米国の政界内部では、引退した中国共産党の元老が習近平国家主席の失脚の陰謀を企て、彼の秘書がトランプ米政権と関係の深い米側の密使グループと接触したとの情報がまことしやかに流れている。YouTubeチャンネル「Raise the Flag, Get Your Way」の司会者が先日生放送で明らかにしたもので、米ニューヨークに拠点を置く「看中国」(VISION TIMES)の日本語版が6日、報じたのだ。
報道では、習氏は国家主席の名誉職的なポジションだけに据え置かれ、実質的なナンバー1である中国共産党総書記には李克強首相か胡春華副首相が就くというのである。この2人はともに中国共産主義青年団(共青団)出身だけに、習氏の失脚を画策しているのは、共青団閥の総帥ともいえる胡錦濤・元主席であろうことは容易に想像がつく。
だが、胡氏に習氏を倒すだけの力があるかとなると、疑問符がつく。胡氏は引退してほぼ8年経っているが、その間、長老指導者として習氏の打ち出した政策に影響力を及ぼしたとの情報はなく、実態はその逆で、胡氏という長老がいながらにして、習氏は独自路線を打ち出しており、胡氏のアドバイスなりを取り入れた形跡はみえないからだ。
例えば、現役時代の胡氏はトウ小平氏や江沢民元主席らの対米融和路線を継承してきた。悪く言えば、米国の意見を受け入れて、対立を避けてきた。習氏といえば、その逆であり、トランプ政権の対中経済政策に反発して米中貿易戦争を展開し、米国に一切妥協していない。香港問題でも、新疆ウイグル自治区などの少数民族政策でも、トランプ政権の抗議をものともせず、渡り合っており、最近では駐米ヒューストン中国総領事館の閉鎖措置を受けて、中国も駐重慶米総領事館の閉鎖を決めたほどだ。
さらに、米側が中国共産党員9200万人と家族の米国入国拒否や在米資産封鎖などの対中制裁措置をとると米ニューヨーク・タイムズが報道すると、それに対抗する報復案として、米政府高官や米企業幹部、米メディア特派員らへのビザ発給拒否や駐中国米国大使館や総領事館の外交官の追放、中国内の米国人留学生の奨学金給付などの優遇措置の撤廃などを検討しているとの情報も漏れてきている。
このように、両国間の制裁合戦がエスカレートすれば、新冷戦状態が一層激化し、戦争状態に入るのではないかとの観測まで出ている。
実際、北京市では7月下旬、空襲への警戒を呼び掛けるポスターが現れている。中国人ネットユーザーが投稿した動画では、区政府の職員らがポスターを取り付ける様子が映っていたという。ポスターには「警報が鳴ったら、どのように迅速に防空対策を取るのか」などとの避難措置が詳しく紹介している。また、上海市でも7月下旬、「臨戦時の住民避難受け入れ行動訓練」を実施したとの中国メディアの報道もある。
権力闘争が始まれば世界にも影響
このようななか、習氏は7月下旬、党最高指導部メンバーによる政治局会議を招集し、年に1回開催する党の最重要会議である党中央委員会第5回全体会議(5中全会)を今年10月に開催し、来年からの5カ年計画(21~25年)策定方針に加え、さらにその先の10年を見据えた「35年までの長期展望」を議題して討議することを決定したのである。15年先の長期的な政策を討議・決定するのは極めて異例だけに、北京の中南海では「習近平主席は2035年を見据えた超長期政権をめざすとのシグナルであり、今後15年間の政権構想の意味合いが強い」との声が出ている。
党内が騒然としたなかで出てきたのが、冒頭に紹介した「党元老による習近平失脚画策説」であり「米密使グループとの接触」、さらには「李克強首相、あるいは胡春華副首相の総書記就任説」だった。
前述のように、米中対立、習氏の長期政権準備説などで揺れる中国の政治・国際情勢を考えれば、非現実的とも思える習近平失脚計画も一概に可能性はないとは言い切れない。ただ、現実に権力闘争が始まれば、中国政治は言うに及ばず、中国経済も大混乱に陥り、かつての文化大革命にも匹敵するような凄惨な政治闘争が展開されることは間違いなく、中国政治は引き返すことができない「ポイント・オブ・ノーリタ―ン」を越えることは必至だ。これは新型コロナウイルスが中国から世界中に拡大したのと同じように、世界中が大きな影響を受けことは火を見るよりも明らかである。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)