家具・日用品大手のニトリホールディングスは10月29日、ホームセンター7位の島忠に対してTOB(株式公開買い付け)を実施し、完全子会社にすることを目指すと正式に表明した。公正取引委員会の審査を経て、11月中旬から島忠の全株取得を目指す。
島忠をめぐっては同業大手で「ホーマック」などを展開するDCMホールディングスが10月5日から友好的TOBを始めている。業界の垣根を越えた争奪戦に発展した。ニトリによる買い付け価格は1株5500円。DCMの4200円を1300円(30%強)上回る。買い付け総額は2143億円に上る。自己資金と、実質メインバンクのみずほ銀行からの借り入れで賄う。
ニトリの似鳥昭雄会長は同日、東京都内で記者会見し、買収に成功した後も島忠ブランドを残す考えを明らかにした。「非常に高いシナジー(相乗効果)がある」「うちの提案内容のほうが島忠の社員にも経営者にも良いと確信している」などと述べた。島忠の賛同が得られない場合でもTOBを始める意向という。
島忠はDCMのTOBに賛同の意向を示してきた。ニトリが対抗的にTOBを発表したことを受けて、島忠は「取締役会及び特別委員会において慎重に検討を行った上で、改めて当社の見解を公表する」とした。
DCMは実施中のTOBについて「最もシナジー効果を発揮できるベストパートナー」だと主張。「現段階では(TOB)価格を維持する(引き上げない)」方針だ。今後は、DCMがTOB価格を、いつ、どのようなタイミングで引き上げるかが焦点となる。
現下の情勢はこうだ。DCMは1株4200円で11月16日まで買い付けている。「ニトリ参入」の報道を受け、4190円前後で張り付いていた島忠の株価は、10月21日にはDCMの買付価格を670円上回る4870円まで急騰。ニトリが島忠のTOBを正式に発表した翌日(10月30日)の終値は前日比470円(9.29%)高の5530円に上伸した。高値は5650円である。DCM側が5500円以上に買い付け価格を引き上げない限り、同社が目指す過半数の株式の取得は困難だろう。
もし、DCMが取得価格を引き上げても、ニトリが対抗上、再び価格を上方修正するのは必至。島忠の収益力を度外視したチキンレースになる可能性もある。ただ、DCMの手元資金は700億円ほどしかなく、買収資金(1600億円)は三井住友銀行からの借り入れに頼る。TOB価格の引き上げには、さらなる借り入れが必要になる。対するニトリは2000億円超の現預金を持ち資金力でDCMに勝る。市場関係者の間に「ニトリ有利」との見方が強いのはこのためだ。
M&Aは後出しジャンケンの方が有利か
M&A(合併・買収)では「先攻より後攻が有利」といわれている。相手の出方を見ながら動けるため、後攻めのほうが勝利しやすいとのセオリーがある。
2019年に行われたホテル・不動産大手のユニゾホールディングスに対するTOBの結果をみれば明らかだ。同年7月、まず旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)が1株3100円でTOBを仕掛けた。そこにソフトバンクグループの米投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループがホワイトナイト(白馬の騎士)として1株4000円で登場してきた。
両社によるTOB合戦の期待からユニゾ株は高騰。HISは自身が提示したTOB価格以上でユニゾHDの株価が推移したためTOBを断念した。先攻のHISは後攻のフォートレスの返し技に敗れた。ニトリも同様である。DCMによる島忠の買収の動きを察知していたが、先に仕掛けるとHISの二の舞になると判断し、後攻に回った。DCMに先に発表をさせたほうがTOBの価格を含め戦略が立てやすいと考えた。
DCMのTOB価格は1株4200円、総額約1600億円。島忠の純資産(1815億円、8月末)を下回る。ニトリは「こんな割安の水準なら、勝負できる」と確信した。ニトリがDCMより1300円高い5500円を提示した背景には、「島忠株がDCMによって割安に評価された」(流通担当のアナリスト)ことが挙げられる。
旧村上ファンドが島忠株を取得
「物言う株主」を含めた複数のファンドも島忠株を取得している。旧村上ファンドの村上世彰氏がかかわる投資会社シティインデックスイレブンスは10月21日、島忠の発行済み株式の8.38%を取得したことを明らかにした。これに先立つ同月14日、島忠の岡野恭明社長に書簡を送り、「TOB価格が本来価格に比べて割安ではないか」との疑念を伝え、島忠の株主へのいっそうの配慮を求めた。
シティインデックスイレブンスは「島忠がDCM以外の買い手を模索した形跡がない」と批判したが、島忠が「ニトリとも誠実に協議を行う」との態度を表明したことを踏まえ「株主としてうれしい」と評価した。ニトリがDCMより1300円高い5500円を提示したことで、ファンドに高値で売り抜ける絶好のチャンスが訪れた。
「お値段以上の島忠」の買収に強い意欲
北海道発祥のニトリの東上作戦の総仕上げは、首都圏決戦で勝利することである。ニトリ創業者の似鳥会長は16年ごろ、今回辞任することになった大塚家具の大塚久美子社長と会食した。「それとなく買収を打診した」と似鳥氏自身が語っている。久美子社長が創業者の父親である勝久会長との権力闘争に勝利して鼻息が荒かったときだ。久美子社長は似鳥氏のオファーに乗ってこなかった。真意が伝わらなかったわけではあるまい。策士といわれる似鳥氏の言動だから警戒された、と関係者はみている。大塚家具は19年末、ヤマダ電機(現ヤマダホールディングス)に支援を求めた。似鳥氏の大塚家具獲りの“熟柿作戦”は失敗に終わった。
次にLIXILグループ傘下のホームセンター、LIXILビバの買収に動いたが、すぐに白紙に戻った。LIXILビバは「(ニトリは)大きすぎて飲み込まれる」と難色を示したと伝わる。LIXILビバは今年6月、新潟県地盤の同業アークランドサカモトのTOB提案を受け入れた。買収総額1000億円の「小が大を飲み込む」買収劇となった。
ニトリは17年ごろ島忠に提携協議を持ちかけたことも明らかになっている。低価格の家具に強みを持ち、日用品を幅広く扱うニトリにとって、ホームセンターと高級家具を融合した島忠は「うらやましいと思い、尊敬していた」(似鳥会長)相手だ。同会長は「ニトリと商品開発のノウハウなどを共有すれば、『お値段以上の島忠』を実現できる」と、買収に並々ならぬ意欲をみせている。
DCM、ニトリの双方から熱烈なラブコールを送られた島忠の経営陣は、厳しい対応を迫られることになる。ニトリのTOBに反対推奨すれば、旧村上ファンドから「なぜ、より高値を提示したニトリ案に反対するのか」と批判される。ニトリに軍配を上げれば「DCMのTOBに賛同した経営陣の判断が早計過ぎたのではないか」と経営責任を問われることになりかねない。「どちらにつけばいいのか、わからない」(島忠の関係者)、立ち往生の状態なのだ。
“後出しジャンケン”のニトリは、首尾よく「お値段以上の島忠」を手に入れることができるのだろうか。まだ、一波乱も二波乱もありそうな気配だ。
(文=編集部)