うつ病の改善に光明がさしてきている。山形県に本社を置くヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(HMT)というバイオベンチャーが、うつ病のバイオマーカーの実用化に目処をつけたのだ。これまで、うつ病は医者の裁量で診断され、薬の大量投与による副作用なども問題視されてきた。客観的な判断ができれば、治療の質が飛躍的に高まる可能性がある。
現代病のひとつといわれる「うつ病」。気分が落ち込んだ時間が長時間続き、日常生活に支障をきたす病気だ。真面目で几帳面な性格の人が多く発症するとされるが、明確な原因は特定されていない。ストレスや環境の変化などに起因するなどともされている。WHO(世界保健機関)によれば、世界で少なくとも3億5000万人がうつ病の患者とみられるとの統計を2012年に発表している。
毎年100万人近くの自殺者のうち、うつ病患者の占める割合は半数を超えるとされる。日本ではうつ病や自殺による経済損失が年間約3兆円に達すると推計される。厚生労働省(10年公表)によれば、こうした損失がなければGDP(国内総生産)を約2兆円引き上げられると試算されている。
現在、うつ病は問診に基づいて診断される。いわば、医師、患者双方の主観で病名が判断されることになる。つまり、「医者がうつ病と判断すれば、うつ病」なのである。近年うつ病の概念が広がり、単一の疾患とはいえない状況も増えている。主観で決めるのは危ういのである。
早期治療につながる可能性
HMTは、うつ病と血中にある特定の物質(PEA)濃度との関係に着目。濃度が低下するとうつ病固有の状況になることを突き止めた。症状が回復すれば濃度は通常に戻る。血液検査で客観的に判断できるようになる。うつ病が改善しても薬の止め時の判定が困難だったが、マーカーを使えば、数値で判断できるのだ。
また、たとえば健康診断の血液検査で、肝臓など内臓の数値を測るのと同時に判定ができるため、早期発見につながり、早期治療により根治する可能性も高まると期待される。
HMTでは昨年11月に、まずバイオマーカー研究用試薬キットを発表。フィールドテストを外部の3施設で実施し、一般的な検査室で測定できる十分な品質であることを検証した。17年度の下期には研究用試薬を医療機関向けに発売する方針。一般に使われるようにするための体制づくりも進んでいる。薬事申請を目的とした治験(臨床試験)を行うことができる診断薬メーカーとしての許認可をすでに取得。製品の有効性・安全性などの審査に向けての研究も開始している。20年には日本や北米など主要地域での体外診断用医薬品としての承認を取得することを目指している。
なお、日本、米国、欧州、中国で「うつ病のバイオマーカー、うつ病のバイオマーカーの測定法、コンピュータプログラム及び記憶媒体」という基本特許を取得済みだ。
もちろん、開発過程で想定外のリスクなどが出て開発が滞る可能性はある。しかし、全世界で3億5000万人が苦しむうつ病について、明るい兆しが出ていることに間違いはない。
(文=和島英樹/ラジオNIKKEI記者)