三井住友信託銀行とみずほ信託銀行が、長期間にわたって株主総会における議決権を適切に集計していなかったことが判明した。両信託銀行は、期限ぎりぎりに受け取った議決権の行使通知の一部を集計対象から除外していた。そうした理由は、株主総会が集中する時期の事務負担を軽減するためだったいう。まさに言語道断の処理方法だ。
議決権の行使は株主の権利だ。20年もの長年にわたって、大手信託銀行が有効な議決権通知書を適切に集計しなかったことは深刻だ。そうした状況が放置された一因として、信託銀行内部における「外部にはわからない」という組織的な思い込みがある。そうした組織体質の下で「証券代行業務」(株式を発行した企業の株式事務を代行する業務)が行われ続けたことは、日本の企業統治への信頼を毀損する由々しき事態だ。
外部にはわからないという組織的な心理は、今回の2つの信託銀行に限った問題ではないだろう。日本の金融機関の経営を確認すると、そうした心理の影響が強いと考えられるケースが散見される。常識と良識に則った判断力を欠く組織は社会の要請に応えられない。金融機関にとって、不適切な手続きを自ら検知し、業務を適切かつ公明正大に進める仕組みの確立は重大な課題だ。
不適切集計の温床となった組織体質
三井住友信託銀行とみずほ信託銀行は、株主総会シーズンの業務負荷に対応するため、株主の議決権行使書が1日早く配達されるよう郵便局に依頼し、それをベースに集計を行った。その結果、株主総会の前日など期限までに届いた議決権行使書の一部が集計の対象外(無効)とされた。その背景には、業務の実体は組織内部にしかわからず、外部に漏れることはないという組織全体の思い込み(組織体質)があった。その影響はかなり強い。
2つの信託銀行での集計方法は合理性を欠く。法令では、郵送での意思表示は受け取り側への到着時点で効力を発する。期限までに受け取った株主の意思は適切に決議に反映されなければならない。議決権行使は会社法に定められた株主の権利だ。期限内に受け取った行使権の通知書が適切に集計されなかったことは、株主の権利を無視している。
期限内に受け取った議決権行使書が有効票としてカウントされなかった企業数は、本年5~7月期において三井住友信託銀行で975社だった。6~7月期のみずほ信託銀行では371社だった。近年、企業の買収防衛策の決議などが僅差で可決された事例が増えたことを考えると、不適切な集計処理は日本の企業統治への不安を高める問題だ。
内部のことは外部にはわからないという心理が強くなった背景には、“集団思考の罠”が影響している。個人レベルで業務の内容などに疑義を感じたとしても、組織全体の行動となると業務の遂行などが優先され批判的な検証は難しくなる。2つの信託銀行では郵送される議決権の集計処理をなんとかさばかなければならないという組織的な切迫感が強まり、前例を踏襲する考えが過度に優先されたと考えられる。三菱UFJ信託銀行が同様の処理をとらず、期限までに受け取った行使書を適切に集計したことを考えると、2つの信託銀行の組織的な心理バイアスの影響はかなり強い。
日本の金融機関に当てはまる組織優先の心理
そうした組織的な心理バイアスは、多くの日本の金融機関に当てはまるはずだ。保険商品の不適切な勧誘や保険金の不払い、情報漏洩、預金の着服など、金融機関では多くの問題が繰り返されている。公明正大さよりも内部の事情を重視する組織体質は、金融機関の一面といえる。金融機関の経営者はそうした体質を迅速に、徹底して是正しなければならない。
突き詰めていえば、組織内部の事情は外部には漏れないという心理は、自ら環境の変化に背を向けることといっても過言ではない。金融機関の経営に詳しい知人のコンサルタントは、「“お客様のために”の一言で旧来の経営風土を守ろうとする金融機関の経営者は多い。その一方で、顧客満足だけでなく業務効率化や透明化に必要なデジタル技術の導入などに関しては、前例がないとの理由で見送るケースがある」と指摘していた。
日本の金融機関が真剣に受け止めなければならないことは、前例踏襲の組織体質を払しょくしなければ、社会的な要請に応えることが難しくなることだ。近年、世界的にIT先端企業などがフィンテック事業(最先端のIT技術を用いた金融サービス)を強化している。それによって、日本では規制に保護された銀行を中心に、既得権益が他の業種に急速に染み出し始めた。
対面営業や人海戦術による事務処理を重視してきた金融機関のなかにも、フィンテックへの対応を急ぐケースが増えている。メガバンクトップに自然科学分野の出身者が出始めたことはそのためだ。それは、ブロックチェーンなどの最先端のIT技術を駆使して顧客満足の向上とコスト削減を実現しなければ生き残れないとの危機感の表れだ。
しかし、大手金融機関で発覚した今回の不適切集計の実体を考えると、そうした危機感が金融業界全体に浸透しているとはいえない。不正な預金の引き出しや保険金の適切な支払いなどに関しても、金融機関の内部には「これくらいは大丈夫」というある種の甘え、独善的な心理が強いように映る。
不可欠な自己浄化の仕組み
金融機関は、可及的速やかに組織内の行動様式や業務執行のあり方を客観的に確認し、必要な対策を講じて社会の信頼獲得につなげなければならない。そうした“自己浄化の仕組み”を整備することが各金融機関に共通の課題といえる。
三井住友信託銀行における不適切な集計処理は、海外の投資ファンドからの指摘によって発覚した。それに加えて、過去20年間にわたる処理の実体が公表されたことなどを考えると、内部通報の可能性も軽視できない。2つの信託銀行は“良心の呵責”に苛まれた個人からの通報の有無などを徹底して調査すべきだ。それが、社会の信認に応えるために専門能力を発揮するという“フィデューシャリー・デューティー”を発揮するために欠かせない。
歴史を振り返ると、新しい理論の発見による旧来の価値観の打破や社会体制の変化などは、少数意見を起点に進んだ(英国の著名歴史家であるアーノルド・トインビーの“辺境理論”)。企業の経営に当てはめると、経営者は社会の常識と良識に照らして「おかしい」と指摘される事象を入念に確認し、業務執行のあり方が適切か否かを客観的に検証しなければならない。
2つの信託銀行にそうした発想があれば、議決権の不適切集計がここまで深刻化することは防げただろう。反対に、発覚が遅れると対応は困難だ。それが世の常だ。その結果、企業の社会的信用は失墜し、状況によっては淘汰されることもある。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界の金融機関では店舗の閉鎖が一段と増えている。貸倒引当金を積み増す金融機関も多い。その一方、モバイル・バンキングなどオンラインサービスの利用者数は加速度的に増えている。その状況下、金融機関にとって、広範な利害関係者=社会の信頼が低下することは、長期存続を揺るがす深刻な問題だ。個々の金融機関がデジタル技術の導入などによって業務の見える化や、法令遵守や専門サービスの強化を支える個人の能力向上に取り組み、社会の信頼に応える業務執行の体制を整備することは喫緊の課題だ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)