熱海のリノベーションまちづくり構想をプレゼンする第6回「ATAMI2030会議」で、熱海市の齊藤栄市長が「絶対に伸びる」と太鼓判を押すのは、「介護タクシー」事業を経営する株式会社「伊豆おはな」だ。
熱海市は、2015年国勢調査で、高齢化率(65歳以上の人口割合)が44.7%に達し、日本の30年後の姿ともいわれるほど高齢者が多い。その一方、この街では、介護タクシーのニーズはあるが、熱海の街は坂ばかりで事業として踏み出す業者は少ない。
そんななか、河瀬豊代表は「伊豆おはな」を開業したわけを次のように語る。
「昔から海が好きで、海の近くに住みたい願望があった。11年8月、看護師の妻と一緒に熱海での“週末移住”を開始、坂道や階段で苦労しているお年寄りや障がい者を見てきました。『自分の今の命は、お年寄りや障がいを持つ人々を助けるためにある』と、完全移住に踏み切り13年12月、事業を開始したのです」
河瀬氏は、「10歳のとき、自宅の風呂場で全身を大やけどする事故に遭った。集中治療室で2カ月治療を受け、奇跡的に一命を取り留めた」経験もあり、その視線は社会的弱者に寄り添っている。
高齢者や障がいを持つ人々の送り迎えに利用され、時には東京の病院まで付き合うこともある。現在のスタッフは、常勤3人、非常勤2人だ。利用者はクチコミで増えて、3月実績で約100人。通院用だけではなく、伊豆半島ならではの観光にも利用が進んでいる。旅行先で骨折した旅行者をストレッチャーで移送したといったエピソードもある。
「観光地の熱海ならではの利用形態、たとえば高齢者を含めた3世代家族の旅行や持病を抱えた方、車イスの方でも気兼ねなく旅行できるようなお手伝いもしています。いずれは、日本で数台だけ利用されているユニバーサルデザインのロンドンタクシーを導入していきたいと思っています」(河瀬氏)
日本はクルマ社会だが、実はいまだに健常者目線だ。たとえば、車イス。新幹線では健常者と同様の乗り降りが可能だが、駅を降りて車に乗ると、後ろのドアからトランクルームに乗り込む設計になっている。これでは、荷物扱いであり、車道に降りることの危険性もある。
一方、ロンドンタクシーは歩道から乗ることができて、客室でも対面になっているユニバーサルデザインなのだ。
「現在、保有自動車は4台で、これから増車していくために必要な運行管理者の資格も取りました。ロンドンタクシーの導入には輸送費などもかかるため、クラウドファンディングを利用することになると思います。現在、日産自動車が次世代ロンドンタクシーの開発に乗り出していますが、日本の自動車業界でもユニバーサルデザインが普及するとありがたいです」(同)
高齢者や障がいを持つ人々が気軽に移動できる観光地。そういった観光地は誰にとっても過ごしやすい場所であり、これからの日本にとって必要な“おもてなし”といえるだろう。そのビジネスモデルは、坂道が多く、一見困難に見える熱海だからこそ、揺るがないものが生まれてくるのかもしれない。
(文=福島カズキ)