みずほフィナンシャルグループ(FG)が、週休3日や4日の制度導入を検討していると報道された。実際の制度については今後の協議を待たなければならないが、国内大手行の中でここまで踏み込んだ働き方の改革指針を示したのは同FGが初めてだろう。
思い切った制度導入の検討の背景には、みずほFGが従来型の銀行ビジネスモデルに限界を感じていることがあると見られる。おそらく、そうした状況は他の国内銀行にも当てはまる。基本的に、銀行の収益力は経済成長率に連動しやすい。国内経済の低迷や低金利の長期化によって、利ザヤは縮小しコスト負担は増大している。それに加えて、世界経済全体でIT大手企業が金融ビジネスに参入し競争は激化している。
コロナショックは、その状況に追い打ちをかけている。今後の展開を考えた時、経済の専門家のなかには、非金融・銀行の企業がフィンテック事業への取り組みを強化し、将来的に現在のような銀行がなくなる日が来ると予想する専門家もいるようだ。多様な働き方を目指すことによって、みずほ銀行の収益性と成長期待にどういった変化があるかは、今後の日本企業の事業運営に無視できない影響を与えるだろう。
収益力低下と競争激化に直面する銀行業界
みずほFGが、週休3日などの多様な働き方を模索し始めたという。一つの見方として、そこには、人々のやる気を高めて、より効率的な事業の運営を目指さなければならないという経営者の危機感があるとみられる。国内事業の収益性が低下していることや、銀行を取り巻く競争環境の激化を考えると、ある意味では当然の結果といえるかもしれない。日本の銀行は、過去の発想を維持したまま、さらなる成長を目指すことが難しくなっているといえる。
まず、銀行の業績はGDP(国内総生産)に連動する。日本のように人口の減少によって国内の需要が縮小し、低金利環境が続く経済では、銀行が貸し出しからの利ザヤや国債などのディーリングによって、利害関係者を安心させられる収益を確保することは困難だ。国内大手行の自己資本利益率(ROE)が1ケタ台前半から半ばである一方、米国や中国は10%超のROEを達成している。米中ともに、IT大手プラットフォーマーをはじめ成長期待の高い産業がある。しかし、日本にはそうした成長産業があまり見当たらない。
また、金融サービス需要が高まっている新興国地域では、急速なスマートフォンの普及などによって、モバイル決済などが日本の経験しなかったスピードで普及している。特に近年、中国のIT大手企業を中心にフィンテック(最先端のIT技術を用いた金融ビジネス)に取り組む非金融の企業が増加し、競争が激化している。
世界的にみると、スマートフォンがあれば銀行に行く必要性は低下している。特に、中国のIT企業の取り組みには他の追随を許さないほどの勢いがある。IT大手アリババ・グループ傘下の金融会社であるアント・グループが提供するネット決済システム「アリペイ」は、世界で12億人(2019年10月時点)のユーザーを獲得している。また、テンセントが提供する「ウィーチャトペイ」も中国内外でユーザーを獲得している。中国のIT大手企業は決済データなどを入手して個人などの信用力の評価サービスを提供し、信用創造も行っている。
IT先端技術が代替する銀行ビジネス
世界的に、非銀行の企業が、従来の銀行のサービスを行うことができるようになっている。それだけではない。中国では、アリペイなどのアプリは生活に欠かせない手段と化している。新型コロナウイルスの感染が発生した後、アリババとアント・グループ、およびテンセントは中国の国民の健康状態を表示する「健康アプリ」を開発し、感染対策に用いられた。このように考えると、銀行以外の企業に銀行サービスが流れ出ているだけでなく、金融とITなどの非金融の境目はあいまいになっている。
すでに、金融ビジネスは、世界的なIT大手企業の事業ポートフォリオを構成する一つの分野になっている。銀行がそうした変化に対応するには、銀行自らの改革によって収益力を維持しつつ、データ分析や健康など非金融業の企業が取り組む事業分野にも進出することが必要になる。そう考えると、週休3日制度などの導入を目指す背景には、組織の変革を促し、「“普通の企業”としての成長を目指さなければならない」との経営陣の考えが込められているとみられる。
それに加えて、分散型のネットワークテクノロジーであるブロックチェーンの有効性が明らかになった影響も大きい。その意義の一つは、いつ、誰が、情報を書き込んだかをネットワークの参加者すべてが確認し、承認することだ。その技術を用いることによって、企業は業務運営にかかるコストを低減させることができる。
現在、みずほ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ銀行がブロックチェーンを用いて貿易金融の電子化を進めている。従来、貿易金融分野では紙ベースで銀行が信用状(L/C)を発行し、輸入業者の支払いを保証してきた。記載漏れなどがあった場合には、作成し直さなければならなかった。
しかし、輸出入業者と双方の取引銀行がシステムを共有し、一連の業務をブロックチェーン上で実行することによって、人手をかけず、迅速に、信用状の作成状況を確認する運営体制が目指されている。週休3日制度などの導入によって、ある意味では、システムが人の仕事を代替するようになったとの危機感を与え、個々人に自己変革を促しているといえるだろう。
わが国銀行が備える“今までの銀行がなくなる日”
このように考えると、大手行のなかで先駆けて週休3日、あるいは4日という具体的な働き方の改革案を示した取り組みは注目に値する。最大の問題は、労使間で賃金と就業日数(時間)の関係をどうバランスさせるかだ。
ドイツでは主力である自動車産業の苦境に対応するために、金属労組が週休3日を提案した。メルケル政権は、労働時間の削減と部分的な賃金補償が雇用の維持に重要と考えている。それに対して、経営者は部分的な賃金補償を導入した週休3日制度には慎重な姿勢を示している。そう考えると、銀行のトップが今後の労使交渉をどう進めるかは、日本の銀行業界だけでなく他の企業にもかなりの影響を与えるだろう。
今後、IT先端企業を中心に、非金融企業の金融ビジネス参入は続き、競争は激化するだろう。IT技術の活用に関しては、銀行よりも、IT企業などに競争上の優位性がある。そう考えると、銀行は他の業種の企業とのアライアンスなどを強化せざるを得ない。
その取り組みが続くと、将来の銀行のビジネスモデルは大きく変わるだろう。イメージとしては、IT先端企業がより専門的な銀行サービスを提供するようになる一方で、従来型の銀行サービス(店舗やATMを運営して預金、融資、決済などのサービスを提供すること)への社会的な必要性が低下する展開が考えられる。IT企業にはないサービスを提供することが難しい銀行は淘汰される可能性が高まる。反対に言えば、みずほ銀行などは、米中IT先端企業のような存在を目指し、新しい需要を生み出していかなければならない。
銀行業界の週休3日制度が組織全体の活性化につながれば、グループが長期の存続を目指すことは可能だろう。反対に、組織内部に不安心理が広がる場合には、変化への対応は難しくなる恐れがある。今後、銀行経営陣に求められることは、組織を一つにまとめ、改革の意義と成果を組織全体が実感できる環境を実現することだ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)