ある日突然、あなたの会社が他社により子会社化されそうだと判明したら――。
実はこんな事態が、現実の世界でしばしば起こっている。たとえば現在、株式市場関係者の間である動きに注目が集まっている。その動きとは、東証1部上場のフュージョンパートナー(以下、フュージョン)による、同じく東証1部上場のソフトブレーンの連結子会社化だ。
5月に入り、ソフトブレーン株の出来高が急増した。その理由は、やがて判明する。株式の大量保有報告書が提出され、フュージョンが6月30日現在で16.17%を保有する大株主として登場した。
その後も、フュージョンによるソフトブレーン株取得の動きはやむことがなく、7月4日付の大量保有報告書では、その保有比率は32.52%にまで上昇、持分法適用会社となっていた。関係者によると、6月22日にフュージョンの梛野(なぎの)憲克社長がソフトブレーンの豊田浩文社長と面会し、「持分法適用会社以上の比率までソフトブレーン株を取得する」意向を伝えたという。
持分法適用会社まで取得したことで止まるかと思われたその株取得は、それ以降も続き、最終的には45.57%まで買い進み、フュージョンはソフトブレーンを連結子会社化した。
通常、ある企業が友好的に他社を買収・子会社化しようと大量に株式を取得する場合、1株当たりの取得価格など具体的な内容について両社が事前合意の上で行われる。いわゆる友好的TOB(公開買付け)と呼ばれるものだ。
企業の経営権・支配権に大きな影響を与えることが予想される大量の株式取得については、適切な情報開示がなされた「公開」の状態で行われることが望ましいことはいうまでもない。たとえば金融商品取引法では、市場外における大量の株式取得(株券等保有割合が5%超になる場合など)について「義務的公開買付け制度」を設けている。
以上より、今回のフュージョンによるソフトブレーン株取得が「友好的」に行われたとはいいがたい。
温度差
8月16日のフュージョン決算説明会で、梛野社長はソフトブレーンの連結子会社化について、次のように説明した。
(1)クラウドサービスをB to B向けに提供するという共通軸を持ち、ビジネスの親和性が高い
(2)ソフトブレーンが営業支援のクラウドサービス等で4000社超の顧客を持つ一方、フュージョンは上場企業 400社以上、1000社を超える取引実績を持つ。フュージョンの営業部隊がソフトブレーンの製品を販売するなど、両社の顧客にそれぞれの製品を販売するクロスセルが可能
(3)フュージョンの強みであるウェブサイト上の行動履歴分析とソフトブレーンの営業支援ソフトを連携させるなど、新しいサービスも生み出すことができる
(4)両社が保有する顧客基盤やサービス、ノウハウ等の事業資産を有効活用することにより、付加価値の高いサービス提供を進め、企業価値の向上を目指す
これに対して、8月15日にソフトブレーンが発表した「フュージョンパートナーとの業務提携等に向けた協議開始に関するお知らせ」では、次のように書かれているのみだ。
「当社の主要株主である筆頭株主及びその他の関係会社であるフュージョンパートナーより、業務提携の協議を行うことについて提案を頂きました。そこで、当社は、フュージョンパートナーとの間で、情報システムに関するサービス、ソリューション及びプロダクトの開発・販売等において幅広く業務提携等を検討して参ります」
両社間のこの温度差が、今回の連結子会社化に対する両社の姿勢の差を如実に示している。
大幅な好業績予想
6月が決算期のフュージョンは、8月15日に2016年6月期決算を発表した。なお、同期から同社は国際会計基準(IFRS)を適用している。同期連結決算は、売上収益が前期比20.4%増、営業利益が同14.0%増だったのに対して、当期利益は同129.6%増に跳ね上がった。これは、持分法適用会社であったエイジアの株式売却益5億2700万円などによるものだった。
一方、決算発表のギリギリのタイミングでソフトブレーンを連結子会社化したことで、17年6月期の連結業績予想は、売上収益が102億円(前期比278.6%増)、営業利益37億円(同499.8%増)、当期利益29億5000万円(同255.0%増)と大幅な好業績予想となった。
その内訳は、102億円の売上収益予想のうちフュージョン分は32億円、ソフトブレーン分が70億円と連結会社化したソフトブレーンに負うところが大きい。株式市場関係者の間からは、「ソフトブレーンの連結子会社化は、決算の“お化粧”のため」との声が聞かれるほどだ。
フュージョンの一連の動きは、当然ながら法律に則り行われており、違法性がないことはいうまでもない。しかし市場関係者の間からは、次のような声も聞こえる。
「業績予想を大幅にかさ上げするために、友好的TOBという制度があるにもかかわらず、それを使わずに、当初は密かに株式を取得する方法で他社を子会社化するという行為は、企業倫理の面から疑問を感じる」
一方、ソフトブレーン側はフュージョンによる子会社化を防ぐ方法はなかったのであろうか。
M&A(買収・合併)が盛んに行われる現在では、他社による買収を防衛するため、未然にさまざまな方策を整備している企業も多い。たとえば、よく知られたものとして「ポインズンピル(毒薬条項)」は、第三者が議決権の一定割合を取得した場合にその他の株主が市場より安い価格で株式を取得できる権利(新株予約権)を事前に付与するというもの。これにより、買収者等の持株比率を低下させることができる。
ソフトブレーンはこうした防衛策を整備していなかったが、M&Aが当たり前になった今、規模の大小にかかわらず企業は事前に買収防衛策を整えておく必要があるといえよう。
取り下げられた定款変更
実は、以前にもフュージョンは同じような動きをしている。それは、16年6月期決算の当期利益を急増させた保有株式の売却が行われたエイジアだ。
販促支援ソフトを展開するエイジアは、15年6月末にフュージョンが株式25.58%を取得し、持分法適用会社化された。15年6月期のフュージョンの決算短信には、「本年6月にエイジアの株式を議決権割合で30.4%まで取得したため、同社は当企業集団において持分法適用関連会社となりました。同社とは、業務提携に向けた検討を行っております」と記載されている。
その一方で、エイジアが16年6月30日に発表した「支配株主等に関する事項について」というニュースリリースには、「同社(フュージョン)による当社の事業上の制約はなく、当社は独自の経営判断で事業運営を行っており、当社の経営には独立性が確保されていると考えております」と記載されている。
フュージョン側は業務提携に向けた検討を発表したが、エイジア側は事実上、これを拒否。結果、フュージョンはエイジア株を手放し、これを原資の一部としてソフトブレーン株を大量に購入した。
また、フュージョンは8月30日、株主総会に向けた議案を提示した。そのなかには、12月1日 から社名をスカラに変更することに加え、一部定款の変更が含まれている。その定款変更は、以下の通り。
(1)会社の取締役は10名以内から5名以上に
(2)取締役の報酬、賞与その他職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益(以下「報酬等」という)は、年額5億円以内から年額30億円以内に
(3)監査役は、5名以内から3名以上に
(4)監査役の報酬等は、年額1億円以内から年額3億円以内に
しかし、この定款変更は9月8日になぜか取り下げられ、商号変更だけとなった。
今回のソフトブレーンの子会社化、そして上記定款変更の提示と取り下げの理由についてフュージョンに問い合わせたところ、期日までに回答を得られなかった。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)