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片山修のずだぶくろトップインタビュー 第8回 宮下直人氏(総合車両製作所 代表取締役社長)

山手線から豪華列車まで…鉄道車両生産の知られざる全貌 歴史的転換と戦う現場 

構成=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家
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山手線から豪華列車まで…鉄道車両生産の知られざる全貌 歴史的転換と戦う現場 の画像3片山修

片山 「サスティナ」は、従来の車両とつくり方が異なると聞いていますが。

宮下 そこが“肝”なんです。従来、鉄道車両は、それぞれの鉄道会社ごとにカスタマイズされており、少量多車種となって、しかも、それぞれに設計費がかかっていました。しかし、お客さまのなかには、コスト重視の方もたくさんいらっしゃいます。

 そこで、自動車や航空機の生産で取り入れられている共通プラットフォームという手法を用い、部分的にでも多量生産しコストを下げることにチャレンジしています。プラットフォームを車両長20メートルの4扉車、18メートル3扉車にまとめあげ、S24シリーズ(サスティナ20メートル4扉)のような「シリーズ」としています。

 制御装置や電源装置などの部品についても、A社向け、B社向け、C社向けと、運行会社ごとに注文するのではなく、共通化して調達できるようになれば、部品メーカーに10個単位で入れていた注文が100個単位になるわけで、圧倒的なコストダウンにつながります。部品メーカーさんと、ウィン・ウィンの関係をつくろうとがんばっているところです。

鉄道会社の異なる線に同じ車両?

片山 山手線「235系」の次に「サスティナ」が導入されるのは、どこですか。

宮下 京王電鉄「5000系」で、17年初夏頃の出荷予定です。座席がロングシートとクロスシートに転換できるタイプです。また都営浅草線「5500形」の製造を開始したほか、東急電鉄田園都市線「2020系」も受注が決まっています。

片山 車両のカスタマイズをやめると、鉄道会社の異なる線をまったく同じ車両が走ることが起きるのですか。

宮下 「サスティナ」は基本的に車体の構造が同じですから、断面などは共通です。山手線「235系」と東急電鉄田園都市線の新型車両は、機器もほぼ一緒ですね。ただし、プラットフォームは同じでも、前面マスク、ドア、座席のほか、オプションで必要な個所をカスタマイズできます。

片山 なるほど。自動車のモジュールと、考え方は同じですね。

宮下 そうです。自動車ではモジュール生産の考え方が浸透していますが、鉄道車両はまだまだです。

片山 ちなみに、サスティナ車両は一両いくらくらいですか。

宮下 内緒です(笑)。

片山 億?

宮下 仕様によります……。

片山 新幹線の車両とは、やはり違いますか。

宮下 新幹線は、その倍以上ですね。大きいし、速いですから。

片山 新幹線を製作できるということは、実質的にほとんどの車両は製作できるということですよね。

宮下 はい。ただ、機関車は経験がないもので、すぐにはつくれませんけどね。

豪華列車の難しさ

片山 今年5月1日に運航を開始したJR東日本の豪華列車「トランスイート四季島」の5、6、7号車の製造を手掛けましたよね。これは、大変だったでしょうね。

宮下 もう、豪華列車は二度とやりたくないと思ったほど大変でした(笑)。北陸新幹線、パープルライン、四季島と大変な工事が続きました。それほど、「四季島」は猛烈に手が込んでいます。

片山 他社の豪華列車をつくったメーカーでも、同じセリフを聞きましたよ。何が大変なんですか。

宮下 まず、つくり方がどこにも書いてない。

片山 デザインは、奥山清行さんが担当しましたよね。図面はないんですか。

宮下 デザイン画という、でき上がりの絵だけを見て、どこをどうやってどのように実現するかは全部、当社の設計者が考えないといけない。豪華列車3両分の図面は、「はやぶさ」など「E5系」新幹線1編成10両分と同じくらいの枚数になりましたね。それから、工場から車両を出したのは昨年の9月でしたが、その時点では内装が間に合っていませんでした。

片山 エッ、そうだったんですか。

宮下 走ることはできたので、昼間は試運転して、夜間に尾久の車両センターに戻ったところで残りの内装工事を施し、ようやくできあがった。

片山 それは、二度とやりたくないわけだ(笑)。

宮下 間に合って本当に肩の荷が下りました。当時から5月1日の運行開始は発表していて、抽選も始まっていましたからね。

片山 それだけ苦労されて、つくってみていかがですか。“財産”は残りましたか。

宮下 やっぱり、日本の最高峰の車両を手掛けたという“誇り”ですね。

片山 誇りですか。

宮下 JR東日本グループで完成させたという誇り。マスコミに取り上げられれば、社員も誇らしい。私もトレインクルーの訓練に立ち会うかたちで乗りましたが、できは非常にいい。実際、お客さまにも非常に満足していただいています。

片山 徹底的につくりこむ技術力、モノづくり力が結集されていますよね。社員のプライドになると同時に、企業のブランド価値を高める効果もあるでしょう。

宮下 その通りです。

海外進出

片山 昨年8月、タイ・バンコクの都市鉄道「パープルライン」が開業しましたが、丸紅と東芝の共同事業体が受注し、J‐TRECの親会社のJR東日本とともに10年間のメンテナンスを請け負っています。「パープルライン」は、バンコクで日本製車両が採用される初の例で、日本の鉄道事業者を含めた企業連合が、海外で鉄道メンテナンス事業に参画するのも初めてですよね。

宮下 そうです。車両の輸出については、東急時代にはアイルランドや台湾、シンガポール、米国などに1000両近い輸出実績がありますが、円高の影響もあり、00年頃から輸出はしていませんでした。「パープルライン」は15年ぶりの輸出です。

片山 JR東日本は「鉄道」「駅ナカ」「IT・Suica」に次ぐ、経営の第4の柱を目指して、車両製造事業を買収しましたよね。成長に向けて、海外進出は必須ですね。

宮下 発足当初から、(1)新幹線など高速車両の製造、(2)車両輸出によるグローバル化、(3)東急時代からパイオニアだったステンレス製車両の最新鋭化という3つの目標を掲げています。

 車両製造事業買収の背景には、グループ内で新幹線車両をいつでも製造できる体制を整えたいこともあったでしょう。現在、横浜事業所、新津事業所、和歌山事業所の主に3拠点を中心に、1200人ほどの社員が働いています。

片山 年間、何両くらい製作するんですか。

宮下 昨年は少なくて300両ほどでした。今年、来年は500両近くとなります。これまで、東急車輛製造時代の450両が最高ですから、500両、600両を生産できる体制を整えることが重要なのです。

片山 ただし、成長は簡単ではない。国内だけ見ても、鉄道車両メーカーには、日立製作所、川崎重工業、JR東海の子会社の日本車輌製造、近畿日本鉄道傘下の近畿車輌、そしてJ‐TRECの5社があります。

宮下 はい。日立さんは英国進出で成功を収めていますが、鉄道車両ビジネスは人口依存型ですから、少子化で国内人口が縮小するなかで、海外進出なしには生き残れません。

世界ビッグ3

片山 ところが、世界の鉄道業界には、仏アルストム、独シーメンス、そしてカナダのボンバルディアというビッグ3がいて、世界の鉄道市場の3割を握るといわれています。売上高は、3社とも1兆円弱です。また、近年は巨大な内需によって成長著しい中国の国有企業、中国中車も海外に出てきていますね。

宮下 とくに、欧州市場はビッグ3の牙城で、切り込むには相当の覚悟がいります。その意味で、日立さんの執念は本当にすごいと思います。

 中国中車についていえば、売上高はビッグ3の約5倍で、じつに5兆円近い。規模としてはダントツの世界一ですが、国が鉄道に莫大な予算を投資しているので、ほぼ国内市場に特化しているようで、欧米のビッグ3とは比較ができません。

 例えば、中車は確かに海外市場ではアフリカ大陸や南アメリカなどに進出していますが、欧州や北米、東南アジアといったメイン市場に今後どう出てくるか、注視する必要があります。

片山 国鉄がJRになって30年経ちますが、この間、JRは海外ビジネスにまったく手をつけてこなかった。ここへきてようやく、海外展開に本気になり始めましたね。

宮下 とはいえ、うちはまだ汗をかいて、勉強している段階です。

片山 海外輸出といっても、鉄道の場合、国によってルールが異なりますから、建設、運営、メンテナンス、どれをとっても大変だと聞きます。

宮下 今回のタイの場合、車両だけでしたが、本当に大変でした。もともとJIS規格でオーダーを受けていましたが、途中で欧州規格に変更してくれといわれた。欧州規格というのは、コンサルティング会社が入ってきて、厳格にドキュメントで管理するのです。しかも、日本では顧客との信頼関係の上で車両を製造しますが、コンサルタントが入ると、ドキュメントが認証されないと生産を始められないという仕組みなのです。

 実際には、そんなことをいっていたならば、つくれないので、ドキュメントを出しながら、自己責任で並行してつくっていきました。

グローバルビジネスの難しさ

片山 日本の鉄道コンサルタントとは違うんですか。

宮下 日本の場合は“相談役”ですが、タイの場合、コンサルタントは“監査役”で、あらゆる場面で設計・製造のチェックを行っていきます。彼らが食うための仕組みになっているといえなくもない。彼らが認証するために10トントラック1台分くらいのドキュメントを作成しましたが、日本ではそこまでしなくても新幹線車両だってちゃんと問題なく動いている。

 アジア圏は現在、一部で欧州規格が幅を利かせてはいますが、いまからでも遅くなく、国をあげて日本流のものづくりの進め方を理解いただく努力をするべきだと思います。

片山 グローバルビジネスの難しさを思い知らされたわけですね。運行は、うまくいっていますか。

宮下 一応、順調です。というのは、「パープルライン」は東京の都営地下鉄大江戸線と同様、発車ボタンや扉の開閉ボタンを押すだけで動くという海外メーカーによる有人自動運転システムなのですが、その調整に日本以上に汗をかきました。

片山 つまり、海外進出には想定外のことが次々と起きるわけですね。

宮下 そう。しかも問題が起きると、「お前のせいだ」とまずは自分に問題はないと主張する文化で、責任のなすり合いになる。日本的な価値観でビジネスを進めようとするとうまくいかない。郷に入れば郷に従えなのですが。

片山 北陸新幹線、車両輸出、ステンレス製車両の進化と、3つの目標は着実に実現しつつあります。今後のいちばんの課題はなんですか。

宮下 やはり、「サスティナ」を国内でしっかりと成功させることですね。
(構成=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

【宮下さんの素顔】

片山 好きな食べ物、嫌いな食べ物は何ですか。

宮下 死ぬ前に何を食いたいかといわれたら、「ナスの天ぷら」と答えます。

片山 エッ、なんでですか、それは。

宮下 いや、単純に好きなんです。まぁ、ウナギも好きだけど、ナスの天ぷらがいい。

片山 嫌いなものは。

宮下 ゴーヤーだけは、得意じゃないです。

片山 ストレス解消法はなんですか。

宮下 ゴルフですね。

片山 月に何回?

宮下 週1回の練習は欠かさないようにしています。

片山 最近、読んだ本は。

宮下 ケント・ギルバート氏の『日本人は「国際感覚」なんてゴミ箱へ捨てろ!』(祥伝社)。外国人から見た日本のいいところを、日本人に気づかせるようなところが、非常に面白かったですね。

片山 いってみたい場所は。

宮下 オーストラリアのパースみたいな、きれいなところにいってみたいですね。

片山 ご自分の性格を一言でいうと。

宮下 変人かな(笑)。せっかちは事実です。あとは、蛇年っぽい。

片山 しつこいのかなァ。

宮下 よくいえばこだわりや思い入れがある。悪くいえば、しつこいですね。

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片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

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