8月、そごう徳島店が閉店したことにより、徳島県が日本初の“百貨店ゼロ県”になってしまったことが大きく報じられた。こうした百貨店の閉店は地方に限定されず、都市部においても、たとえば東京の伊勢丹府中店(2019年9月閉店)や横浜の高島屋港南台店(2020年8月閉店)など、深刻な状況に陥っている。全国百貨店売上高は1991年、つまりバブル終焉にピークを迎え、以後は減少傾向が続き、現在はピーク時の6割程度にまで落ち込んでしまっている。
百貨店の閉店に関して、とりわけ地方においては人口減少や経済の停滞などが指摘され、また全国的にはヤマダ電機、洋服の青山、ユニクロといったカテゴリーキラー、BEAMS、SHIPS、UNITED ARROWSなどのセレクトショップ、イオンモールに代表されるショッピングモールの影響など、競合者の影響が取り上げられている。
百貨店をデパートメントストアと同義と捉えるならば、デパートメントストアの源流は19世紀中頃のヨーロッパとなる。さまざまな種類の商品を扱うことは従来の個人経営の商店では難しかった。そこで、たとえば食品や衣料など、デパートメント(部門)ごとに担当を分け、ひとつの大きな建物で多くの商品を取り扱い始めた。さらに、デパートメントストアでは、それまで当たり前であった客と店との価格交渉を定価制(客によって価格を変更しない)に改め、返品や払戻し等、革新的なサービスが次々に導入された。
また、日本において、百貨店は洋食が食べられるレストランの設置、美術展の開催など、文化的貢献も大きかったと指摘される。おそらく、60代以上の世代では初めての洋食、さらにはエレベーターやエスカレータ―に初めて乗ったのも百貨店だったという人が多いのではないだろうか。
都心の一等地に建つ、大きく豪華な建物、エレベーターガールに代表される特別なサービスなど、小学生の頃の筆者にとって百貨店は間違いなく憧れの場所であった。
フィリピンの超高級ショッピングモール
新興国フィリピンにも日本にも勝るとも劣らぬ商業地がある。マニラ近郊に位置するBGCは、シンガポールのような街並みだ。そうした街には当然のことながら高級なショッピングモールがあり、代表的な存在としてSMプレミアがあげられる。SMプレミアは、フィリピン最大の流通グループであるSMグループがフィリピン中に展開するSMモールの超高級版である。
大きく豪華な建物の中に多くの高級ブランドが入っている。店内の客は、子供はもちろんのこと、大人ですら“この場にいられることが幸せ”という感じである。エレベーターには当然のようにエレベーターガールが配置されていた。もっとも、椅子に座り気楽な感じでサービスしていたが、この辺りは国民性の違いということであろう。
日本でも昔の百貨店は客にとって、まさに憧れの場であり、特別なサービスを受けている感じがしたなと懐かしく思い返した。また、そういえば、日本の百貨店ではめっきりエレベーターガールを見かけなくなったと、あらためて思った。
百貨店の衰退要因として、もちろん競合者と比較して商品力や価格訴求力に劣る点が指摘できる。さらには、駐車場といった設備面も影響を与えていることだろう。しかしながら、百貨店ならではといえる高級な設備や特別なサービスを、現代の日本の消費者は重要視しなくなってきている点も見過ごせない。エレベーターガールの廃止は、そうしたことを象徴しているように思われる。逆を言えば、いくら特別で上質なサービスを提供しようとも、商品力や設備などの差を埋めることは困難であると捉えられる。
しかしながら、東京オリンピック招致以降、日本では空前の“おもてなし”ブームとなっている。政府も“おもてなし規格認証”などに対して、さまざまな助成を行っている。もちろん、“おもてなし”の有効性を完全に否定するつもりはないが、重要なポイントはサービスの中身であり、こうしたポイントに対してイノベーティブな付加価値を追加することなく、現代の厳しい消費者から高い満足度を得ることは難しいだろう。
“おもてなし”が過度に強調されることにより、本来取り組むべきサービスの中身の改善が疎かになり、さらには本来、必要のない部分にコストを投じ、ただでさえ低い日本のサービス業の生産性が、ますます悪化してしまうのではないかと危惧する次第である。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)
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