飛行機に乗って国内外を飛び回るCA(キャビンアテンダント)といえば、“憧れの職業”というイメージが強い。新型コロナウイルスの影響によって、ANAや日本航空(JAL)などの大手航空会社も来年度分の新卒採用の中止を発表しているが、その確固たるイメージは変わらないだろう。
そんなCAをめぐって、世間では「進行方向に向かって右側の通路は、若いCAが担当する」という“噂”が存在しているのだとか――。そこで『ファーストクラスCAの心をつかんだ マナーを超えた「気くばり」』(青春出版社)を著書に持つ「CA メディア」代表・清水裕美子氏に、CAたちの“隠れルール”について伺った。
CAは先輩・後輩の上下関係が厳しく体育会系のワケ
まず、前出の噂は本当なのだろうか?
「はい、本当です。航空会社にもよりますが、多くの場合、右側を若いCAが担当することが多いです。というのも、コンパートメントリーダーと呼ばれる、ビジネスクラスやエコノミークラスをまとめるリーダー的なCAが、お客様が乗り降りする左側にアサインされることが多いからなんです。この役職に抜擢されるのはある程度経験を積んだCAばかりなので、結果的に若いCAが右側を担当することが多くなるというわけです」(清水氏)
経験の浅いCAは右側につき、機内食の用意やキッチンまわりの業務といったギャレーワークをこなすことが多いのだそう。だが、若手CAの仕事はそれだけではない。
「マニュアルに明記されているわけではないのですが、先輩から後輩に粛々と受け継がれている“ジュニアデューティー”というものがあるんですね。ジュニアというのは、後輩CAを指すのですが、ジュニアは先輩CAより早く集合場所に行ってフライトの準備を全部終わらせておいたり、メンバーが揃ったら人数を数えて『全員います!』と声を出して報告するなど、みんながスムーズに働けるように動きます。そのほかにも、ステイ先のホテルまでのバスに全員が乗ったかどうかや、荷物が全員分載っているかどうかを確認する係もあり、ジュニア同士で役割分担しています。
けっこう上下関係が厳しく、体育会系の雰囲気ではあるんですが、それは飛行機を安全に運行させることが何より大事であり、その考えをきちんとCA全員が共有しているからこそでもあります。ですから、後輩が業務を抱えすぎていて安全業務が時間内に終わらない……なんてことにならないように、先輩が『困ってることない?』『大丈夫?』と声をかけて後輩が頼みやすい雰囲気づくりをするのも大切な仕事のうち。そういったコーディネーション命の職場なんです」(清水氏)
「お医者様はいらっしゃいますか?」は本当にある
では、ドラマや映画でよく見かけるシーンについても伺ってみよう。ドラマなどで「お客様のなかに、お医者様はいらっしゃいますか?」と、呼びかけるシーンを見たことがある人も多いだろう。あのような緊迫した場面は実際にあるのだろうか。
「私自身はそういった場面に遭遇したことがないのですが、本当にありえることですね。なぜあのように呼びかけているかというと、機内にはお医者様しか使えないキットが搭載されているからなんです。もし、お医者様がいらっしゃらなかった場合はCAでも使える別のキットを使用しながら、地上からの指示に従うか、緊急着陸するしかありません。ですからあのような呼びかけをすることは本当にあるんです」(清水氏)
2008年に公開された映画『ハッピーフライト』では、機体に鳥が激突する「バードストライク」が取り扱われていたが、これも実際にあるのだろうか?
「ありますよ。バードストライクや、飛行機に落雷することは珍しいことではありません。でも、それらが大きなトラブルになったことはないです。エンジンはコックピットの管轄下なので、そういうときはコックピットから“特に異常なし”と連絡が入りますから、私たちは安心してお客様にご説明しています」(清水氏)
鳥の激突や落雷は大きなトラブルになりにくいようだが、意外な部分でCAが恐れているトラブルがあるのだとか。
「CAの多くが懸念しているのはミールチョイスが足りなくなること。たとえばビーフとフィッシュという2種の機内食があり、ビーフに人気が集中してしまうと、後に伺うお客様のご希望をお断りしなくてはいけなくなってしまいますよね。ですから、最初にCA同士で今日はどちらが人気になりそうかと予想を立てて、人気が出なさそうな料理のほうを“〇〇産の魚を使ってバターとハーブで仕上げました”といった具合に、食欲を刺激するようなご説明をするなどしてバランスが良くなるようにしていました。
これが意外と効果があるため、当初は人気が出ないと見込まれていたほうが逆によく出るようになることもあります。もちろんそういった途中経過もCA同士でシェアしていますね」(清水氏)
私たちが何気なく選択している機内食ひとつにしても、CAたちは常に気を配っているということか。
徹底されたマナーや気配り、そしてCAの“職業病”
CAはマナーや気配りに長けているというイメージがあるが、そのイメージの通り、厳しいマナーレッスンを受けているという。
「なるべくコールボタンを押される前に需要を察知できるように、ひとりひとりのお客様に目線を配りながら歩きます。これは訓練中から徹底して教え込まれますね。
また、お客様とのアイコンタクトも重要。たとえば飲み物などを渡すとき、まずお客様の顔をみて『こちら〇〇です』と渡します。渡すときはお互いにモノを見ていると思いますが、立ち去る前にもう一度お客様と目を合わせて去るようにしていました。この法則は“目・モノ・目”と言われていますね。特に日本人だと“目・モノ”で終わってしまいがちなのですが、最後にもう一度目を見るだけで、相手に与える印象が全然違ってくるものなんです」(清水氏)
このように訓練を受けたCAたちは、そのしぐさや表情が体に染み付いているそうで、プライベートで職業病が出てしまうこともあるそうだ。
「プライベートで同業者を見ると、所作や表情でわかるんですよね。真顔のときでも表情筋が緩んでいないというか、染み出ちゃっているんです。私も現役時代は職業病が出ることがありました。CAにとって空港や機内にいる人はみなさんお客様なので、目が合えば微笑んで会釈します。そのクセが染み付いていて、私服に着替えている状態でも、すれ違った人と目が合ったときに会釈してしまうんです。プライベートで駅を歩いているときにもやってしまうので、変な目で見られたかなあ……とよく反省していました(笑)」(清水氏)
そんなCAの隠れルールの根幹には、“自分も周りも心地よくいるための気配り”があると、清水氏は分析する。
「CAになるまでは、そういったルールの数々は“人に迷惑をかけないための気配り”だと思っていたんですが、自分が実践するにつれて、その気配りが潤滑油となってコミュニケーションがスムーズになっていくことがわかりました。ですから、これらのルールは自分も周りも心地よくいるための気配りなのだろうと思うんです」(清水氏)
清水氏が語った通り、CAたちには一般人の知らない隠れルールがあるようだが、それは安全に、そして気持ちよく乗客を目的地に送り届けるためなのだろう。
(取材・文=福永全体/A4studio)