米国下院は12月2日、米株式市場に上場する外国企業の会計監査状況について、米当局の検査を義務づける法案(外国企業説明責任法案)を全会一致で可決した。今回の法案は共和党と民主党の超党派の議員が提出し、5月に上院で全会一致で可決した後、下院で継続審議になっていた。今後、ドナルド・トランプ大統領の署名によって成立となるが、すでに米証券取引委員会(SEC)は、トランプ政権の要請を受けて中国企業を念頭に置いたルール策定に着手しており、年内に規則案が公表される見通しである。
中国企業の会計監査は長年の懸案だった。中国政府が自国監査法人に米当局の検査が入ることを拒んできたからだが、今回の法案では、米国に上場する中国企業が米当局による監査状況の点検を3年連続で拒んだ場合、株式の売買が禁止となる。中国企業を上場廃止に追い込む可能性がある厳しい内容である。
米株式市場には電子商取引(EC)大手のアリババ集団やインターネット検索最大手の百度(バイドゥ)、中国石油天然ガス(ペトロチャイナ)など中国企業217社が上場し、時価総額は合計約2.2兆ドル(10月時点)に上っているが、今回の法案成立により、中国企業の成長資金の調達に支障が出ることへの懸念が生じている。
中国企業、特に成長率の高い民間企業は、このところ米ドル資金に頼ってきたからである。旺盛な資金需要に応えるため、中国企業は米株式市場への上場での資金調達以外に、世界中に散らばるタックスヘイブン経由で米ドルを確保してきた。その額は過去6年間で1兆ドルを超え、そのうち約5000億ドルが中国企業の社債に投資されたとされているが、中国企業のドル建て社債の金利が8~14%と魅力的だったことから、その主な資金の出し手は米国ファンドであるという。
毎年多額の経常収支の黒字を計上し、貯蓄率も高いことから、中国国内には多額の資金が眠っているはずなのに、なぜ将来性のある民間企業は海外の高利金融に頼らざるを得なかったのだろうか。
国内資金の大部分は国有銀行が吸い上げ、非効率きわまりない国有企業に回されているという構図が続いているからである。中国では依然として国有企業のウェイトが大きく、営利目的でさまざまな事業を行う建前となっているが、真の目的は共産党をはじめとするエリート集団に利権をばらまくことである。国有企業などを通じて巨額の利権を彼らに分配できなくなれば、党員数約9000万人の中国共産党が14億人の国民を支配する構図に大きな亀裂が生じてしまうことから、中国共産党の一党支配を維持するために、国内の多額の資金が浪費されているのである。
ドル建て債務の不履行が増加
中国では今年、企業が新型コロナウイルスのパンデミックを乗り切るために大規模な資金調達を行ったため、債務水準が過去最悪圏で推移している(11月24日付ロイター)。中国の上場非金融企業で時価総額1億ドル以上の2087社を分析したところ、9月末時点の債務総額は約2兆7600億ドルで、前年比12.5%増と過去1年で最も大幅な伸びだった。過去最悪だった6月末の2兆8000億ドルをわずかに下回るだけの水準である。
中国国有企業の積極的な資金調達も目立っていたが、足元で有名国有企業数社がデフォルトを起こしたことで、多額の債務をめぐる不安が再燃している。中国の非金融企業は来年末までに少なくとも8130億ドル相当の債務が返済期限を迎える。
良好な米中関係を背景に巨額のドル資金を調達してきた中国の民間企業だが、無謀な過剰投資によってドル建て債務が不履行に陥るケースが増加している。中国企業に対する締め付けが強化されていることから、今後米国など海外勢が投融資を引き揚げるような事態になれば、成長性の高い民間企業の破綻も急増する可能性がある。
オバマ前政権からの要求(監査強化)を無視したツケとはいえ、米国で「中国包囲網」の動きが強まっているなかで、「金融分断」が起きてしまったことであり、中国にとって大誤算である。 中国人民大学の教授は11月28日、動画配信サイトがライブ配信した討論会で「トランプ政権が誕生するまでの1992年から2016年までの過去数十年間、中国当局が米国政府をうまく扱うことができたのは、米国の政治権力を支配するウォール街に友人がいたからだ。すべての問題は大体2カ月で解決できた」とした上で「バイデン政権が誕生し、米中関係が再びトランプ政権以前の状態に戻ることができる」との期待を示した。
中国当局がウォール街の金融機関を抱き込み、米国政府の政策に影響力を及ぼしてきたのは公然の秘密だった。米国の内政と外交に大きな影響力を行使してきたウォール街の金融機関は膨大な利益を提供してきた「金づる」を失わないようにするため、中国に対する批判を許してこなかった。米国ではトランプ政権誕生まで「中国批判」をタブー視する長い閉塞状況が続いたが、トランプ政権誕生で事態は一変した。「トランプ大統領が仕掛けた貿易戦争の最中、ウォール街の金融機関は中国のために動いたが力不足だった」と不満だった中国側は「バイデン政権の誕生でようやく元の関係に戻れる」と期待している節があるが、バイデン次期政権でも「中国封じ込め」の流れは変わらないとの見方が多い。
「金融分断」は経済の分野にとどまらず、国際関係にも多大な影響を与えた前例がある。1920年の日本と米国は、米国モルガン商会のトーマス・ラモントのおかげで蜜月関係を誇っていたが、満州事変の勃発などでラモントが仲介役を退いた1930年代初頭からその関係が一気に悪化したという経緯がある。
今回の「金融分断」により、米中関係はますます悪化し、軍事的衝突に発展するリスクが高まってしまったのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)
(参考文献)
『投資はするな! なぜ2027年まで大不況はつづくのか』(増田悦佐著/ビジネス社)