民間エコノミスト予想の平均では4-6月期の成長率は年率20%超(前期比)であり、筆者も戦後最大の落ち込みとなる可能性が高いと予想する。
また、2020年版の中小企業白書(2020年4月20日閣議決定)では、「宿泊業・飲食サービス業では、今後半年間で資金繰り難が深刻化する可能性」を指摘している。また、2018年度の法人企業統計調査(財務省)によると、資本金1000万円~5000万円の中小企業が保有する現預金は運営コストの約3カ月分しかない。
緊急事態宣言は解除されたものの、感染拡大の第2波・第3波が到来する可能性もある。今後発生する経済的な損失をいつまでも財政が穴埋めすることは不可能であり、一律の外出制限や営業自粛が我々の社会活動や経済活動に及ぼす影響も大きい。
まさに時間との戦いだが、新型コロナウイルスの性質や特性などは不確実な部分が多い。例えば、(1)潜在的な感染者数、(2)真の致死率、(3)抗体の継続期間、(4)BCG仮説やウイルス型による毒性等の論争(自然免疫や人種を含む)、(5)ワクチンや治療薬等の医薬品、新たな治療法の確立の可能性などである。
例えば、統計サイト「Worldometer’s COVID-19データ」(2020年5月23日時点)によると、人口100万人当たりの死者数は、ベルギー(797人)、スペイン(612人)、イタリア(539人)、イギリス(536人)、フランス(433人)、スウェーデン(389人)、日本(6人)、韓国(5人)、中国(3人)であり、白人系とアジア系で致死率が異なるという仮説もある。しかしながら、この仮説の妥当性を筆者が判断する資格はないが、感染が最初に始まった中国・武漢市の人口は約1100万人、その死亡者数は3869人(4月18日CNN報道)なので、武漢市の人口100万人当たりの死亡者数は約350人であり、これはスウェーデンやフランスなどの値にも近く、仮説と矛盾しているように見える。
また、(6)外出制限や営業自粛を段階的に解除した後、感染の再拡大が起こるのか、(7)時間の経過でウイルスは自然消滅するか否か、(8)いずれウイルスを100%封じ込めることが可能か否か等もわかっていない。
これらの調査研究は筆者の専門外であり、感染症や疫学などが専門の研究者の結論を待つしかないが、論争の決着には一定の時間が必要だろう。いま我々は、この不確実な状況を前提に、命を守りながら通常の社会活動や経済活動を徐々に取り戻す「戦略」を検討する必要がある。
感染拡大の抑制と社会活動・経済活動の両立
このため、筆者らは「緊急提言 新型コロナ・V字回復プロジェクト」のウェブ提言を構築し、この問題の「出口戦略」に関する緊急提言を発表している。緊急提言の主なメッセージは次のようなものだ。
まず、感染拡大の抑制と社会活動・経済活動の両立を図るためにもっとも重要なのは、全国民が希望すれば新型コロナウイルスの感染の状況を定期的(2週間に1回程度)に知ることができ、継続的に陰性の人びとは安心して外出や仕事を再開できるような体制を遅くとも半年以内につくることが、次のステップに進むためにもっとも重要である、というものだ。
このうち、「感染の状況を定期的に(全国民が2週間に1回)知ることができる」の意味は2つある。一つはマクロ的な感染状況、もう一つはミクロ的な感染状況だ。
検査はPCR検査に限らず、抗原検査や抗体検査を含め、高精度で有用性が高い検査は積極的に取り入れることは当然だが、マクロ的な感染状況については抗体検査が重要となる。現在のところ、わが国でもいくつかの抗体調査が実施されているものの、サンプル数などに問題があり、潜在的な感染者数も正確にわかっておらず、まずは大規模な抗体調査を定期的に行い、マクロ的な感染状況を把握する必要があろう。
また、ミクロ的な感染状況については、「感染の状況を定期的に(全国民が2週間に1回)知ることができる」ためには、一日1000万件の検査を行う必要があるが、抗原検査、LAMP法や唾液で感染の有無を調べるPCR検査用試薬なども対象としている。
我々が闘う敵はウイルスであり、「『命』を守るか、『経済』を守るか」という観念的な二項対立を続けていても、この問題を解決することはできない。仮に緊急事態宣言が解除されても、感染が再び拡大し、医療崩壊を防ぐために自粛が再開される可能性もある。新型コロナウイルス対策の「出口」とは、「命」か「経済」かの二項対立ではなく、徹底した検査により、人びとが安心して消費、教育、運動、レジャーなどの社会生活を送れるようになる「命も経済も守る出口戦略」ではないか。
ポール・ローマー教授の提言
このため、アメリカ経済学会で重鎮のニューヨーク大学のポール・ローマー教授(ノーベル経済学賞)は一日2000万件の検査を提言している(Romer, 2020)。また、イギリスの感染症学者チーム(Peto, et al. 2020)は一日1000万件、ロックフェラー財団(Allen, et al. 2020a)は3000万件/週、ハーバード大学の倫理センター(Allen, et al. 2020b)は一日500件以上の検査を提言しており、その鍵を握るのが検査の拡充だ。以下、簡単に説明しよう。
まず、感染症対策の基本は「検査」と「隔離」であり、感染拡大の抑制のため、その徹底が必要であることはいうまでもない。一方で、すでに外出制限や営業自粛による資金繰り悪化やコロナ関連倒産が出始めているが、そもそも、感染していない人びとのほうが多いはずだ。にもかかわらず、多くの人びとに外出制限や自粛が要請される理由は何か。それは、感染の有無に関する「情報の非対称性」が存在するからだ。また、我々も自分自身の感染の有無を判断できないケースも多い。だから、外出制限や自粛により、他人との接触を減少させようとする。
しかし、通常の経済活動を再開するとき、我々がお互いの感染の有無について判別ができていたら、状況は劇的に変わってくる。感染症対策と経済学の視点を融合させず、「検査」をたんに感染症対策の一環として観点から、感染の有無のみに利用するのは視野が狭い。検査で陽性反応が出た者の「隔離」は当然だが、経済政策の視点も取り込み、継続的な「陰性者」を徐々に自由な経済活動を戻す「出口戦略」の立案やその環境整備が極めても重要だ。
もっとも、偽陽性の問題などがあるため、ウェブ提言では「偽陽性・偽陰性の問題は、複数検査で対応」と記載している。詳細はウェブ提言の「Q&A」に掲載したエクセル・ファイルを利用して確認してもらいたいが、例えば「感染率=1%かつ特異度99.9%」の場合、連続2回検査陽性を「陽性」と定義すると、東京都の人口(1395万人)でも偽陽性は14人になる(検査の独立性が前提)。また、同じ条件で、連続3回検査陽性を「陽性」と定義するならば、東京都の人口(1395万人)でも偽陽性は0人になり、陽性判定は100%になる。
このほか、1)偽陰性の問題に対処するため、例えば陰性の判断は連続2回検査を行って連続2回陰性のときに「陰性」とすること(この場合、「陰性」以外は「陽性」判定となるが、当然、再検査を容認)や、2)情報の非対称性を解消し、我々がお互いに検査結果(PCR検査や抗原検査)を容易に確認できる環境を整備も重要で、PCR等検査陰性証明書を発行することも考えられる。
Acemoglu, et al. (2020)の論文や提言も似た問題意識をもっているが、外出制限や自粛といった一律の政策は効率的ではない。官邸を中心に関係省庁、都道府県および協力団体などが一体となり体制整備や分析などを行う「新型コロナウイルス検査緊急対策ネットワーク」(仮称)の構築が提言の前提だが、いま我々は「命」も「経済」も守るものと発想を転換し、産官学の叡智を結集することで、ウイルスを徐々に封じ込めながら、感染リスクや年齢といったグループの特性に応じて、通常の経済活動を取り戻すための戦略を早急に講じる必要があろう。
(文=小黒一正/法政大学教授)
(参考文献)
・鹿島平和研究所・国力研究会/安全保障外交政策研究会+有志(2020)「緊急提言 新型コロナ・V字回復プロジェクト 「全国民に検査」を次なるフェーズの一丁目一番地に」
・Acemoglu, D., Chernozhukov, V., Werning, I., and Whinston, M. (2020) “A multi-risk SIR model with optimally targeted lockdown,” NBER Working Paper No. 27102.
・Allen, D., et al. (2020a) “National Covid-19 Testing Action Plan Pragmatic steps to reopen our workplaces and our communities,” Rockefeller Foundation
・Allen, D., et al. (2020b) “Roadmap to Pandemic Resilience,” Safra Center for Ethics, Harvard Univers
・Peto, J., et al.(2020) “Stopping the lockdown and ending the epidemic by universal weekly testing as the exit strategy”
・Romer, P. (2020) “Roadmap to responsibly reopen America”