西武鉄道が所有する東京都練馬区の遊園地「としまえん」が8月31日で閉園する。同園は新型コロナウイルスの影響で臨時閉園していたが、6月15日に営業を再開し、今夏は閉園を惜しむ人たちでにぎわいそうだ。
としまえんの跡地は東京都の「練馬城址公園」として整備され、一部は「ハリー・ポッター」のテーマパークが開発されるという。100年近い歴史を誇る老舗遊園地は、なぜ閉園に至ったのか。西武グループの狙いに迫る。
私鉄系遊園地として健闘していた、としまえん
としまえんが開園したのは1926年。開園100周年を目前に控えたタイミングでの幕引きとなる。
「遊園地にはいくつかのカテゴリーがあります。西武ホールディングスが運営するとしまえんは“私鉄沿線の遊園地”です。私鉄系遊園地は、かつて阪急電鉄の創業者・小林一三氏が編み出した有名な戦略のひとつ。鉄道の沿線を中心に不動産を開発して、ターミナル駅に百貨店、郊外に遊戯施設をつくり、鉄道を中心に人が動くように街を開発する手法です」
そう話すのは、百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏。小林氏の戦略にならい、西武や小田急電鉄、近畿日本鉄道など、さまざまな鉄道会社がレジャー施設を開園した時代があった。
「当時は東京都内でも広い土地を安く入手できたので、遊園地にはうってつけでした。しかし、沿線開発が進んで住民が増えて、沿線の街が育つと、遊園地はあまり必要ではなくなり、私鉄系遊園地の多くが閉園しました。その点でいえば、としまえんは私鉄系遊園地のなかでも粘り強く続けたほうだと思います」(鈴木氏)
としまえんの最寄り駅は西武豊島線の終点・豊島園駅。100メートルほど離れた位置に都営地下鉄大江戸線の豊島園駅もあるが、西武線の豊島園駅のほうが乗降者数が多く、としまえんと西武線の深いかかわりがうかがえる。
「少子高齢社会が深刻化しているなか、日本の遊園地はどこもジリ貧です。東京ディズニーリゾート(TDR)やユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)などの超勝ち組テーマパークは別格ですが、としまえんは2018年度の入場者数を前年より2割ほど増やすなど、なかなか堅調でした。中堅の遊園地のなかでも、勝ち組といえます」(同)
多くの遊園地が苦戦を強いられるなか、としまえんはユニークな広告宣伝やタイアップなど独自の戦略が功を奏した、と鈴木氏は分析する。
また、としまえんの特徴はその広さにあるという。浅草花やしきや東京ドームシティアトラクションズなど都内の老舗遊園地と比べてもかなり広い敷地内に、遊園地やプール、映画館、スパなどが点在し、関連施設を含めた場合の敷地面積は新宿副都心の高層ビル群がすっぽり入る広さだという。
「西武グループにも、23区内の一等地にある広い土地を“遊園地”にしておく意味はあるのか、という課題が長年あったのではないでしょうか。老舗の遊園地なので思い出が詰まっている人も多く、『閉園までしなくても』という意見もあります。ただ、経営者の視点で考えると閉園もやむなし、という印象です」(同)
西武園ゆうえんちは21年にリニューアル
西武グループは、もうひとつの遊園地に関しても新たな施策を打ち出している。埼玉県所沢市の「西武園ゆうえんち」のリニューアルオープンだ。
「20年は西武園ゆうえんちにとって開園70周年という節目の年。としまえんの閉園と西武園ゆうえんちのリニューアルは、どちらが先に決まったのかはわかりませんが、大きな改革は同時に進めるほうが効率的といわれています」(同)
西武園ゆうえんちのリニューアルは、USJ再建の立役者・森岡毅氏が手がける。総事業費100億円をかけて、21年に“懐かしさ”や“古さ”をコンセプトにしたテーマパークに生まれ変わる予定だ。
「1960年代の日本をコンセプトにしているようなので、高齢者向けの遊園地という切り口でも、ある程度の集客は見込めるはず。また、インバウンドの足を所沢に向かわせるきっかけにもなると思います。特に訪日客のリピーターはTDRやお台場など定番の観光地には行き尽くしているので、目新しいテーマパークとして西武園ゆうえんちに食いつく可能性もありますね」(同)
所沢は都内からバスで2時間弱。観光ツアーに組み込めない距離ではない。西武線の拠点のひとつでもある所沢を盛り上げる意図もあるようだ。
「閉園が決まったとしまえんには、100年以上の歴史を持つメリーゴーラウンド『カルーセルエルドラド』があります。貴重な文化遺産として『機械遺産』にも選ばれている施設なので、解体される可能性は低いです。閉園を機に、メリーゴーラウンドを西武園ゆうえんちに移設してもおもしろいですよね」(同)
コロナショックも“軽症”で済んだ遊園地
新型コロナの影響は、遊園地をはじめとするレジャー施設も直撃した。緊急事態宣言の解除を受けて営業を再開する施設が多いものの、今夏はプールの営業が危ぶまれるなど、大きな打撃が続くことは必至だ。
「確かにレジャー産業は軒並み大打撃を受けていますが、遊園地の経済的な被害は、ほかのレジャー産業に比べればまだましなほうです。個別の事情はあるものの、遊園地は自社の土地で営業をしていて、アトラクション設備の減価償却も済んでいる。毎月の賃料が発生しないという点は、ほかのアミューズメント施設よりも有利だと思います」(同)
たとえば、商業施設のテナントとして入っているシネマコンプレックスは施設の休業に伴って臨時休館していたケースが多い。それでも、毎月の賃料は払わなければならず、無収入のまま支出がかさむという悲惨な状況に陥っていた、と鈴木氏。
「たとえ新型コロナの感染が収束しても、世界的な恐慌が起きる可能性は高いです。経済面での新型コロナの恐ろしさは“期間の長さ”にあります。長引けば長引くほど、さまざまな業界に影響が広がります。そうなれば、土地の売買や新たな施策どころではなくなるので、ある意味、すでに手を打っていた西武グループは強運だったのかもしれません」(同)
激動の20年に西武グループが下した決断は、吉と出るか凶と出るか。今後に注目だ。
(文=真島加代/清談社)
●鈴木貴博(すずき・たかひろ)
百年コンサルティング株式会社代表取締役。経営戦略コンサルタントとして活動する傍ら、雑誌、テレビをはじめ、さまざまなウェブメディアでの執筆も手がける。『格差と階級の未来 超富裕層と新下流しかいなくなる世界の生き抜き方』(講談社+α新書)など、著書多数。
●「百年コンサルティング」