「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数ある経済ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
6月に入り、少しずつ「自粛」も解かれ、元の生活に戻りつつある
新型コロナウイルスへの警戒は続くが、東京・赤坂にある空手教室「空優会」も、通いレッスンを再開した。今後はオンラインレッスンとの両立で行うという。
この教室を主宰するのは髙橋優子氏だ。2002年から08年まで全日本ナショナルチームに選出され、06年船越義珍杯・世界空手道選手権大会で優勝して世界王者にも輝いた。
現役引退後、日本空手協会総本部指導員などを経て、30歳で空優会を設立。2年後に32歳の若さで道場を開設した。開設資金の不足分は教員だった母親に借りたという。
空優会は、空手道を追究する一方、培った技術を生かし、肩こりをすっきりさせる効果を持つ「スロー空手ストレッチ」も教える。本連載では2年前の2018年3月にそれを紹介し、反響を呼んだ。空手の流派や髙橋氏の経歴に興味のある人は、こちらの記事をご参考いただきたい(『ひどい肩こりが治った!スロー空手ストレッチ、外資系企業社員が続々道場に入門』)。
コロナ禍で各スポーツ施設が活動自粛に追い込まれ会員の離脱も目立つなか、空優会の会員数はほとんど減らなかったという。昨年、人気ロックバンド「KISS」のベーシスト、ジーン・シモンズも日本コンサートの合間に訪れた道場だが、理由はそれだけではない。
その魅力を2年ぶりに探った。集客に苦労する組織や団体の参考になれば幸いである。
「1日に9クラス」のオンラインレッスンを実施
「これまでも赤坂の本部では、気候の良い日は窓を開けてレッスンをしていましたが、完全な三密防止にはなりません。また、都内や関東地方で10カ所の教室も運営していますが、窓開けができない施設もあります。そこで、コロナ自粛もあって通常のやり方を断念し、代わりにオンラインでのレッスンを始めたのです」(髙橋氏)
急遽、リモートワークとなった多くのビジネスパーソンと同じく、オンラインレッスンも「手探り状態」から始まった。
「当初は、私を含めて4人いる赤坂本部の指導員も、自宅でのリモートワークでした。ズームでつなぎ、各会員さんにはご自宅から参加していただきました。それまで対面レッスンは1回1時間だったのが、4月は1日9クラスを30分で実施。しかし、指導時間が足りないと感じました。小学生会員も多いので、指導員は工夫しながら練磨して、オンラインでも1時間のクラスとして完全に成り立つという確信を持ち、5月を迎えました」(同)
5月からは通常時間割に戻し、1回1時間のオンラインレッスンにした。指導員も大変だっただろうが、若さと一体感も持ち味だ。笹明日香指導員は出身大学でも髙橋氏の後輩であり、ほかの指導員も学生時代からの付き合いで、慰安旅行で海外に出かけて楽しんだこともある。
新たに「会員さんが利用しやすく、双方がしっかりと交流できるよう」(髙橋氏)、大画面のディスプレーも購入した。取材では、本部の通いレッスンと、オンラインレッスンの並行を見学した。この時のクラスは、男性の中村豪秀指導員と女性の高木綾乃指導員が担当。オフラインとオンライン指導を臨機応変で入れ替わり、会員の充実感を追求した。
従来型の空手レッスンのイメージよりもフレンドリーだが、くだけすぎないのが道場の持ち味だ。
「門戸は広くしても敷居は下げません。空手教室で学ぶのは『空手道』で、技の会得を通じて『心』や『正義』(正しい義)も伝えるようにしています」(髙橋氏)
指導員のスキルは高く、生徒に応じた指導を行う
今回のレッスンでは、黒帯の50代男性会員の存在が気になった。立ち居振る舞いや身のこなしからして熟練者だが、真剣に、時に笑顔を浮かべつつ、レッスンを受ける。
「もともと幼少期から他の流派で空手を学んでいました。この道場に来たのは4年前です。ここの魅力は、指導員のスキルが高く、生徒の力量に応じて初心者からベテランまで、きめ細かく指導してくれるところですね。流派が違うとやり方も異なります。私も来た当初は、ずいぶん注意されました」
こう話すのは、柏木潔氏。新卒で大手損保会社に入社して30数年。役職定年になったのを機に「次の人生を歩もう」と退職し、教育関係の起業を準備中だという。現在は、時間ができると空優会のレッスンを受ける。
髙橋氏は「集中力がつくことで、普段の仕事や学業にも効果が出る一面も」と話し、こう続ける。
「伝統空手は理論通り正しく行えば武道の中でもケガが少ないので、長続きする人も多く、『道場で人生最後の友人ができた』と話す人もいます」
地域の活動全般に共通するが、その人の肩書や所属する社名は、ここでは関係ない。空優会の会員にも社長や弁護士などがいるが、みんな一生徒としてレッスンを受ける。終了後、別の女性会員にも話を聞いたが、都内の大手メーカーに勤める会社員だった。
KISSのジーン・シモンズも訪れた
6月15日、NHK総合テレビで『誇り高き悪魔 KISSジーン・シモンズ』という番組が放送された。2020年3月にNHK BS-1で放送された番組のダイジェスト版だった。
ロックバンドKISSの創設者で、悪魔メイクで有名なジーン・シモンズが引退を決意。日本ラストツアーをNHKが密着取材した番組だ。
30分に短縮した総合テレビではカットされたが、BS-1では2019年12月、コンサートの合間にジーン・シモンズが空優会を訪れ髙橋氏が応対した様子を約6分、放送した。
「NHKの担当者から『空手の個人レッスンをお願いしたい』との連絡がありました。ジーンさんは日本の文化や歴史に興味があり、空手などの格闘技が大好き。とても楽しんでいる――と、関係者は喜んでいました」(同)
実は、空優会はメディアに登場する機会も多い。元世界女王でクールビューティーな髙橋氏、指導員の若さとルックス、赤坂という土地柄もあるだろう。
だが、メディア露出が多くても、変に芸能界慣れして浮わついた面は見せない。どんな時でも、レッスンは礼で始まり礼で終わる。
一方で、サービス精神はある。以前のテレビ番組では「道場の開き戸を空けた瞬間に飛び出し、突く行為をしてほしい」という絵柄重視のムチャぶりにも応じた。「空手への認知度が高まるなら」と応じつつ、武道家魂は失わない。
そうしたバランス感覚も、会員が支持するのだろう。
「日本伝統空手協会」を立ち上げ、海外訴求もめざす
東京五輪で空手が正式種目に採用され、本来なら今年の夏は、世界に「KARATE」を認知させるチャンスだった。それが2021年に延期となったが、今後のコロナの状況次第では、どうなるかわからない。ウィズコロナ時代、バラ色の未来は描かないほうがよいだろう。
今年1月「一般社団法人 日本伝統空手協会」という団体も発足させ、髙橋氏が代表理事に就いた。従来の空手団体には旧態依然とした意識のなか、組織運営で大きな問題を抱え、ガバナンス(企業統治)が機能しない団体もある。それとは一線を画した活動を目指す。
「当初は『オンライン指導でどこまでできるか』と思っていましたが、かなりの指導や交流ができることがわかりました。今後強化したいのは、海外への訴求です。空手の神髄や文化も含めて、まずは近年、指導に訪れたフランスやロシア、ドイツなどの関係者に働きかけています。すでにフランスからオンライン受講を申し込まれた会員さんもいます」(髙橋氏)
実は、オンライン指導で「会員の上達が早くなった」という。画面越しに指導員が一人ひとりをほめたり指摘したりするので、受講者は個別指導の感覚を持つようだ。
筆者はコロナ禍でも実績を維持した企業も取材しているが、共通するのは次の2つだ。
・その環境のなかで、できることをやり続ける
・従来に近い、サービスを提供する
意欲の薄れた社会人のなかには「AだからBできません」を言い訳にする人が目立つ。今回でいえば、「A=コロナだから」がそれに当たる。そうした一面は全否定しないが、そのなかで「できること」をしないと「違いを生み出せない」と、取材しながら自問自答している。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)