10月28日、大塚家具から大塚久美子社長の辞任に関する発表があった。5年前に父と娘のお家騒動と世間をにぎわせたこともあり、久美子社長辞任のニュースは多くのメディアで取り上げられている。
久美子氏は経営権争いには勝利したものの、大塚家具の業績は低迷し続け、貸会議室大手のティーケーピーの支援もうまく機能せず、昨年にはヤマダ電機の傘下に下った。辞任の理由に関しては、「本人からの申し出」と大塚家具は発表しているが、「事実上の更迭」とする報道も多く見受けられる。
経営争奪戦、大塚家具の方針をめぐる攻防
5年前の経営争奪戦においては、今後の大塚家具の方針に関して、久美子氏と父であり創業者でもある大塚勝久氏との間で激しい論戦が繰り広げられた。
勝久氏は、「新経営体制による企業価値向上策と株主提案へのご支援のお願い」において、大塚家具の企業価値の源泉として以下の4点を挙げていた。
「三世代にわたるお客様の応援」
「広大な店舗・豊富な品ぞろえ」
「従業員の対面販売力」
「取引先との関係・効率的流通」
さらに、高付加価値販売戦略回帰のための施策として、
「三世代消費に対応できる販売」
「ご案内・対話重視の販売(ただし希望者は自由に入店)」
「『大塚家具で買うこと』自体を付加価値にできる販売」
の3点を強調していた。
一方、久美子氏は中期経営計画において、同社に対する「受付や接客に抵抗を感じる」「価格が高そう」といった顧客のイメージを問題視し、今後の施策として、
「既存店改革(気軽に入れる・中価格帯・セットではなく単品買いの促進)」
「新規出店(未出店の大きな商圏へ大型店・ライフスタイルを意識した専門店)」
「地方百貨店との提携販売強化」
「BtoB事業強化」
の4点を強調していた。
つまり、勝久氏はこれまでの大塚家具の方針の進化による業績回復を志向したのに対して、久美子氏はこれまでの方針を一変させることを主張した。
何が正解だったのか?
あれから5年がたち、久美子氏の方針のもとで事業を進めたものの業績が回復しなかったという事実から、勝久氏が主張した方針が正しかったと思われる人もいるかもしれないが、一部の報道によると勝久氏が新規に立ち上げた「匠大塚」の業績も芳しくないようだ。
1969年の創業から半世紀が過ぎ、競争環境も一変し、会社の寿命といった時期であったかもしれない。ただ、今から思うと久美子氏の打ち出した方針は、もちろん株主へのアピールといった意味合いもあってのことだろうが、あまりに耳あたりの良い方針の羅列であったかもしれない。
ハーバード大学教授のフランセス・フレイとコンサルタントのアン・モリスは、著書『ハーバードビジネススクールが教える顧客サービス戦略』(日経BP)のなかで、「上質なサービスを実現するうえで圧倒的に大きな障害は、意図的に弱点をつくることへの心理的抵抗である。しかし、ある領域で勝利を収めたければ別の領域で負けることを覚悟しなければならない。サービス内容のいくつかの要素は、あえて切り捨てるしかない。こうしたことを拒めば月並みなビジネスしか築けずに終わる」と指摘している。
さらに、同書では、IKEA(イケア)のケースが紹介されている。フレイとモリスは、イケアの成功要因として、人々の家具に対する考え方を変えるにとどまらず、顧客の思考を完全に逆転させた点に注目している。家具を買い求める消費者が、それまでもっとも重んじていた要素の重要性を引き下げ、それに代わって完全に軽視されていたイケア特有の価値観の重要性を高めることに成功した。結果、昔であればビジネスの弱点とみなされていた要素を、逆にセールスポイントにできるようになった。
具体的には、従来、重要視されてきた、「家具の耐久性」「設置の容易さ(店側が配達・設置)」「販売員の丁寧な説明」「便利な店舗立地」といったニーズの重要性を低下させた。その一方で、低価格やデザイン性の高さという自社の強みと耐久性の低さという弱みを逆手に取り、「いつでも気楽に家具を変えられる」「変えられる楽しさ」「買い替える自由」「楽しい買い物体験ができる店舗」といったイケア特有の価値観の重要性を徹底的に訴求した。
こうした前提のもと、イケア特有の価値観に関するサービスについては他社の追随を一切許さないレベルで実践する一方、従来、重要視されてきたニーズに関するサービスは覚悟をもって最低レベルになることを許容している。
このような発想に立てば、5年前の大塚家具の今後の方針において、有効な第三の方針が生まれていたかもしれない。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)
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