中国広東省潮州市に「潮州三環グループ」(以下、潮州三環)という通信機器部品メーカーがある。昨年の中国電子部品業界100強ランキングで9位と毎年上位に入り、独自の技術開発力の高さで知られる。すでに報道されているが、潮州三環の研究者が積水化学工業の元男性社員から同社の自社技術の機密情報を窃取したことがわかっている。
積水化学の元社員は10月13日、潮州三環に機密情報を漏らしたとして不正競争防止法違反容疑で大阪府警によって書類送検されているのだが、実は中国の習近平国家主席が送検前日の12日午後、中国企業本社を視察していたことがわかっている。
習氏は潮州三環について、「技術や製品の自主開発力に優れ、絶えず技術を向上させ、国際協力を高めている」などと同社を激賞していたのだが、潮州三環は「独自技術」と公言しておきながら、その実態は今回の積水化学の事例でみるように、日本企業の技術を盗用していた実態が暴露された。それを知らずに、潮州三環を視察した習氏は官僚の言いなりになって踊らされていたという“ピエロぶり”をさらけ出したかたちだ。
党最高幹部たちが訪問
潮州三環のホームページを見ると、1984年から現在までの36年の間に、趙紫陽、江沢民、胡錦濤、習近平、李鵬首相、谷牧副首相のほかにも、党最高幹部の党政治局常務委員を含めて数十人の歴代最高幹部が同社を視察している。それだけ、中国が力を入れている最優良企業といえそうだ。
それは、つい最近も習氏が訪れていることでもわかるだろう。習氏は今月12、13の両日、潮州市内各所を訪れ市民らと交流したが、企業視察は同グループだけで、工場や研究所、幹部や工場従業員の激励などで約2時間も同社に滞在。習氏は「企業の発展にも、産業の高度化にも、経済の質の高い発展にも独自の技術開発が必要だ。現在我々は過去100年間なかった大きな情勢変動の最中にあり、より高い水準の自力更生の道を歩む必要がある」と指摘し、同社の独自技術開発力を称賛した。
党機関紙「人民日報」は同社を含む習氏の視察を1面トップで報じるとともに、習氏の同社視察写真を大きく掲載。同社を改革・開放路線推進のモデル企業だと報じた。
しかし、産経新聞が翌日、「独自情報」として大阪府警による送検の事実を報道した。同事件は、元社員が積水化学に研究職として在籍していた2018年8月~19年1月に、スマートフォンのタッチパネルなどに使われる「導電性微粒子」と呼ぶ電子材料の製造工程に関する機密情報を、中国企業の社員にメールで2回送信した容疑がもたれている。導電性微粒子は、画面にタッチした指の動きをスマホに伝える役割を果たす、高度な技術が使われた材料で、積水化学が世界シェアトップを握る。
元社員のパソコン画面を見て不信感を抱いた同僚が会社に報告。社内調査の結果、不正が発覚し、積水化学が19年5月に元社員を懲戒解雇していた。同年秋、同社からの告訴状を受けて、大阪府警が捜査を開始。今月13日に元社員を書類送検した。「いけないことだとわかっていたが、やってしまった」などと全面的に容疑を認めていることから、大阪府警は逮捕を見送っている。
中国、日本企業への産業スパイ
一方、中国側の動きだが、産経新聞の報道で、同社が積水化学の自社技術を盗用していたことがわかると、中国の報道機関を総括する党宣伝部は中国メディアに対して事実の報道を禁止。不正問題を追及する党中央規律検査委員会が同社経営陣を取り調べているほか、習氏の視察に同行した広東省トップの季希・同省党委書記や馬興瑞省長からも事情を聴くなど、なんらかの処分を急ぐ方針だという。
また、「日経ビジネス」(日経BP社)によると、元社員が社内調査で不正が発覚し19年5月に積水化学を懲戒解雇された後、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)に再就職していたという。今回の事件などを知らされたファーウェイ日本法人は元社員に確認すると、元社員は10月16日に退社したという。
今回の顛末を見ると、中国の最高指導者である習氏を巻き込んだ、とんだ茶番劇になってしまったというわけだ。それにしても、「独自技術」「自主創新」と公言していながら、日本企業の技術を盗用するという今回の事件は中国企業の悪質な体質が露呈されたかたちだ。ここ数年、中国による日本企業への産業スパイ事件が増えており、日本側が泣き寝入りしているケースが多いという。日本企業にとっては、大きな教訓となる事件といえよう。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)